観覧車は絶好の狙撃ポイント
昼過ぎになっても、遊園地の賑やかな雰囲気とは裏腹に、空には厚い雲がかかっている。そのせいか、目の前の観覧車乗り場は順番待ちもなく、空いていた。
そこへ、厚着をした女性がやってきた。顔を確認して、私も乗り場へと向かう。
「すみません、相席でもいいですか」
「……かまいませんよ」
いきなり相席を申し出た私にスタッフは怪訝な顔をしていたが、彼女はすんなりと了承してくれた。
ほどなくしてゴンドラは宙に浮き、外部の干渉を受けない空中の個室となった。
「奇遇ですねアイスゲイズ、同じ場所で『仕事』とは」
「どういうつもり? わざわざ相席にするなんて」
「依頼の関係上、このタイミングしかチャンスが無かったのですよ」
彼女は喋りつつも、服の下に忍ばせていたライフルの部品を取り出して、素早く組み立てている。
彼女のことは良く知っている。アイスゲイズの異名を持つ、世界でも指折りの暗殺者。そして、私の古くからの同業者でもある。
ゴンドラは間もなく頂点に達しようとしていた。私もスーツケースから小型のライフルを取り出し、小窓からタイミングを見計らう。彼女も反対側で標的に狙いを定めているようだ。氷の視線のごとき、冷徹な眼差しで。
乾いた銃声は喧騒にかき消され、跳ねた薬莢がゴンドラの中で軽快な音をたてる。
「済みましたか」
「ええ」
仕事の成否については、お互い聞くまでもなかった。
しかし私には、これから別の試練が待っている。
「息つく暇もなくて申し訳ないですが、我々暗殺者のルールについてはご存じですよね。仕事を目撃した者は、速やかに消さねばならない」
「あら、知ってたのね。知らなかったらどうしようかと」
「そう、それは同業者であっても例外ではない」
彼女は動じず、黙々とライフルを分解していた。私の心臓が静かに踊っている。経験したことのない感情が頭を巡る。
「しかし例外はあります。そのルールは直近の家族、つまり夫婦ならば許されるのです」
彼女の手が、一瞬止まる。
「なにより、私たち二人が殺し合うなんて組織にとっても大きな損失です。ですから形式的にでも――」
「面白い提案ね」
顔を上げた彼女の視線が、私の胸元を突き抜ける。
「その提案、のってあげてもいいわ」
「ほ、本当ですか!」
「ふふっ」
あのアイスゲイズが、笑った。
「あなたってばトップクラスの狙撃手なのに、女性の心を狙撃するのは、下手ね!」
照れ笑いする私を、降り場のスタッフが微笑ましそうに見つめていた。