亀裂
二作目です。がんばります。
2025年春、アメリカ中西部の広大な砂漠地帯に、それは突如として現れた。
最初に気づいたのは、地元の農場主だった。朝、いつものように乾いた大地を見渡した彼は、見慣れた景色の一角に異変を感じた。地面に黒い線が走っている。まるで、地球が裂けてしまったかのように。
「こんなところに、こんな亀裂があったか?」
彼が恐る恐る近づくと、その裂け目はまるで生き物のようにゆっくりと広がっていくのがわかった。小さなひび割れが、時間とともに大きな傷へと変わっていく。足元の砂がさらさらと崩れ、裂け目の奥へと吸い込まれていった。
翌日、その亀裂はすでに数百メートルに及んでいた。
「この地震波、何かおかしい……」
リサ・モリスは、異常な揺れを示すデータを見ながら眉をひそめた。彼女は地震学者であり、大学で教鞭をとる傍ら、地質研究所で最先端の地震観測を行っている。
「震源が……こんなに深い?」
通常、地震の震源は地表から数キロから数十キロの範囲にある。しかし、今回の揺れは、はるか地下、マントル層に近い部分から発生しているように見えた。それに、地震波の形状が通常とは異なり、まるで「地殻の内部が削り取られている」ようなデータが出ている。
彼女はすぐに、政府機関やUSGS(アメリカ地質調査所)に連絡を取ったが、返ってきたのは「まだ正式な調査は進めていない」という曖昧な返答だった。
「ただの地震じゃない……何かが起きてる」
その予感は、数日後に確信へと変わる。
リサの生活は、研究と家庭の狭間で常に揺れていた。
彼女には10歳の娘、エミリーがいる。明るく好奇心旺盛な少女で、母の仕事にも興味を持っていたが、忙しく働く母との時間が減ることを寂しがっていた。
「ママ、今日も仕事?」
エミリーがリサを見上げながら、少し拗ねたように言った。
「うん……でも、週末は一緒に動物園に行こう。」
「ほんとに?」
パッと表情が明るくなるエミリーを見て、リサは胸が締めつけられるような思いがした。最近、こうして娘を待たせることが増えている。
「絶対に行くから。」
そう言って微笑んだものの、心のどこかで不安があった。
数日後、リサは調査チームとともに砂漠へ向かった。
ヘリコプターから見下ろすと、砂の大地に刻まれた黒い裂け目が目に飛び込んできた。それはまるで、大地が引き裂かれた傷口のようだった。最初は小さな線だったはずが、今や数キロにわたる巨大な裂け目に成長していた。
「これは……普通の地殻変動じゃない。」
地表に降り立つと、空気がどこか異様に重く感じられた。微細な鉱物粒子が舞い、あたりには焦げたような匂いが漂っている。亀裂の縁に近づくと、底の見えない闇の中から、じわじわと熱風が吹き上がってくる。
リサは熱センサーを確認した。
「……信じられない。地表の温度が急上昇してる。地下から熱が放出されてるわ。」
隣にいた地質学者のジャックが息をのむ。
「リサ、これはただの火山活動じゃないぞ……地下のどこかで、何かが変化している。」
リサは震える手で、裂け目の奥を覗き込んだ。
闇の奥で、何かが脈打っているような感覚がした。
研究チームが設置したセンサーは、異常な数値を示していた。
・亀裂の深さは計測不能
・地下から未知の高温物質が上昇
・重力場のわずかな異常
「重力が……微妙に変化してる?」
リサは息をのんだ。地球の地殻の下では、プレートが動くことでエネルギーが蓄積され、地震を引き起こす。だが、今起きている現象は違う。
地球の内部が、まるで空洞になりつつあるかのようだった。
「これは……地球の構造そのものが変わっているのか?」
ジャックが顔をこわばらせた。「もしそうなら……このままでは、地球が崩壊する。」
その夜、リサは調査報告をまとめながら、エミリーに電話をかけた。
「ママ、いつ帰ってくるの?」
画面越しのエミリーの顔は、少し寂しそうだった。
「すぐに帰るよ。でも、もう少しだけ待ってて。」
エミリーはうなずいたが、その瞳の奥には、不安がにじんでいるように見えた。
リサは決意した。
この異変が何なのかを突き止めなければならない。そして、何よりも——エミリーを守るために。
だが、彼女はまだ知らなかった。
この亀裂こそが、地球を滅亡へと導く序章であることを。