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5.志乃


ー…き。

声が聞こえる。

ー、うき

心地よい声。いつもの声。

ーおきて、ゆーき

目が覚める。見慣れた自宅の天井。

なにか夢を見ていた気がするがあまり思い出せない。

まだ肌寒い季節、布団を着ていないことに気がつく。

「そりゃ起きるわな」

ゆーき。って呼ばれた気がする。

あの特徴的な呼び方は…。

「なんだっけ」

最近物忘れが激しいんじゃないか。ハムスターなのか?

眠い目を擦り、クローゼットに積み上がってる服を無造作に漁る。整理整頓されていない服。自分でしまっているので畳むなんてことはしない。シワの寄った少し厚めのトレーナーを着る。

「さて、今日は…どうかな」

下に降りるといつも通り髪をポニーテールに結んだ妹がいつも通り俺には目をくれずに朝ごはんを食べている。いつも通り。いつもと同じ朝。互いに互いを意識しない朝。

まるでそこに人がいないかのように、お互いを意識しないで各々が生活を送る。

「洗濯物、入れっぱなしで出せない」

洗濯機の中には俺の衣類が皺くちゃのまま入っていた。

妹は苛立たしそうにするでもなく、淡々とその事実だけ伝えると俺が返事を言う前にカバンを持ってそのまま学校へと出かけてしまった。

「反抗期か」

お兄ちゃん悲しいな。

いつからこうなってしまったんだろうか。

膠着した家庭環境。昔は仲が良かったなんて言われていたが今では見る影もない。互いが互いに歩み寄らない、そんな悲しい関係。今日から新学期が始まるんだからもうちょっと心を入れ替えて寛容になって欲しいね。俺だって好きでこうしてる訳じゃないんだ。


学校への道のりは退屈なものだ。妹と投稿することもない。幼なじみの洋と歩くこともない。

冬空の下、どんよりとした雲を眺めながら、学校への道のりを淡々と歩く。

どうして自分はこんなことになっているのだろう。

何かを掛け違えているような感覚がある。

まるで左右のボタンと穴の数が最初から違っているような違和感。

初めからハマるわけのないピース。よく分からない違和感。

でも、その正体は分からない。

ただ何かいつもと違うということと、よく分からない寂しさが押し寄せて来ていることは確かだった。

学校に着く。特に誰かと話すことも無く、朝礼もそこそこに授業が始まる。

「はぁ」

陰鬱なため息が出る。

なぜ新学期早々、最悪な気分で、この退屈な授業を受けないといけないのか。

「学年が上がる時なんてこんなもんだよな」

横の男が友達と話しているセリフが耳に入る。

名前は洋。幼なじみではあるが、最近ほとんど会話はしてない。所詮は近所と言うだけの中、成長するにつれて気が合う仲間と自然につるむようになっていった。

コイツとはよく話していた気がするんだけどね。

…いつかは分からないけど。確かにそうだった。

「…ねぇ、優希くん」

反対側の席の志乃が声をかけてくる。

「んー?」

「朝から授業面倒だよねぇ、なんか私もその気持ちわかる」

「あ、顔に出てた?ありがとね」

この子は、賀美志乃。

あまり友達がいない俺でも仲良くしている、数少ない話し相手。大人しそうな見た目をしている。

漆黒の黒い髪。

前髪は切り揃えられており、綺麗なストレートの黒髪は腰ぐらいまで伸びている。

まるで日本人形のような見た目。

しかし、目はぱっちりしており、和洋折衷というような独特の雰囲気。

パッと見るイメージでは、あまりオシャレに興味が無い地味寄りの女の子。

俺も当初は大人しくて主張しないような子だと思っていた。

ただ最近に席が近くなり、よく喋るようになって分かったことがある。

一見物静かな感じだけど、自分の意見はしっかり持っていてどちらかというと、物怖じしないタイプの人種だ。そして結構喋るし、結構面白い。

こうやって時々話しかけてくれたり、気が利くところもあり、最近よく話している。

「まぁどうせ鈴木先生の授業でしょ、悪いけど寝不足なので寝るかも」

「えぇ、ダメだよ、怒られるよ」

「大丈夫だよ、あの人が怒ってるとこなんて見た事ない」

「知らないよー」

志乃はあーあ、という顔をしながら前を見た。

授業を聞くから好きにしてという意味なのだろう。

その横顔を最後に、俺の瞳は既に塞がっていた。抗えない眠気を感じ俺は静かに首をさげた。


フワフワと浮いている。

ただ何も無い空間を浮遊している。

なんで自分がここにいるのかもよく分からない。

遠くの方で1人の人影が見える。

少女だ。自分と同じぐらいの歳。

少女が必死で俺に追いつこうとする。

ーなんでそんな悲しい顔なんだろう

がむしゃらに走って、必死で追いつこうとする。

ー来るな。

何故か来て欲しくなかった。

ー頼むから来ないでくれ。

よく分からないけどその方がいい気がした。

ー頼むから、頼むからお前は…。


「くん…、ゆーきくん!!」

その途端目が覚めた。目の前には見知った顔。

「志乃…」

「ゆーきくん、本当に授業中に寝てあろうことかそのまま放課後まで寝ちゃうんだもの。ビックリしちゃった」

「ん、あ、もう放課後?」

なんかまた夢を見ていた気がするんだけど…記憶がまだ曖昧だ。

「私が起こさなかったら明日まで寝てたんじゃないかな?」

いたずらに笑っている。こんな時にコイツは意外と優しい。

「私もう帰るけど、ゆーきくんどうする?」

「んー」

まだ頭がぼーっとしてる。

「俺も帰るよ」

「そっか、んじゃ一緒に出ようか」


志乃と一緒に帰路につく。

「なんか、ゆーきくんうなされてた」

「ん?あーさっき?」

「悪い夢でも見た?」

「…正直あまり覚えてない。このところなんか記憶が曖昧で…」

言ったあと、自分でヤバいやつだなと思った。

「え…!?夢遊病ってやつ…?」

志乃は普通に心配そうにしてくれている。

「あー、ってのかな?まぁ疲れてるだけだと思うわ」

「きちんと寝ないと…だね。夜更かしとかしてるんじゃない?」

「いや…してないと思うんだけどなぁ。ただまぁ…そうだな。きちんと寝よう。」

「そんなあなたにこれをしんぜよう」

…キーホルダ?

「…なにそれ?」

「そう!なんと私のアクリルスタンドだ!」

マジかよ…。

「志乃…自分のアクスタ作ってんのか…」

流石の俺もドン引きである。

「いいじゃん!可愛くない?」

確かに志乃は容姿が良い。

一見して地味なようだが、整った顔立ちをしている。

でもまさか自覚してるとは。

「ね、これみて」

はにかみながら、アクリルスタンドの服の部分を剥がす。

「はぁ?! ちょっ…」

「なんと磁石でくっついているので着せ替えもできる」

一瞬焦ったが下から出てきたのは黒いマジックで塗りつぶしたような加工した部分だった。

「…いや、まぁうん。そうだと思ったけどね」

「何を想像してたのやら」

にやつきながらからかうような顔で覗き込んでくる。

「気に入ったらゆーきくんのも作ってあげようか?」

「やめて…。教室で出されたら俺の人生終わる」

「じゃあ、非公開コレクションにしておくね」

「肖像権って知ってるかな」

他愛のないやり取りをしながら歩く帰り道。

「元気になった?」

「え?」

「なんか最近元気ないみたいだから」

…やっぱそう見えるんだな。

「なんか、うまく表現できないんだけど」

「うん」

「ふわふわ浮いているような気がするんだ」

「…ふわふわ?」

志乃が小首をかしげている。

あぁ、そうだよな。こんな話急にされても困るか。

「ごめん、なんでもな」

言いかけてところで志乃がかぶせる。

「言って」

真剣な顔。とても茶化すような雰囲気ではない。

「…話半分で聞いてくれ」

「…ちゃんときくよ」

「ありがとう」

とは言ったもののどうやって話せばいいのかわからない。

「なんかさ、うまく表現できないんだけど、何かが違う気がするんだ」

気持ちを吐露しながら頭を整理する。

「今の自分の状況ってこんな感じだっけとか、何かを間違えている感覚」

志乃は黙って聞いている。

「もっとさ、楽しい生活だった気がするんだ。今の自分は妹に嫌われ、親友とは縁を切り、一人寂しく過ごしている。こんな生活だったっけって。逃避に聞こえるかもしれないけどね」

「…そんなことない」

はっきりという。最初励ましてくれているのかと思ったが、彼女の顔は少し驚きをもったものだった。

「実をいうとね、私も同じようなことを思っていたところなの」

志乃はうつむきながら続ける。

「私って、どちらかというと目立たない方だし、そんなに化粧気もない。私ってこんな自分だっけって」

確かに志乃は見た目と話した雰囲気は違う。

「まるで…」

「夢にいるような感覚」

志乃がつぶやいた直後、空が黒く染まった。

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