4、再開
スライムのような無形のそれは、触手のような手を伸ばし俺の足を掴んだ。
そのまま引きづられて倒される。
「ああ”ぁぁぁっ!!!」
掴まれた足が焼けるように熱い。
意識が遠くなる。
俺は死ぬのか…こんな訳もわからない世界で、よく分からないものに襲われて。
まだ…死にたくはない。
ただもう意識を保つのがやっとだった。
ー…き
薄れていく意識の中、よく聞き馴染んだ懐かしい声が聞こえた。
チリーン。
「ッ!見つけたっ...!!」
突然、眩い光と強い衝撃が降り注ぐ。
足を掴んでいた異形の触手は跡形もなく消滅し、あれほど激しかった足の痛みは消えている。
そこにはよく見知った幼なじみがいた。
そうよく見知ったはずの幼なじみ。
何故かよく見知ったはずなのに今まで忘れていた幼なじみ。
大事な幼なじみ。
彼女はいつものように涼しげな顔をして、歳不相応の大人びた雰囲気を漂わせている。
その表情はキツく、ただ...安堵と怒りが混ざったようなそんな瞳。
「ホントに...探したんだから......」
目の前にはまだ異形の塊がこちらの様子を伺っている。しかし、目の前の少女は、そんなもの眼中に無いように髪をかきあげる目を細めている。
赤と白の装束。綺麗な長いまつ毛、涙袋のある丸く大きな目、日本人にしては明るい亜麻色の髪とアンバーの瞳。まだ成長しきっていない小柄な体躯。
思い出した。
「芽依」
「どーぞ、ゆーき」
芽依の手から小ぶりの刀が手渡される。
「これ...は」
「宝刀。うちの神社に祀ってある。天暖水刃って言うんだって」
芽依から渡された刀は驚くほどに重かった。
ずしりとした重さ。
冷たく、そして硬い。
「多分ゆーきを守ってくれる」
「守るって...」
「私も...守る。絶対に......っ」
芽依は何かを言おうとしてやめた。
その横顔は酷く消耗しているように見える。
ただその闘志が、目に宿る意思が、このふざけた世界の中で唯一、確かに頼れるものだという確信があった。
「私がコイツらを何とかできるのはせいぜいあと数回だと思う。でも絶対にゆーきには危害を加えさせない」
「......なん...」
目の前で大事な幼なじみが必死になって自分を庇っているのが嬉しくもあり、同時に情けない気持ちになる。
「......俺もやるよ」
足は覚束無い。
手は震える。
それでも彼女の横に立とうと自分を奮いたてる。
「とりあえずここを切り抜けたら色々話してくれよ?」
「アハハ、感動の再会って感じだよねー。ホントびっくりしちゃう」
「そりゃ俺のセリフだっつの」
余裕ぶってみせる。胸の内には恐怖があるがそんなものは表に出さない。心の内側を書き換えるように、まるであたかも強者のように、刀を持った手に力を込める。
刹那、異形から繰り出された触手を紙一重でかわし肉薄する。
切断できそうな本体の薄い部分から袈裟斬りを入れた。
途端、赤黒いそれは意志を失った液体のように地面へと落ちていった。
地面に染みこんでいき跡形もなく消え去った。
「呆気ない...?」
後ろには肩で息をしている芽依がいる。
「ハハ、やるじゃん。弱虫ゆーきのくせに」
そうだ。俺はこの子に弱虫といじられていたんだ。
「いつも通りいじめてくるじゃん。全くほーんとに。色々と何度も...」
突如彼女の言葉が止まる。
「ゆーき…思い出したの?」
「あ、あぁ」
「どこまで?」
急に真顔になり、俺に詰寄ってくる。
何故か思い出したことを咎めるような口調だ。
「ど、どうしたんだよ急に」
「ごめん、答えて」
「いや、どこまでってお前のことを…」
いや、そもそも何故俺は芽依のことを忘れていたのだろうか。そして何故さっきまで芽依がいない日常を送っていたのだろうか…。
「いや、芽依のことを…普通に思い出した…」
途端目の前が暗くなる。
「ゆーき!!」
芽依が叫びながら倒れる俺に駆け寄ってくる。
最後に映ったのは芽依の悲痛な表情だった。