数日後
肉屋のシュナイダーはぎっくり腰になった時に、薬草園の特注の湿布薬に厄介になったことがあり、それ以来、湿布薬を求めて山を登ってきて、代金の代わりに自家製ハムや切り落としなど持ってきてくれるようになった、とパウルは話してくれた。
玄関ホールでレモンとミントの水を渡すと、大汗をかいていたシュナイダーは一気に飲み干した。
「ああ、これ美味しいね」
もう一杯飲むか尋ねたら、是非にというので台所からピッチャーを持ってきた。
「でも、あまり長居してられないね。今日は朝から暑いから、一雨きそうだよ」
「そうなんですか。ヴァイツさんも今朝、同じことを言っていました」
「やっぱりか。彼が言うなら間違いないな。こうしてはいられない。下山中に降られたら大変だ。じゃあね、リーザ」
シュナイダーは腰をゆっくり上げて、リーザに水のお礼と暇を告げた。
玄関先まで見送ったリーザは、空を仰いでみた。
雲一つない晴天で、これから雨が降るなんて思えない。だがパウルも、今朝ヴァイツから聞いて、畑仕事をなるべく早く切り上げるようにすると言っていた。
お昼になり、今回はシュナイダーが持ち寄った豚と牛の合いびき肉を使って、ハンバーグを作った。
チキンブイヨンを使った野菜のスープとパン、オレンジジュースを添える。
畑から戻ったパウルはシュナイダーと同じくらい汗をかいていて、足だけではなく、お風呂で全身洗いたいと言っていた。
トマスもやってきて、食卓を囲む。
「わあ、ハンバーグか」
「はい。シュナイダーさんが合いびき肉を持ってきてくださったので」
「彼の店のお肉は美味しいんだよね」
「じゃあ冷めないうちに」
いただきます、と声を揃えた。
昼食の後片付けをして、午後はジャムづくりをすることにした。
ぶどう園のフリーデルがブルーベリーを笊一杯、お裾分けしてくれたのだ。
パウルは甘いものも好きだという。
ジャムにしておけばパンに塗ってもいいし、デザートに添えてもいい。
水で洗ったブルーベリーを大鍋で煮て、時折灰汁を取りながら煮詰めていく。
しばらくして砂糖を入れ、灰汁を取ったら、レモン汁を加える。
甘い匂いに誘われたのか、トマスが足元に来た。
「もう少しでできますので、お待ちくださいね」
汁気が大分なくなったところで、煮沸消毒しておいた瓶に移す。
小皿に取り分けて、充分冷ましてからトマスに味見をしてもらう。
「美味しくできましたか?」
くーんと鳴いたが、肯定なのか否定なのかは判断しがたい。
でも、舐めるように食べてくれたので、悪くはない様子だ。
何だか足元が冷えてきた。
今日は朝から暑いくらいで、パウルが買ってくれた室内履きも脱ごうかと思っていたが、そうしなくてよかった。
ここにきて風も出てきた。
窓の外を見ると、雲が出てきて薄暗くなっている。
ヴァイツやシュナイダーが予言した通り、雨が降りそうな気配だった。
リーザが大鍋を洗っていると、風はますます強くなって、窓や扉をがたがた揺らす。
通り雨ではなく、雷雨になりそうだった。
パウルが畑仕事を切り上げて戻ってきた。
「おかえりなさい、パウルさん。もう降ってきました?」
「まだだけど、暗い雲が流れてきたよ。しばらくしたら降りそうだ」
洗い物を終えたので、リーザはトマスを抱えて二階の部屋に向かった。
出窓を覗くと、ぽつぽつと音がして、大粒の雨が降り出した。
遠くの方でぴかっと光る。
しばらくして雷鳴が聞こえてきた。
トマスが足元に来たので、抱き上げてベッドに座った。
山の上にあるので、落雷があったりするのだろうか。
雨音が大きくなり、本格的に降り出してきた。
稲光も強さを増し、雷鳴も次第に大きくなる。トマスが体を寄せてきたので、リーザはそっと柔らかい毛を撫でた。
「大丈夫ですよ、トマス様」