帰宅
次いで、じゃがいものグラタンも来たので、パウルは小皿に取り分ける。
だが、ハースはフォークを取ろうともせず、ビールを飲み干した。
ハースの事なかれ主義は想定済みだ。
パウルは白身魚をつまみながら用意していた言葉を口にする。
「報告書はこちらで作成します。ハースさんは承認してくださるだけで済むようにしますのでご安心ください。教会の対応もこちらでします」
はなからハースに期待はしていない。ただ役人というのは、縦のつながりが重要なので、報告は必要不可欠なのだ。
自由に動けないが、責任は分散する。
そういうものだ。
「うまくやってくれよ。俺もあと数年で退職なんだから」
保身に走るのはわかる。長年勤めてきたのだから、残りの数年を何事もなく過ごしたいと思う気持ちを軽視するつもりもない。
あからさまではあるが、彼は思ったことを口にするわかりやすい性格なので、裏読みする程のこともない気軽さがある。
パウルにとっては付き合いやすい人物だ。
「まさかお前、これで中央に返り咲くつもりなのか?」
新たなビールがきたところでハースは上目遣いに尋ねてきた。
「僕は今の仕事、気に入ってます。ただ、役人ですので、やるべきことをやるだけです」
ふーん、と鼻息を吐いて、ようやくハースはグラタンを口にした。熱かったので、口をハフハフさせながら咀嚼する。
「もっと気楽にやれよ。ここは田舎だ。周囲はお前程早くは動かねえよ」
それはここへ来た当初にも言われたことだ。
「呪術を禁じてまだ数年だ。根絶するにはもっと長い時間がかかる。王都ならともかく、田舎じゃまだまだだ」
「でも、法律は施行されてますので」
「頭固てえなあ。中央の一等官吏はこれだからなあ」
癖の強い赤毛を掻き上げて、更にビールを飲む。
「フォルベークは納得してんのか?」
「話してはいませんが、主任なら僕の行動原理を理解してくれると思います」
「学者だからな、あいつ。理解はできても、心情は別物だぞ。家族が絡んでいるなら尚更だ」
愛情は法律でも縛ることができない。
法律違反でも、それが正しいことになってしまうこともあるのだ。
「でも発覚した時に、最小限の被害で済むように予防線を張っておくことができます」
主任ならわかってもらえる。
パウルは二年間、彼と共に仕事をしてきたから何となくそう思える。
ハースはワインを追加して、パウルもそれに倣った。
あまり飲みすぎないようにしないと山に帰ることができなくなるし、ヴァイツに睨まれるし、リーザやトマスに酒くさいと避けられたら悲しくなる。
そこそこお腹が膨れたところで、パウルは店を出て、ハースと別れた。
教会の大時計を見ると、十九時半だった。町のあちこちから美味しそうな香りが漂っている。
パウルはリュックサックからランプを出して火をつけた。
「おかえり、パウル」
薬草園の門に着いたところで、ヴァイツが羽音も立たずに飛んできて、門の上に止まる。
「ただいま戻りました、ヴァイツさん。お留守番ありがとうございました」
何も変わったことはなかった、と言うとまたいつもの木へ飛び立ってしまった。
事務所の引き戸の鍵を開けて中へ入り、リュックサックを玄関ホールに置いて、ブーツを脱ぐ。
足洗い場の用意をしていると、カシャカシャという爪音がしてきた。
「ただいま、トマス」
足洗い場まで入って来たので、首元を撫でようと手を伸ばした。
トマスは鼻先を指に近づけて嗅ぎ、出て行ってしまった。
「酒臭いとだめか」
自分も子供の頃は、親戚が集まって酒盛りをしていると、あまり近寄りたくはなかった記憶がある。
わかってはいるが、でもやっぱり寂しい。
「おかえりなさい、パウルさん」
荷物、中に入れておきますと言うリーザの声が届いてきた。