第41話 血で湯浴みする女子大生
アニセカ小説大賞に応募しています。
よかったら読んで行ってください。
異能アクションありのオカルティックラブコメミステリーです。
完結まであと数話です。
もう少しお付き合いください。
きっかけは、小学二年生の時に言われた一言だった。
「ねえあなた、この子の鼻ちょっと低くない?」
「言われてみれば……そうだね。麗華、ちょっと直そうか」
武山麗華は両親に言われるまま、人生初の整形をした。
低かった自身の鼻が高くなったことに違和感を覚えたが、特に深く考えることなく日常に戻った。
次のきっかけは、小五のバレンタインだった。
「ブース! お前のチョコなんていらねーよ!」
「武山さんさあ……チョコをもらう側の気持ちを考えたら?」
「デブからのチョコとかカロリー高そう(笑)」
手作りのチョコを全て自宅に持ち帰った麗華は子どもながらに考えた。
――見た目が悪い人間に人権はないのだろうか?
――見た目が良い人間は何をやっても許されるのだろうか?
海外ではルッキズムを重視することへの批判が高まっている。
昔から人間は見た目じゃなくて中身だと言われる。
でも、それならばなぜ美容整形が商売として成り立つんだろう?
家の仕事が順調で、贅沢な暮らしができるんだろう?
低学年の頃、なぜ両親は自分に整形を施したんだろう?
人間見た目じゃなく中身ならば、美容整形は必要ないんじゃ?
麗華はそう両親に質問した。
「それはね、そうであってほしいという願いであって、実際はそうじゃないからなんだ。見た目が良い方が世の中何かと得なんだよ」
「人間、見た目が九割なのよ。世の中の九割の人間は一期一会。深く付き合わない限り、中身の評価なんてされないの」
道徳の本に書いてあることとは正反対の両親の言葉に麗華は感銘を受けた。
確かにデブで見た目の悪い自分のチョコは受け取ってもらえなかった。
クラス一の美少女で芸能活動をしている花沢さんのチョコは我先にと男子が食いついた。
自分は太っている見た目を馬鹿にされた。
花沢さんが自分を馬鹿にしたことについて、クラスの誰も注意しなかった。
つまり、人間の価値は中身じゃなくて見た目なのだ。
見た目が良ければ何をしても許されるのだ。
見た目が悪ければ何をされても仕方がないのだ。
美形=正義。
不細工=悪・
悪は裁かれる存在なので、正義は悪に何をしてもいい。
だからこそ自分は――正義でなければならない。
人生を楽しく生きるために。
心の平穏を脅かされないために。
もう二度と……誰にも馬鹿にされないために。
「お父さん、お母さん、私を手術して。醜い贅肉を落としたいの」
「うん、いいよ。それじゃあ春休み中にやっちゃおうか」
「麗華が決心してくれてお母さん嬉しいわ♪」
そして、武山麗華は二度目の整形手術を受けた。
手術後――六年生になり登校した麗華をブスと罵る者は誰一人としていなかった。
それどころか取り巻きができた。
男子も花沢さんではなく自分をチヤホヤし始めた。
――ああ、やっぱり見た目が全てなんだ。
昼休み、弁当箱を持ってトイレへと向かう花沢さんを見て麗華の価値観は確立した。
――美しさこそ全て。
――醜いものに権利無し。
――美しさは全てに優先される。
それからの麗華は自身の美を極めるための知識を積極的に学んだ。
食事、運動、美容に関するあらゆる知識を。
美の最前線を走り続けるにはどうすればいいかを徹底的に研究した。
そのおかげで中学から高校までの六年間、校内の美少女コンテストでは常にぶっちぎりの一位を獲得。
高校三年生の時、流行りに乗って動画配信をやってみて大成功。
たったの半年で美容系配信のトップと言われるまでになるに至る。
企業コラボも大量に舞い込むようになり、同年代女子から美のカリスマとまで言われるようになって収入も安定。
実家の商品開発にも口を出すようになり、それがまたヒットを飛ばし、彼女はこう思うようになる。
――自分より美しいものは存在しない。
――つまり自分は、何をしても許される。
――だって、美しいは正義だから
もちろん、そんな本心は口にしない。
人間見た目ではあるものの、面と向かってそれを口にすれば反感を受ける。
世の中というものは嘘やきれいごとほど声高に語られ、真実ほど口を噤まれるものだからだ。
そんな本心を隠し、見た目を磨き、人当たりの良い女子大生を演じていた彼女は去年の大学の文化祭で物部幽子に出会う。
自身の美が通用しない圧倒的な存在。
ルッキズムの権化とも言うべき暴力的な見た目の良さ。
自分の取り巻きだった男子が離れていく様子に彼女は危機感を覚えるようになる。
このままでは自分の権利が脅かされる。
ブスと蔑まれ人権のなかったあの頃に逆戻りしてしまう。
トイレで一人飯をするようになった花沢さんと同じになってしまう。
――どうすれば勝てるのか?
――どうすれば彼女より美しくなれるのか?
――どうすれば正義でいられるのか?
強迫観念に駆られた彼女はより一層美について学ぶようになり、そこで一冊の本と出会う。
『血で湯浴みする夫人』――と。
………………
…………
……
「悪い奴は始末されて当然――ですか。確かにあなたの言う通りです、物部さん」
湯船に叩き込まれて冷静になったのか、麗華は静かに幽子を睨みつける。
「悪は罰を受けるべきだし、善は賞賛されるべきです。あなたもそう考えているとしたら、何故私にこんな仕打ちを?」
「何故ですって? あんた、こんなことをした自分が善だとでも言いたいわけ?」
「ええ、もちろん。物部さんは私を悪だとでも?」
「どこからどう見ても悪じゃない! 命を、こんな風に……!」
「おや? あなたは先ほど私にこう言いませんでしたっけ? 悪に人権はない――と。人に仇なす野良犬は悪です。悪をどうしようと勝手では?」
「武山さん、きみは何を言っているんだ……?」
「何って、そのままの意味ですよ田中くん」
悪びれもせず麗華はそう言い切った。
常識だろ? 何言ってんだこいつ――みたいな表情のまま。
「私は野良犬たちを保健所から出して家に置いてやることで、彼らの生きる権利を所持したんです。多くのご家庭で飼われているペットと同じですよ。生殺与奪の権は飼い主にあります」
「その飼い主たちはあんたみたいに注射器で血を抜いたり、面白半分に解体したりなんていうことはしないわ!」
「面白半分? ちゃんと目的がなければこんなことしませんよ。野良犬は悪とはいえ、命がもったいないです」
「こんな惨殺行為にちゃんとした目的があるっていうの?」
「きみは一体、何を目的にこんな真似をしたんだ?」
「わかりませんか? 美容ですよ。二人とも、エリザベート=バートリー夫人のことはご存じですか?」
昨今、ゲームなどでネタにされているため多少は知っている。
中世の時代に生きた女貴族。
若い侍女や村娘をさらっては殺して、その血液を浴びていた女吸血鬼の実在モデル。
「彼女は若い人間の血を浴びることで、美と若さを保っていたと言います。血液を肌に塗りたくることでツヤとハリが出たとか」
「そのために、犬たちを殺したの?」
「はい。だって中世の時代ならともかく、現代で人を殺したら犯罪じゃないですか。だから、その代用として犬の血を使ったんです。保健所にたくさんいますから」
「それで注射器が……ナイフやロープは?」
「解体してハムやジャーキーを作ってたんですよ」
「あんた、犬を食べたの!? 何で!?」
「だからさっきも言ったように美容目的ですよ。近代では廃れてしまいましたけど、昔の人類は犬を食べることもありましたし、近年でも一部の国では未だに犬食文化があります。日本ではまだ誰も注目していないため、新たな美容があるのではと思い実験をしていたんですよ」
最も、未だ実感はできていませんが――と麗華。
「人に仇なす悪の命を、美容という善のために使ってあげているんです。これは命のリサイクルであり私はエコロジスト。命を大事に活用する私に、何の罪があると?」
「あんた、イカれてるわ……」
「おかしいのは私ではなく世間ですよ。豚や牛は食べるくせに、何で犬や猫はダメなんですか? 同じ動物だし家畜でしょう?」
「犬や猫は人間のパートナーだ。家畜じゃない」
「その命の線引きはどこが基準なのでしょう? 私にはわかりません」
食べるために育てるなら全て同じ家畜である。
麗華はそう断言した。
二人はその態度を見て完全に悟る。
こいつには何を言っても無駄だ――と。
独自の価値観で生きている人間に、外からの声は届かない。
同じ日本語を話しても、決して会話が成立しない。
「これ以上言葉を交わしても無駄みたいね。一郎くん、帰りましょう」
「……ああ、そうだな」
「もう帰るのですか? 報酬は?」
「今後、今回みたいなことは一切止めること。二度とこんな可哀想なことをしないと約束する。それが私の報酬でいい」
「俺への紹介料は、きみが殺してしまった犬たちに心からの謝罪だ。ドッグランの近くにお墓を作ったから、しっかり弔ってやってくれ」
「もしも約束を破ったら、撮影した証拠写真をネットにアップするからそのつもりで」
「わかりました。ではそのように。今回はありがとうございました」
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