表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/44

第10話 幽子の趣味

アニセカ小説大賞に応募しています。

よかったら読んで行ってください。

異能アクションありのオカルティックコメディです。

 黒い人影がじりじりと近づいてくる。

 一歩、また一歩と、一郎めがけて近づいてくる。


 一郎はなんとか距離(きょり)を取ろうと後ずさりを(こころ)みるも、足がまったく動かない。


 自分に取り()いていた幽霊、その姿をはっきりと()の当たりにしたショックと、そこから()れ出る悪意(あくい)執着(しゅうちゃく)殺意(さつい)敵意(てきい)――あらゆる負の感情を浴びせられた恐怖(きょうふ)で身動きが取れないでいた。


物部(もののべ)、逃げろ……」


 こいつのターゲットは自分のはずだ。

 でなければ引っ越し先にまでついてくるはずがない。


 彼女を家に(まね)いたのは自分だ。

 自分がやられている間に、彼女だけでもなんとかこの場を脱出(だっしゅつ)して欲しい。


「この状況(じょうきょう)で自分よりも私の心配、か……田中くんってやっぱ良い人だね!」

「そんなこと言ってる(ひま)があったら逃げろ……!」


 一郎がそう言うと、幽子はゆっくりとソファーから立ち上がって――、


「バカ! なんでこっちに来るんだ……!?」

「財産目当てって言ったクソ女を、身体張って逃がそうとするとか普通できないよ? うん、好き。田中くん、これが終わったら私と付き合ってよ」


「は、はぁ!?」


 生まれて初めて女の子から告白された。

 それも幽子のようなとびっきりにかわいい女の子から。


 過食症(かしょくしょう)で太っていた時期(じき)もあるため、このような経験とは無縁(むえん)だった。


 告白に関して言えば、正直飛び上がるほど(うれ)しいところではあるのだが、今はそんなこと言ってる場合ではない。

 TPOという言葉を知らないのか!?


「私さ、この見た目だから誤解(ごかい)されるんだけど、正直相手の見た目とかどうでもいいんだよね。やっぱり人間中身ですよ中身。内面が良くなければ絶対に付き合いたくないわ。田中くんは口は悪いけど、人間性は最高な上に土地持ちで、ついでに家が不動産屋。すっごい好みのタイプなの」


 そう言うと、幽子は持っていたバッグの口を開け、その中に手を突っ込んだ。

 出てきたものは――口紅(くちべに)


「ねえ田中くん、あなたを見込(みこ)んで(たの)みがあるの」


「こんな時に!? いったい何だよ!?」

「今から私の趣味(しゅみ)を見せるけど、絶対に口外(こうがい)しないでくれる?」


 ――約束して、お願い。


 状況に見合わない(みょう)な約束。

 考える余裕(よゆう)など当然なかった一郎は、彼女のこのお願いにYESと答えた。


「ありがとう♪」

「おい! 物部……前!」


 幽子が一郎に笑顔を向けた瞬間(しゅんかん)、幽霊が(おそ)いかかった。

 細い彼女の首を目がけて、幽霊の両手が(せま)る。


『オォ……オォォォォ……』


 幽霊は幽子の首筋(くびすじ)()らえると歓喜(かんき)の声を上げ、両手に力を入れ、彼女の首を()め上げ始めた――かに見えた。


 ――バシュン!


 力が入ったかと思った瞬間、幽霊の両手はどういうわけか消し飛んだ。


『ウォォ……!? オ、ォゥゥォォォ……!?』

発情(はつじょう)したオットセイみたいな声出してんじゃないわよ。死んでるくせに」


 ――ずぶり。


 幽子は幽霊に悪態(あくたい)をつきながら口紅を(かま)え、その先端(せんたん)眉間(みけん)の位置に突き刺した。


『ガ、ァァァァッ……!? ナ、ナニ、コ、レ……?』

「あ、ようやく普通に(しゃべ)った。 二回の警告(けいこく)であんたが喋れるのわかってんのよ。私たちをビビらせるためか知らないけどさ、そこんとこバレバレだからね? ()ずかしい奴」


『ウ、ゴ、ケ、ナ、イ……?』

「そりゃ、私の術力(オーラ)がたっぷりと付着(ふちゃく)している口紅だし。あんた程度(ていど)悪霊(あくりょう)だと、指一本も動かせないでしょ?」


『オ、マ、エ……ナ、ニ、モ、ノ……?』

「それを今から教えてあげる」


 幽子は動けない幽霊の(まわ)りで、なぜか反復横跳(はんぷくよこと)びのような事を開始する。

 見た感じ特定の図形を(えが)くようにステップを()んでいるようだが、よくわからない。


「これね、兎歩(うほ)っていうの。大昔の(えら)陰陽師(おんみょうじ)の人が考えたステップでね、田中くんみたいな普通の人でも効果(こうか)のある魔除(まよ)けの歩法(ほほう)なんだ。こういう悪い霊を追い払う効果があるの」

『オ、ゴアアァァァァ……!?』


 後で教えてあげるね――と、幽子は一郎に微笑みかけ、


「どーお? 悪霊さん? 私の術力を流し込まれて動けないところに、兎歩なんてやられた感想は? 不快(ふかい)よね? まるで指先を1mmずつ()ぎ落とされている感じよね? 痛い? ねえ痛い?」


 その笑顔のまま幽霊の顔を(のぞ)()んだ。


「安心して? 兎歩はもうやらないから」

『ハァ……ハァ…………?』


 もうやらない――幽子のこの言葉に幽霊が一瞬安心感を(いだ)いた。

 しかしそれは本当に一瞬で、次の瞬間絶望の(ふち)(たた)き込まれた。


「兎歩ってぶっちゃけただ歩くだけだからね。やっているこっちとしてはたいして面白(おもしろ)くないの。やっぱり悪霊をしばくならさあ……」


 ――ボゴォッ!


『オ、ゲエェェェェェ……!?』


 幽子が幽霊の胴体(どうたい)に向けて(するど)いボディブローを(はな)った。

 幽霊の身体がくの字に曲がる。


「ちょ・く・せ・つ、ぶん(なぐ)るのが一番よね♪ ふふっ♪」


 ものすごく良い笑顔で、(さわ)やかにそう告げる幽子。


「あぁ……手に残る何て言うか、この『肉のようで肉じゃない』ものを殴ったんだっていう感触(かんしょく)……ホンット気持ちよくて()みつきになるわ! やっぱり悪霊はこうするのが一番楽しくない? ねえそうよね田中くん!?」

「いや、同意(どうい)を求められても……」


 ここまでの流れで大体(さっ)した。

 彼女がここを理想の物件(ぶっけん)だと言った理由。

 霊障(れいしょう)を目の当たりにしても逃げなかった理由。


 間違(まちが)いない。

 彼女の趣味は――


「物部、きみの趣味ってもしかして……」

「うん、そうなの♪ こういった人に害を与える悪霊をしばき倒すのが大好きなの、私♪」


「じゃあやっぱり心霊マニアじゃ?」

「心霊マニアだと悪意のない幽霊や人外存在も含まれちゃうじゃない。私が求めているのは、何の罪もない、縁もゆかりもない人を一方的に害する悪霊や人外なの。だから事故物件とかワケあり物件とか大好き♪」


 すごくいい顔で幽子が言った。

 なるほど、好きなのは幽霊などではなくて、幽霊が憑いている家や土地そのものか。


 心霊マニアではなくワケありマニア。

 一郎はそう彼女を結論付けた。


「あ、ここにあるスリッパ借りるわね。えいっ」


 ――スパーァン!


『オ、ホォォォォ……!』

「あはは! いい音♪」


 とてもいい打撃音(だげきおん)()(ひび)いた。

 叩いたものは幽霊なのに。


よかったら評価をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ