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骨董に関する話

作者: くら

 骨董と言うのは難儀なもので、一体何で価値が決まるかと論難加える人が

「美か?芸術か?」

等と言い出したら素人か、さもなくば余程の玄人かのどちらかで、ひとえに「真贋」「付加価値」「市場」などと言うものに左右される株みたいなものであるらしい。

また発掘などと称して骨董市だのに通うのは趣味人の余裕か、一度手痛い目にあわなけりゃならない新参者か、どちらにせよ欲得の手の上で転がされるつもりでなけりゃいけない。

大体、古いものは年々減るのが道理、“新しく”出て来るわけは無く、それこそ欲に目がくらまされ掃溜めから鶴を見つけようなんてのは道を誤っている。

ところが人間と言うのは、一旦自分が「発見」したとなるともう疑いの余地を残してやらない。

あ、これは名品だ。と思い込んでしまうのである。

玉石混交ならぬ石石混交だとわかっている。

わかっているが、だめ。

パッと目に飛び込んでしまうのだという。

他ならぬ「美」なるものを手前勝手に押被せてしまうのである。

それが裏切られるとまた往々にして

「価値なんてどうでもいいじゃないか、手前の趣味にあって得々しててなんの悪い事がある」

と好事家も傍観者も言うには言うんだが、やはり心のどこかで価値を期待している。


先に私の知人が、骨董を「掴まされたよ」などと言って香炉を見せてくれた。

青磁の端正な香炉で綺麗な逸品に見えた。

掴まされたとは言い条、そのAさん本人もホクホクした顔をして、どこから手に入れたのか古びのついた桐の箱にすっぽり納めて、出す時も仕舞う時もそっと大事にやっている。

使っているのか、と聞いたら「とんでもない」と顔をしかめるところを見るとやはり御当人で満足いく買物、どころか「発掘」したものとでも考えているようである。

自分はその道に関してはあまり立派に御託を並べる事もできないので、シロウトの反発と言ったところか「それなら」と言い

「やっぱり名品なんでしょう?掴まされたんなら使ってもいいじゃないですか?」

「いや、まあ、ね」

などと妙に濁す。

「やはり、良いものと思っている」

と私が言うと、彼も頭なり首なりをぽりぽり掻きながら

「うん。実のところ、良いものを手に入れたと思っている」

そら、やっぱり。

「でも別に私から買いにいったんじゃない。実は父の友人がね、どうしても金策に苦労していて、どうぞ買ってくれ、と来たんだ。父の恩人を無下に帰せはしないから事情を聞いて考えようと思った。どうも株や不渡りや、まあ失敗が重なったんだな」

「そしたら人助けですか?」

「やあ、まあね。その人がもう首を括るか夜逃げするかと泣いているのをどうにかなだめて、とにかくその骨董品とやらを見せてください、と言ったんだ。彼はオロオロしながら風呂敷を開けて、それ、その香炉を出したと言うわけだ」

と、彼は香炉を指す。

「私は、もうこれを見た時にハッとして、これは良いものに違いない。大層、いや、これは名品だ。頭にこびりついて離れない。よし言い値で買おうと言った」

「言い値ですか?それはまた……」

「いや、もともと寄付金のつもりだからね。父の恩人を救うのに何で値切ろうものかよ、そこまで義侠心がない男じゃない」

「じゃ、幾ら……」

「いやまあ、それは言わない事にしようよ」

「そこをなんとか」

「まあまあ」

私が随分食い下がるのを彼はかえって嬉しそうに否定して、しばらくそんな愛撫を繰り返してから「まぁ」と手を開いてみせた。

「五……十……いや、百、ですか?」

Aさんはこくりと頷いた。

それで「掴まされた」などと遠慮をして言ってたわけなのである。

とこう矯めつ眇めつして見てみると、確かに美しいような気もする。

青磁のすっとする青みと形の均整がまたどうにも落ち着きがある。

しかし、私には五百万は出せっこない。

なんだか綺麗過ぎてちょっと私の手に余る、というか気に食わない、鼻につく(と、これも素人の反発である)。

Aさんは「五百なら安いよ」と言って大事そうにそれをしまった。

彼とはその後にしばらく会わなかったのだが、つい先の宴会の折に、普段なら出ないわけのないAさんがいないので不思議に思いBさんの夫君に声をかけた。

この人とは特別親しいわけでないが、私よりもAさんとつながりが深い。

しかし、B氏は些か含羞を帯びて言いにくそうに面を臥せる。

私が酒に任せてせっつくとB氏はようよう答えた。

「最近もうゲッソリしちゃって」

「病いですか?」

「いや、あれだよ、あれ。香炉……あの人、よせば良いのに鑑定に出したんだって。鑑定士によれば、あれはもう駄目」

「完全なニセモノですか?」

「完全も完全、最近作られたやつだって。……(とこっそり手の平を広げる)これがいいとこだとさ」

「五万?」

「うん」

「可哀想になぁ」

「なんで?」

私はその「なんで?」に面喰らったが、その人が意地の悪いつもりで言ってるわけじゃないのを見て、ああそうか、と思い出した。

Aさんが買ったのは香炉じゃなくて、言ってみれば義理人情である。

人の窮地を救う、父の恩人を救うと言う行為自体を買ったのである。

彼は恩義や功徳を買ったのである。

彼がその香炉に見た美は、むしろ自分であった、自分の義侠心の美であった。

悪く言えば、自分の高慢な自意識を愛でたのである。

とやこうやと納得しあっていると、ひょいと別の人が来た。

「五万の香炉か?」

「うん」

「あれは駄目だよ」

「聞いた」

「いや、Aさんが買ったって言うその知り合いだけどさ、あの人が作らせて売ってるんだもの。悪党だよ。Aさん、ころりと騙されたな」

私はゾクッとなって、それが感染ってか三人ひっそり黙ってしまった。

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