Fランなろう作家のカレーちゃんが人間ドックに行った話~なろう作家も受けよう! 人間ドック~
「イヤじゃー!」
カレーちゃんは嫌がった。
カレーちゃんとは日本のどこにでも居るFランクのなろう作家である。無駄に長生きな種族吸血鬼な少女であるカレーちゃんは、ここ数年ぐらいなろう小説を書いたり売ったりして生きていた。
生活保護ギリギリな程度に稼いでいる底辺の物書きで、知人の経営する安アパートに暮らして自堕落な日々を過ごしている。
働きたくない。その思いで、生活水準を下げて同人小説の収入だけで過ごしてきた彼女が嫌がっているのが眼の前のパンフであった。
「カレーちゃん、役場でやってる特定健診も毎年受けていないじゃありませんの。体の調子を診るため、人間ドックを受けますわよ!」
「うわー! イヤなのじゃー!」
親友であり大家でもある女性、ドリル子から突きつけられているのは人間ドック申し込み用紙であった。
カレーちゃんは医者嫌いであった。
人間ドック。丸一日ほど(より精密にするには数日)掛けて医療機関で体を徹底的に検査すること。
これにより血管、脳、内臓の状態や腫瘍の有無などを詳しく調べることができる。ドリル子が周辺の病院でやっていないか調べたところ(二人の住んでいる町はド田舎であるため)比較的近場とはいえ遠く離れている病院が人間ドックをやっていることがわかり、パンフレットを取り寄せたのだ。
その病院はPET-MRIという高級な設備も整えていて全身の癌検査に関しては特に効果がある云々……と書かれている。
「そもそも儂は不老不死の吸血鬼じゃぞ! 健康診断なんて行かんでいいのじゃ!」
「前にお酒の飲み過ぎによる肝炎と膵炎で病院に運ばれて死にかけてましたわ」
「うぐっ!」
「だというのにまだ飲酒していて……」
「しゅ、週に3回程度にしておる! 医者による酒は控えろという忠告は、控えめに飲めということじゃ!」
「小説家なのにしれっとデマを言わない!」
「むう」
カレーちゃんは自称吸血鬼である。牙も生えているし、なんかコウモリの耳みたいなのも生えている。血を吸うことも可能だが、人間の血とカレーソースは非常に似た成分をしているため、普段はカレーを食べておけば吸血しなくても生きていける。吸カレー鬼なのだ。
そんなわけで長命、また肉体の再生能力も高い不思議な存在で、数十年前はナチスの残党に解剖実験されそうになったこともあった。
だから多少の病気は問題ないはずなのだが……
「長命種族でも癌になってしまったらおしまいですわよ。ほとんど自然治癒しないどころか、治癒力が高ければその分進行しますもの」
「いやまあ……癌になった吸血鬼とかエルフとか聞いたことはないが……」
「悲惨なことになりそうですわよね。そうならないためにも早期発見、治療が大事ですの。カレーちゃん、健康診断は最後にいつ受けましたの?」
「ご、5年ぐらい前かのう……ほれ、大学でやっておったじゃろ」
「そういえばありましたわね」
二人は同じ大学に通っていた。そこでは就職に関わる一環として学生の健康診断を4年次に行っていたのだ。
「それ以降全然受けていないと」
「前に入院したときは似たような検査はされたのじゃ」
「そのときは肝臓と膵臓と腎臓の数値が農薬でも一気飲みしたのかってぐらい悪くて、おしっこが濃い麦茶みたいな色になってましたわよね」
「なんとか治ったから驚きじゃのう。吸血鬼ボディ」
しかし治ったといっても後遺症などの経過診断は行っていない。カレーちゃんが面倒くさがって病院に行きたがらないのだ。
癌と呼ばれる病気の原因はなにか。
もちろん単一の条件ではないのだが、「悪い生活習慣や他の病気に誘発されて起こる」ことが九割以上で、発がん性物質を摂取しただとか放射線にやられただとかは稀なケースだ。
そしてカレーちゃんの生活態度は雑な食事、不規則な睡眠、過度の飲酒とろくなものではない。
「一回受けてなんともないって診断されたら暫くは安心しますわよ。カレーちゃん、夏頃に咳が酷くて『コロナか結核かもしれん……』とか鬱気味になっていたではありませんこと」
「うみゅ……まあ実際はエアコンがカビておって、モロにカビ空気を吸い込んでいたせいじゃったのだが。たぶん」
※推定である。怖くて病院には行かなかったので。
「そういうところも含めて全身癌検査ですわ! 良いところを見つけましたの。若干遠くの病院ですけれど」
「ちなみにどこじゃ?」
「K市にある病院で、PET-MRIドックを受けられるのはこの地方ではそこぐらいですの」
「ぺっと・えむあーるあい?」
聞き慣れない単語にカレーちゃんは首を傾げると、ドリル子が簡易的に説明をした。
「簡単に言うと二つの検査を一回で済ませることができるんですの。PET検査は癌細胞が活動をしているかを調べ、MRIは既に出来ている癌の大きさなどがわかりますわ。これで初期の癌でも現在進行系の癌でも発見できますわ。一回で済むから体の負担も小さいですし、半日ぐらいで終わりますわ」
「ううっ……半日かあ……それなら……」
人間ドックの中には2日から一週間ほどもかけて念入りに調べるコースもあってカレーちゃんのイメージもどちらかというとそちらだったのだが、たった半日で終わるとなれば我慢もできるかもしれない。
カレーちゃんは医者嫌いではあるが、心配性でメンタルが小物なのだ。酒の飲み過ぎでちょっと脇腹のあたりがシクシクと痛むと「膵臓癌」という単語が脳に浮かんできて不安で眠れなくなることも多い。
まったく問題はなかったという太鼓判を押されれば、あと百年はドックに行かなくても気分的に大丈夫になるだろう。
「仕方ない……ドリル子さんも一緒に受けるのじゃろう?」
「そうですわね。わたくしもフリーランスだから健康診断はあまり受けていませんですし、この際」
「二人なら多少はマシかのう」
自分一人ではとても受ける気にならないのだが、友人と一緒ならどうにかなるかもしれない。カレーちゃんはそう思った。
「二人同時に申し込むとカップル割がありますし」
「カップル割!? 色々ツッコミたいのじゃが、カップルで人間ドック受けるやつそんなにおるのか!?」
「夫婦とかなら居るんじゃないかしら」
「儂とドリル子さんはカップルじゃないのじゃが」
「別に確認まではされませんわよ。同性でも大丈夫って説明に書いてありましたわ」
微妙に釈然としない気分を感じながらもカレーちゃんは一応聞いた。
「ちなみに割引して幾らぐらいじゃ?」
「14万円ぐらいですわ」
「たっか!」
14万円! カレーちゃんはパンフを二度見した。
「高いのじゃ! 儂を誰だと思うておる!? 定収入のあるサラリーマンじゃなくて、同人小説を電子書籍で売ってどうにか食っておる零細小説家じゃぞ!? 生活保護ギリギリの収入でどうにかしておるのに14万はグロすぎじゃ!」
微妙に同人小説が売れだしたせいでカレーちゃんはここのところ、年金までかなり減らされてしまっているのだ。
14万円あれば中古スクーターが買えてしまう。それを健康診断に使わねばならないのか。
ドリル子はどこか冷たい目でカレーちゃんを見て、確認するように告げてきた。
「……でもカレーちゃん、この前8万円ぐらいするゲーム機を買ってましたわよね」
「Steam Deckはほら……一台買うと延々とSteamのゲームができるからコスパ的には……」
「スマホもゲームが動かなくなったとか言って新しいのに買い替えてましたわ」
「こ、今度買ったやつは10年ぐらい大丈夫なスペックのやつじゃし……たぶん……」
「そもそも飲んでいるお酒の費用が月に3万円ぐらい掛かっていますわ」
「飲み屋には行かず宅飲みじゃし……一升で1000円ぐらいの酒しか買っておらぬからそこまで無駄遣いしているわけでは……」
ずいっドリル子は笑顔のままカレーちゃんの眼前に顔を寄せて言った。
「14万円、払えますわよね」
「うううっ……」
一応、カレーちゃんは生活保護ギリギリな暮らしと言っているものの、住んでいる場所は田舎で遊び場所もなく、毎日家でゴロゴロしてゲームしているぐらいなのでそんなにお金は使わない。
今年に売った同人誌の売上は丸々手を付けずに預金している程度には余裕があった。
「仕方ない……行くのじゃ……」
「じゃあ予約しておきますわ。……わたくしの軽トラ、車検に出しているから交通費も掛かりますわね。遠いですもの」
「むう……」
「時間的に前日に病院近くへ宿を取る必要もありそうですわ」
「お金が嵩むのじゃー……」
計算すると病院近くまで交通機関を使うと往復で13000円。宿代が7000円掛かることがわかり、追加でプラス2万必要になりカレーちゃんは頭を抱えた。
「どんな秘境に住んでおる設定なのじゃ、儂ら! 韓国への飛行機便のほうがまだ安いまであるぞ!(安い月は4000円台)」
「仕方ありませんわ。若干、まともな都会に出るのに複雑な地形をしていますもの。この田舎」
「日本にはこういう土地もまだあるのじゃなあ」
「いずれインフラ整備が諦められそうですわよね」
なにせコンビニもチェーン店もない田舎なのだ。仕方がない。
******
病院へドックの予約をして数日。カレーちゃんは毎日がどこか物憂げな気分でため息を多くつきながら過ごしていた。
迫ってくる検診の日が既に嫌になりつつある。
「予約した病院に隕石とか落ちて予定がパーにならんかのう……」
といった迷惑な妄想すら始まっていた。何の罪もない人がどれだけ巻き込まれるというのか。
彼女にも人間ドックの有用性はわかる。受けねば不安が残る肉体だというのも理解している。金だった掛かるが、致命的なほどの出費ではない。
だがジワジワとイヤだなあという気分に支配されて、日がな一日なにもする気が起きなかった。出版社から新作の打診を受けていたのだがまったくいい感じの話が浮かんでこないぐらいであった。
「新作を出すにも健康状態の不安を解消せねばならんのじゃが……ふう」
カレーちゃんがカレードリンクを飲みながらゴロゴロと、既にクリア済みのインディーゲームを何度もプレイし直しているとドリル子が帰ってきた。
「大変ですわカレーちゃん。人間ドックですけれど」
「なんじゃ!? 病院に隕石でも落ちたかえ!?」
「落ちませんわよ。……一緒に申し込んだのですけれど、どうもわたくしは断られたというか、受けられないというか……」
「はあああ!?」
自分から誘ってきたドリル子が突然のキャンセルを告げてカレーちゃんは詰め寄った。
「仕方ありませんのよ! わたくしも知らなかったのですけれど、PET-MRI検査を受けるには条件があって、それに引っかかったのですわ」
「条件?」
「体型ですわね。非常に狭いMRIの装置に体を固定して入れる関係で……胸囲が110cmを超えていると駄目だと言われまして」
「胸囲110cm!?」
胸囲110cm!?
「なんじゃその数値!? 昨今の創作物が巨乳化傾向にあるとはいえ、健全ジャンルではなかなか見かけんレベルじゃぞ!?」
「例えばワンピースのハンコックとか111cmですわ」
「ジャンプキャラに居た!?」
「こち亀の爆乳大佐は120cmですわ」
「まだ上が!?」
「地獄先生ぬ~べ~の細川美樹のお母さんは130cmですわ」
「ジャンプなのに更に上が居た!? なんでそんなに詳しいのじゃ!?」
ともあれ110を越えるのは巨乳を通り越して奇乳に片足を突っ込みかけているレベルであることには間違いがない。
業界でも(なんの業界かは知らないが)「さすがに100cmを越えるのは下品かも」という壁があって、超乳キャラとして明確に売り出す武器にしない限りはそれを突破しないとも言われている。一般的な巨乳キャラでも90cm台だろう。
俗に言う「ストーリーに集中できなくなる乳」がそんなサイズだ。
「──っていうかドリル子さんそんな非常識レベルに乳デカくなかったじゃろ!? 今までそんな描写あったか!?」
なにせ日本人の平均からすれば……いやなかなか平均が取りにくいのだが。とにかく全女性人口の0.01%以下しか居ない。それぐらいのバストサイズは。
いきなりドリル子さんに生えてきた超巨乳設定にカレーちゃんは突っ込みを入れたのだが、ドリル子は巨大な胸を張って告げた。
「わたくしの乳が大きくなかった、っていう描写もなかったはずですわ。たぶん」
「くっ……カレーちゃんとドリル子さんの話を何話も書いておるせいで、全部見直してそういう描写あったか探すのが面倒じゃ!」
「というわけで話には出なかったけれども、わたくしはバスト110cmのJカップでしたの。文字だからわからなかっただけですわ」
「っていうか、イラスト化されとるじゃろ! ほら! むしろ大きくない感じで!」
「それはイラストレーターのユウナラさんが貧乳派だから控えめに表現されたに違いありませんわ! もしくはわたくしが骨太体格だから全体的にスケールが1.3倍ぐらいなのかもですわ!」
「そうかのう!?」
「なにはともあれ、知見を得ましたわね。これからPET-MRI検査を受ける人は注意が必要ですわ」
というわけで、PET-MRI検査を受ける際には胸囲(及び腹囲)が110cmを越える際には受けられない可能性があるので注意しよう。少なくともカレーちゃんが申し込んだ病院ではそうだった。
仕方がないのでドリル子は別の病院で、PET検査無しの人間ドックを受けるように予約を変更することになった。
「心細いのう……」
「仕方ありませんわ。カレーちゃんはもう予約済みですから、今から断っても違約金4万円取られますわ」
「エグい!」
友人と一緒なら嫌な検査も我慢できると思ったのだが、まさかの当人がデカパイリタイア。カレーちゃんの気は更に重くなるのであった。
*******
検査日数日前。さすがにカレーちゃんも思うことあって、飲酒を断つことにした。
数日の禁酒がなにかしら良い結果に繋がることは皆無だが、前日の飲酒が悪い結果に繋がることは確実である。カレーちゃんもさすがに悪い検査結果を見たくはない。怒られるし。
病院からは確認の電話が掛かってきて、しっかりとドックに参加する意思と条件を聞いてくる。
『体の中に金属を入れているとか、歯のインプラントの手術をしているとかはありませんか?』
「ないです……」
『入れ墨やペースメーカーも入れてませんね?』
「はい……」
なんか怒られたときの猫ミームめいてしょぼくれて答えるカレーちゃんである。
『……ところでカレーさんは胸囲が110cmを越えていませんよね?』
「越えてないのじゃ。そんなやつが何人もおるか」
よほどドリル子が巨乳すぎてキャンセルされたのが病院側で話題になったのか、連れ合いとして申し込む予定だったカレーちゃんにも執拗に確認をしてきた。
それ以外の確認はMRIは凄まじい磁力を体に照射するので、磁力に反応する金属質のモノを体内に入れていたら大惨事になるための確認だった。どれぐらい磁力が凄いかというと自動車が空を飛んでMRIの機械に張り付くぐらい凄いパワーだ。ペースメーカーなんて心臓に入れていたら即死するだろう。
また、そんな超パワーを照射するので入れ墨などの成分によっては発熱、火傷の可能性もあるためそれも注意が必要だ。
『それでは、検査日前日はなるべく運動も控えてください。夜9時以降はなにも食べず、当日の朝食も食べてはいけません。水はコップ一杯程度ならいいです』
「わかりましたのじゃ」
『当日は検査終了後に病院で昼食が出ますので』
カレーちゃんは前に入院したときの病院食を思い出した。重湯。刻んで煮た野菜と果物。ブドウ糖タブレット。そんなものが出てくるのか。げんなりとしてくる。
夜9時以降食べてはいけない、というがだからといって夜8時頃に暴飲暴食してはやはり検査に響くに違いない。前日も早めの夕食に、軽いやつを取る程度にしなくてはいけない。
「はあ……早く終わって欲しいのじゃ」
諦めの境地。カレーちゃんは災害に耐えるような気持ちで過ごしていた。
検査の前日。ドリル子とバスやら電車やらタクシーやらを乗り継いで目的の病院があるK市へ向かう。二人の住んでいる町は常軌を逸するほどにバス停や駅が離れていることがあるので、1時間以上歩く覚悟がなければタクシーを利用する他はない。そして前日は運動不可だ。
「1泊分の荷物が重たいのじゃ……それにしても遠出をするのはいつぶりかのう」
リュックサック(ドリル子に借りた作業用の無骨なやつ)に着替えと問診票を入れて来ただけなのだが、普段荷物を持ち歩かないものだから肩が痛くなりそうだった。実はSteam Deckも入れていたので重たいのだが。
「カレーちゃん出不精ですものね」
「うみゅ。そうじゃ。書籍化の話が来たときじゃな。あれは大手出版社だから羽振りがよかったのか東京まで旅費を出してくれた」
「まあ! それで東京で楽しみましたの?」
「いや……道行く人が地元の千倍ぐらい多くて目眩がしそうじゃし、当時スマホ持ってなかったから道はわからんし、ホテルと打ち合わせした喫茶店以外寄らなかったのう……」
「も、勿体ない……」
「今思えば忠臣蔵の吉良邸とか大江戸博物館とか寄ればよかった……」
後悔先に立たず。カレーちゃんの住むカス田舎から東京まで非常に遠く、二度と行かない可能性が高い。
そもそも地方都市へ人間ドックへ行くのにも億劫がる精神的引きこもり老人なのだ。よほどの用事(カレーちゃんの作品が映画化するなど)が無い限りは東京に出ることもないだろう。
そして目的のK市に到着したのは昼頃だった。軽く昼食を取るため、地元にはないチェーン店に行こうということでサブウェイで野菜サンドイッチを食べる。健康である。
「ホテルのチェックインまでもうちょっと時間潰さないといけないですわね。カレーちゃん、行きたい観光地とかありますの?」
「いや……この町よく知らんし」
「じゃあパチスロでもして時間潰しますの?」
「あれ!? お主パチスロやっておった設定じゃったか!?」
「ここのパチスロにまだグレンラガンが置いてますの!」
※ドリル子さんはパチスロが好きというよりドリルが好きなのである。
「ええい、儂は種銭が乏しいからやらん。大きめの食料品店やブックオフにでも行っておくのじゃ」
カレーちゃんも無職なりに嗜む程度で打つが、旅行先で金を減らす真似をしたら凹みそうなので断った。
そして一旦分かれ、後で合流して早めの夕食を取ってホテルに入ろうということになる。
カレーちゃんは土地勘のない町でスマホの地図アプリを参考にしながら近くの食料品店へと向かうことにした。
「便利じゃのう。スマホがあれば東京に行ったときももうちょっとあれこれ見て回れたのじゃが、なにせ方向音痴じゃからなあ」
地元のスーパーの3倍ぐらい広い店に入ってカレーちゃんはスパイスコーナーや輸入食品コーナーをジロジロと吟味し、時間を潰した。
カレーちゃんの吟味は執拗である。誰かと一緒にスーパーに入っては遠慮してできないぐらい、珍しい食品を探し、更にそれをAmazonなどで買えるものかどうか検討し、慎重に購入する。食料品を眺めるだけで一時間以上は軽く潰せる。
「むむう! この店、レアな瓶入りカレーが沢山売っておる……Amazonでも見かけんものもあるのう……瓶カレーは『印度の味』を代表としてかなり本格な味わいが揃っておるがここは見たことないものも多い……しかし多数買うには瓶カレーは重たいのじゃ……」
……そしてスーパーを3件ほどハシゴして、まだ少し時間があった。
「ブックオフにでも行くかのう」
と、なんの気無しもなくブックオフに入って、仕事の資料になりそうな図版などを探し──
ライトノベルコーナーへふらりと立ち寄ったら自分の本が中古で売られていたのを見て、目眩がして店を出た。
「ううっとんでもないダメージが……! 儂の本を買ったが『おもろな。売ろ』ってなった者がここに居たという事実が作家を蝕む!」
店の近くにあるベンチにぐったりと座り込んで脂汗の浮かぶ額を拭いながらそう呻いた。
古本屋。それは要らなくなった本の墓場。自ら望んで手にした読者が、諸々の理由で不要とした本を小銭に変える場所。こんな本を持っているより、小銭を手にしたほうが得だと判断されてしまった書籍の群れがカレーちゃんという零細作家を潰しそうなプレッシャーを放つように今は思えてしまった。
「昔はあれだけ立ち読みを何時間もしておったのになあ……」
少しだけもの悲しくなっていると、スマホに通知が来た。
ドリル子からだ。
『2万入れたら11万勝ちましたわ~!』
「あ、あの女! パチスロで人間ドック代を稼いでおる!」
大勝ちしていた。せめて旅行中のメシぐらいは奢らせようとカレーちゃんは思った。
*****
夕食はドリル子さんに奢らせてバーガーキングを食べた。明日は検査だというのにバーガーキング。都会に来ないとバーキンは食べられないから仕方がない。
それでも比較的小さめのワッパーセットを頬張りながらカレーちゃんが駄弁る。
「去年だったかのう。バーキンがハクスラゲーのディアブロとコラボしておって、そのときに行きたかったのう」
「バーキンとディアブロって関係ありますの?」
「知らんが……ディアブロイモータル(スマホ版)コラボ→ディアブロ4(新作)コラボ→スパイファミリーコラボ→ディアブロ4コラボ(再)という絶え間のないコラボに日本のファンが熱中したとか」
「途中でスパイファミリーがなんで挟まってますの!?」
「ディアブロ2に『アーニャ』というモブNPCが出てくるからディアブロ関係だと勘違いしたという説が有力じゃな」
「スパイファミリー目的で来たファミリー層がタイミングずれたらびっくりしますわよ」
「いやそれがのう、話によると一般層にもディアブロコラボは人気で、小学生ぐらいの男の子が『やったー! ブッチャーのカードが出たー!』とか喜んでおったとかいう目撃情報が」
「小学生がブッチャーで喜ぶわけありませんわ!」
一応サラダも注文した。これで大丈夫。
二人はホテルへ行く。予算削減のため二人同じ部屋でツインルームを取っていた。
アパートでも隣接する二部屋を扉で繋いだところに暮らしているため、同じ部屋で寝泊まりする分には抵抗なかったのだが、人間ドック前というのが一つ問題があった。
「うーん、うーん」
カレーちゃんが唸った後で渋い顔をしながらバスルームから出てきた。
「……交代で、検便を踏ん張らねばならんというのはどうも恥ずかしいのう……」
「明日もやらないといけないし、検尿もありますわ……」
ホテルの部屋なのでトイレはすぐ近くであり、壁も薄い。そんな中で人間ドックに必要な検便を2日分(前日と当日朝)、同居人が頑張って採取するのをどうしても聞こえてしまう距離なので気まずかった。
読者の方も誰かと連れあって人間ドックに行くときは別々の部屋を取ったほうがいい。絶対に。
翌朝。朝食バイキングを食べたかった欲をこらえて二人は一旦分かれ、それぞれ別の病院へ人間ドックを受けに行った。
七階建ての検査専用に建てられた病院にカレーちゃんは入り、受付を行う。
ジロジロと受付の女性がカレーちゃんの胸部を見ていて、なにやら安堵の息を吐いた気がした。デカパイ安堵である。
「では検査着に着替えてください」
「はいなのじゃ」
言われてカレーちゃんは女性用ロッカールームへ行き、レントゲンやらMRIやらに干渉しない服に着替えることになった。客の自由な服装で受けさせたら、ジッパーが超磁力で吹き飛んだり、ヒートテックが加熱してヒートエンドになるのを防ぐためだ。
「なにやらファンタジーに出てくる古代文明人の服装みたいじゃのう」
「病院 検査着」で検索すると出てくるタイプのオーソドックスな検査着だが、なんかそんな感じがした。
失われた古代文明人も人間ドックを受けていたのかもしれない。
案内されて暫く待合スペースの椅子で待っていると、カレーちゃん以外にも朝から様々な検査を申し込んでいる客が増えてきていた。
この病院は人間ドックだけではなく泌尿器や前立腺の検査だけも行うようになっている。
(……ア、アウェイ感が漂ってきたのじゃ!)
その専門分野の性質からか、客の9割は男であった。泌尿器や前立腺に悩む患者は圧倒的に女性より男性のほうが多い。なにせ女性には前立腺がない。
自然と、場違いにもちょこんと座っている金髪美少女吸血鬼に対する男たちの反応は、物珍しそうにチラチラ視線を送るか、見たら訴えられるとばかりに目を逸らすか。
カレーちゃんはなるたけ目立たないように待合スペースの端っこに座って待っていた。
やがて呼び出しが掛かる。まずは検査について詳しい話を聞かされるらしい。
だいたい、ドリル子から聞いた通りにPETとMRIを同時に行う検査で、体への影響が少なく癌検査できるということだ。
「これが機械に入っているところの写真ですね」
女医から見せられた画像にカレーちゃんは得心した。
「おおー……寝かされている患者が、ヘルシング邸に封印されていたアーカードとか、シーモアの召喚獣みたいになんかぎっちり狭苦しく拘束されておるのう。こりゃ規格外のデカパイやデブだと無理な感じもわかるのじゃ」
非常に狭っ苦しそうな機械に押し込まれる図を想像して、ただでさえ息苦しそうなのに胸がつっかえたらよりしんどいだろうとカレーちゃんは思った。
「まず、PET薬剤という薬を注射して全身に回るまで一時間ほど待ってから機械に入って貰います」
「はいなのじゃ」
「ところで確認ですが────今日、及び前日は運動をしていませんよね?」
「は、はい。大丈夫だと……思うのじゃ」
「まったく?」
「……え、ええと……まあ、2~3時間ぐらい町をうろついたぐらいかのう」
「ッッハァー! うーわ……やっちゃったかぁ……」
「ええ!?」
女医はクソデカため息をついて額に手を当てて頭を振った。
「運動しないでってアレほど言ってたのに……はぁ……台無し……もう終わりだよ終わり」
「そんなに!? ちょっと歩いただけじゃぞ!?」
凄い言いようだった。そんなこと言っても、筋トレしたわけでもなく適当に街ブラしただけだというのに。
圧のある目つきをした女医が眉間にシワを寄せながら説明してくる。
「PET薬剤というものは癌細胞が活性的に動いているかどうかを調べるため、注射して体内に回ると体の中で活動的な細胞へと集積する性質があります。癌細胞は他の細胞よりも活動しているのでそれで薬剤がどこに集まったか、機械で調べることができるのです。いいですか?」
「は、はい」
「だから運動で筋細胞が疲弊している箇所があると、それを再生するために一時的に筋細胞周辺が活性化してしまうわけです。そうすると、PET薬剤は癌となにも関係のない筋肉疲労部分へと集積されてしまいますね」
「そ……そうですね」
「だからぜっっっったいに事前に運動してはいけないのです」
「しゅ、しゅみません……」
平謝りである。
なんなら昨日はボチボチと町中を歩いただけだが、一昨日はドリル子さんの仕事を手伝って、半日ほど険しい山道を歩き害獣防護用の柵を修復するバイトをして太ももパンパンになったのだがそれは言わないでおこうと思った。怖いから。
しかしそれなら、もう完全にヒャクパー運動ゼロでタクシー使って移動してくださいぐらい警告して欲しかったものだとカレーちゃんは逆恨みしつつ話を聞いた。
「……まあ、PET薬剤が癌細胞以外に散る場合もある、というだけではあるので、完全に無効になるわけではありません。足の筋肉周辺に腫瘍とかあったら、それが腫瘍マーカーなのか筋肉痛なのか分かりづらくなりますが……とにかくこのまま進めますか?」
「はいなのじゃ……」
さすがに足に癌はないとカレーちゃんも無根拠に思うのであった。心配なのは胃、肝臓、膵臓、腸などだ。普段酷使している。
説明を終えて、とりあえず通常の検診もセットで受けるためカレーちゃんは身長体重、血液検査にレントゲンを撮る。胃カメラはやらないらしい。PET検査で胃にマーカーの集積が見つかった際には精密検査として胃カメラが必要になる。
待合スペースで待っている間、同じ頃に検査を受けているドリル子からLINEで連絡があった。
ドリル『体重が以前測ったときより5kgも落ちていましたわ!』
『前は何キロだったのじゃ?』カレー
ドリル『150kg』
『おっっっっも! 横綱か!?』カレー
ドリル子は骨がタングステン並に固くて重たいのだ。彼女が酔いつぶれた場合、カレーちゃんでは運べないだろう。
あやつの骨、MRIの磁力に反応せんじゃろうなとカレーちゃんが不安に思っていると、ようやくPET薬剤の注射の時間になった。
腕を差し出して注射針から管を通され、機械によって自動的に注入される仕組みだが、医者と看護師が二名立ち会って問題がないことを相互チェックしながら装置を操作しているのを見て、
(ヤバいもの入れておる感じが……)
と、カレーちゃんも不安に思った。実際ヤバいものだ。PET薬剤は弱めの放射性物質であり、体内に入れた後は半日程度、患者の体から放射線が出るため幼児や妊婦と接触することを禁じられる。
「それでは薬が体に回るまで一時間ほど、安静にしていてくださいね」
「はいなのじゃ」
「待っている間にスマホや本を読むと目の疲労を感知して、薬剤が目に集積するので止めてくださいね」
「そんなに繊細な薬なの!?」
仕方がないのでカレーちゃんは休憩室にある、ネカフェのリクライニングシートみたいな椅子の上で全身の力を抜いてグデーっと過ごすことにした。
口も半開きで舌を出して死んだフリのようにしていると看護師さんが休憩室に入ってきてカレーちゃんの死体っぷりにぎょっとしたぐらいだ。
「あの、PET-MRIの機械に入るときのことですけれど」
「どうしたのじゃ?」
「30分から1時間ぐらい、狭い場所で身動きせず、大きな音も鳴ったりするのでヘッドホンで遮音するのですが、よろしければそのときに音楽を鳴らしますけれどリクエストがありますか?」
「音楽か~なんか他の人がよく聞くオススメとかありますかのう」
カレーちゃんが逆に訊くと看護師は考えて答える。
「そうですね……やっぱり狭苦しくてストレスになるので、リラックスミュージックや自然の環境音とか……」
「なるほど」
「後はJAM Projectとか水木一郎とかロボアニメの激しいやつですかね」
「ジャムプロと水木一郎!?」
「機械の中は狭くてうるさくて揺れたりぎゅっと締まるような感覚がしたり、体の芯が熱くなったりするので、なんかロボットに乗っている気分になるとかで」
やたら不安になってきたのだが、とりあえず「看護師さんのオススメのマクロスの曲で……」と頼んでおいた。
時間になり、バイオハザードの研究所めいた厳重にロックされているMRIの機械がある部屋へと案内された。
前述した通り、超磁力を発する機械なので僅かな隙間でもなく部屋は密閉されており、当然ながら室内には磁力に反応する金属製の道具・設備は一切置かれていない。金属製のヘアピン一つでも紛れ込めば、機械を作動させた瞬間に銃弾に等しい速度で患者に向かって放擲されることになり、大事故のもとだ。また、一度動かしたMRIを緊急停止させるだけでも数百万円ほど再起動には費用が掛かる。慎重にもなろう。
とはいえ人間のやることなので、MRIに金属製品が引っ張られて事故を起こすという事案は何件も起きている。酷い例だとうっかり酸素ボンベを持ち込んでそれが突っ込んできたこともある。
(儂……体内に金属入れておらんって答えたけど本当になんも入っておらんじゃろうか……)
と、カレーちゃんは無駄に不安になった。長生きしていると記憶が曖昧になるのだ。ついでに自分の知らないうちに宇宙人とかからインプラントされている可能性だって否定できるほど低くはない。
(銀歯とかすっ飛んでいかんじゃろうな……)
吸血鬼なのに銀歯入れているのもアレだが、そんなことも思った。ちなみに歯に詰め物をしている場合はちゃんと聞かれる。一般的な詰め物ならだいたいは大丈夫だが、一応は確認を取ったほうがいいだろう。
MRIの寝台に寝かされ、体をベルトで固定される。ついでに頭も動かないように、北斗の拳に出てくるジャギのヘルメットみたいなごっついセラミック製のマスクを被せられた。
そして医者の一人がカレーちゃんの手にイチジクカンチョウみたいな形状の物体を握らせてきた。
「ヤバかったらこれを握りつぶしてくださいね」
「ヤバかったら!?」
思わず聞き返したが、「動かないで!」と怒られてカレーちゃんは諦めて目を閉じた。
もはや最終段階。早く終わってくれないかな。そう思っていると、カレーちゃんを乗せた寝台が機械の中に入っていく。
機械の中は眼の前5cmぐらいがすぐに天井になっている上、厳ついマスクまで被っている。執拗に確認されたが、確かに閉所恐怖症の気がある者にとっては苦痛になりそうな窮屈感だ。中にはパニックを起こす者だっているかもしれない。そういうとき、イチジクカンチョウを握りつぶすのだ。なにが起こるか知らないが。
ヘッドホンで周囲の音はかなり遮られているが、それでもけたたましいブザー音がビー!ビー!と鳴り響き被弾中の軍艦に乗っているような気分だった。
やがてヘッドホンからは気を紛らわすようにロボアニメの主題歌が流れてくるのをカレーちゃんは色々と堪えながら聴いていた。曲は星のデジャブー。
(マクロスでリクエストしたのにこれ超時空騎団サザンクロスの曲じゃ!)
同じ超時空シリーズだからいいか……と看護師は判断したのかもしれない。妙にマイナーな趣味の看護師にモヤモヤしながら、カレーちゃんは耐えていた。
時折、
「息を大きく吸ってー吐いてー止めてー」
と、七回ぐらい指示された。三十秒ぐらい止めさせられてつらかった。あと、閉塞感や息苦しさを緩和させるためか、顔面へと常に風が当たっていて鼻が痒くなったが、カレーちゃんは耐えた。
(これヘッドホンで催眠音声とか頼んで流してたら紛らわしいじゃろうな)
そんなことを考えながら。磁力のパワーのせいか、前立腺のあたりがジワジワ熱くなるような感覚があった。普通、人間の女性に前立腺はないがカレーちゃんは吸血鬼なのであるのだ。生物学的に。
(超磁力と放射線パワーでミュータントに覚醒せんじゃろか)
などとドックを受ける人の8割ぐらいは妄想しそうなことを思う吸血鬼であった。
やがて何故かサザンクロスからモスピーダに曲が変わったあたりで検査終了となり、機械から出された。
「お疲れさまでした。着替えて受付に行ってください」
と、超時空シリーズ好きな女医から指示されて、とりあえず更衣室に行っていつもの服に着替えた。他の客が男ばっかりだからこういうのをリクエストされて詳しくなるんだろうか。
受付に行くと、
「検査結果はおよそ1ヶ月後に通知が来ます」
「わかりましたのじゃ」
通知が手紙で来るのならば対面で怒られなくて済みそうだとカレーちゃんは内心安堵した。これまで何回も医者から対面で「二度と酒を飲まないか死ぬか選べ」と怒られてきた過去が彼女を医者嫌いにしてきたのだ。怖いのだ。
「それではお支払いが17万2000円になっております」
「うぇ!? 14万ではなかったのかえ!?」
「それはカップル割の料金になりまして……」
「ああっ! あの胸囲110cmの女が抜けたせいで値段上がってるのじゃ!」
知らないところでカップルが破綻していた。俗に言うデカパイギルティである。
しかし今更払わないわけにもいかず、カレーちゃんはカードで泣く泣く払った。彼女のようなFランクのなろう作家でもAmazonカードぐらいは作れる。
(それにしても人間ドックも健康保険に適用しても良いのにのう! これを受けることで将来的な大病の可能性を低くし、結果的に医療費が下がる予防になるのじゃから補助を出してもええじゃろ! どうせ皆が皆受けたがる検査ではないのだし!)
などと、普段は明治生まれの吸血鬼だから後期高齢者なので医療費を1割しか払っていないカレーちゃんは内心憤っていた。ちなみに地方自治体によっては補助金を出すところもある。カレーちゃんのところでは2万円の補助が出る。あらかじめ調べておこう。
領収書を貰い、更に病院の食堂で食べられる食事のチケットを渡されて人間ドックは終了である。
「終わったのじゃ……」
時計を見てみれば12時を過ぎていたぐらいだ。時間にして4時間ぐらい。嫌がっていた期間に比べればほんの僅かな検査時間だった。
しかしこれで終わったのだ。人間ドックが。これで全てが良くなる。いやまあ、結果は出ていないのだが。気分的に。
カレーちゃんの気持ちも徐々に上向きになって来たときに受付のお姉さんが告げてきた台詞に固まった。
「次の機会があれば、人間ドックも受けていってくださいね。5万円ぐらいのコースがありますから」
「は? 儂が今受けていたの人間ドックじゃなかったの!?」
※大きな分類ではそうだが、厳密には違うようだ。(人間ドックは大まかな病気の早期発見だが、PET-MRIは癌の早期発見に重点を置いているため。なのでピロリ菌の検査や腹部超音波、心電図検査などはしないので早く終わる)
*****
微妙にがっかりしながらもカレーちゃんは病院にあるカフェルームみたいな食堂で昼食を取ることにした。払った17万円には昼食代も入っているので食べねば損だ。
定食の内容は絶妙に健康的だった。
・十八穀米ごはん
・ワカメと白菜と揚げの味噌汁
・ほうれん草のおひたし
・かぼちゃと人参のサラダ
・ミニトマトとブロッコリーのヨーグルト和え
・鶏肉のリンゴソースかけ
・サワラの柿ソースかけ
・抹茶のムース
・ほうじ茶
全体的に量は控えめだが、味は悪くなく食べ終えたら満腹感も得られた。そして塩分が僅か2.9g。カップ麺の半分程度だ。その影響か、全体的に味付けは甘酸っぱい感じだったが。
「ヘルシーなのじゃが……ドック明けはもっとジャンクなものをガツガツ食べて腹を満たしたかった気分なのじゃ……」
それなりに美味しかったとはいえ不満の残るカレーちゃんであった。
食後の茶を飲みながらドリル子に連絡を取ってみると、彼女はまだ検査中であった。デカパイリタイアによってPET-MRI検査を諦めたドリル子は普通の人間ドックを受けているので、夕方まで掛かりそうであるようだ。
「まったく、こやつのせいで余計に料金まで掛かってしまった……夜飯はしゃぶしゃぶ食べ放題を奢らせるのじゃ」
合流までどうやって時間を潰すか。カレーちゃんは仕方なく、パチンコ屋にルパン3世を打ちに行って2万溶かして泣いた。
夕方になりカレーちゃんもヘルシーな昼食を完全消化してしまい、ドリル子も腹を空かして二人は合流し、ガルルと言わんばかりに飢えた様相でしゃぶしゃぶ食べ放題のチェーン店へ向かっていた。
「お腹空きましたわ……」
「昼飯はなにか出たのかえ? そっち」
「サンドイッチが一つ……」
「儂が受けた病院より5ランクぐらいショボいのう」
ドリル子が据えた眼差しをしながらよろよろと歩き、二人は店へ入った。ドリル子の奢りで、しゃぶしゃぶ食べ放題(ラム肉・アヒージョソース追加)コースとドリンクバー(アルコール)を注文する。
「ラム肉4皿と牛肉2皿とエビと豚肉と……あら。一度に8皿までしか頼めませんのね」
「カレー食べ放題なのでカレー持ってくるのじゃ!」
カレーちゃんはカレーが大好きなので食べ放題のカレーコーナーから、カレーソースだけを器に注いで持ってきた。
しゃぶ葉は様々なタレが用意されていてブレンドやトッピングなども推奨しているが、カレーちゃんはしゃぶしゃぶをカレーに浸して食べる算段だ。
味変用の調味料も別皿に盛ってテーブルに戻り、運ばれてきた肉を次々に鍋へ放り込んで飲みこむように食べた。
「美味いのじゃ!」
「そうですわね。お皿追加で」
「あれ!? 一瞬でもう無くなっておる!?」
シュッと運ばれてきた8皿に入っていた肉は消失していた。一皿に3~4枚しか肉が入っていないので飢えた獣にとっては瞬時になくなる量である。
食べ放題は90分。損をしないように追加注文をしながらカレーちゃんは人間ドックの話をドリル子に訊いた。
「そっちはどうじゃった?」
「夕方まで掛かってしっかり検査結果も聞いてお医者様と相談もしてきましたわ。尿酸値が基準値より2ぐらい高かったですわね」
「尿酸値の問題かのう……体重145kgは……」
「肉体労働をやっている人だと重たいことあるよねって言われましたわ」
「そういうレベルかのう……」
届いた追加の8皿が瞬時に消えていった。肉も薄いものだから飲み込むようだ。
「カレーちゃんはどんな感じでしたの?」
「儂の結果は1ヶ月後ぐらいにならんとわからんようじゃが……まあ大丈夫じゃろ! 検査受けたからもう重圧とはオサラバじゃ! カレーソースにニンニクと唐辛子をドバドバ入れるのじゃ! ラム肉も田舎だと食えぬから食いだめするのじゃ!」
「結果が出てないのに大丈夫かしら……」
とりあえずカレーちゃんは検査を受けた、というだけでもはやなにもかも解決したようになり、カレーに様々な調味料をトッピングして胃もたれするようなソースを作り出していた。
それにしゃぶしゃぶした肉を付けて、一気に食べてビールを飲む。ドリル子さんも尿酸値がアレだったのは明日から頑張るとして次々に肉を注文していた。
合計で50皿ぐらい食べて酒を10回おかわりし、デザートのフルーツ白玉クレープまでいただいて「さすがに食べすぎた」と腹を抱えて店を出ることになり、もはや時間も遅くて家に戻る交通機関が残っていないのでインターネットカフェのカップル席で気絶するように眠る二人であった。
人間ドック明けで凶暴な食欲になった者は、もうどれだけ食べてもいいんだという開放感からこういった食い倒れ状態になることがままあるので注意しよう。
翌日、自宅に帰ったカレーちゃんはパソコンを取り出して人間ドックを受けた記録を付け始めた。
「せめてなんかネタにでもならんと損した気分なのじゃ」
「健康チェックが一番の利益なのではなくて?」
「そうかもしれんが、悪いところを悪いって指摘されても嬉しくないしのう……ともあれ!」
・なろう作家・なろう読者も人間ドックを受けて健康管理をしよう!
・通常の人間ドックは病気全般、PET検査は癌重視の早期発見になる! 余裕があれば両方受けよう!
・検査を受ける際には体内に金属が入っていないか確認しよう! 歯に詰め物があるときは歯医者に問い合わせてMRIで大丈夫か聞こう!
・体格が特別大きな人は検査を受ける病院のMRIに入るか事前に確認を取ろう!
・検査前2週間ぐらいはコロナ・インフルエンザのワクチンを打たない!
・検査前日は絶対運動しない!
・検便が必要なときに友達と同じ部屋に泊まるのはやめよう
・MRIはロボソングで乗り切ろう
・検査を受けて精神的安心を得て、健康的なろうライフを送ろう!
「こんな感じなのじゃ!」
「活動報告にでも書いとけって感じですわね」
「もう何ジャンルの文章なのか儂にもわからんが活動報告には長過ぎるしのう……」
「オチとしてカレーちゃんの検査結果は?」
「まだ出とらんから……」
※ネタになりそうな結果なら書きます。
おしまい
作者も受けてきたんですけどまだ結果出てないですのじゃ
ちなみに作品ごとにカレーちゃんの細かい設定(ちゃんと健康診断受けているのか、大学何年前に出たのか、東京他の用事で出てなかったか、収入と年金の関係)などはファジーに変化するので突っ込まないでくれると助かります