居酒屋
王家直轄地であるブラウエンハイムは中央省の管轄であり、行政を執り行う派出所がリシューの町にある。
市役所のような役目を担っているのだが、その場所は郵便局の建物の二階に間借りしており、パウルが入った店の向かいにある。
ハースは派出所の所長だ。
「どうしたんだ、その頭」
店の店員も笑いを堪えて接客していたが、ハースは指を差して大笑いする。
「これですか? 見た目はどうあれ、快適ですよ」
「実利的なお前らしいな」
ひとしきり笑って落ち着いたら、酒でも飲もうと誘われた。
ヨハネス教会から一本裏手に入った所にある、最近できたという居酒屋に二人は入った。
店内は席が半分くらい埋まっており、仕事終わりの人々が夕食を兼ねて酒を飲んでいる。
注文を聞きにきためりはりのある体つきの女性に、取り敢えずビールとソーセージの盛り合わせを頼んだ。
彼女もパウルの顔を少し長めに見てから、口元を綻ばせて奥へと向かった。
髪型だろうな、とパウルは鼻筋を掻いた。
ビールはすぐにきた。
ジョッキを掲げて乾杯する。
渇いた喉に炭酸が心地いい。二人とも何度か喉を上下させて三分の一くらい飲み干す。
「ぷあーっ、たまんねえな、仕事の後の一杯は」
ジョッキを置き、ハースは唸る。パウルもゆっくりジョッキを置いて、胃に染み渡るビールに吐息する。
「どうだい、最近は。仕事は順調か?」
「はい、お陰様で。今年はサフランも収穫できそうだと主任が言っていました」
そうか、とハースは緑色の目を細めて目尻を下げる。
「ここに来た当初はヒョロヒョロだったお前も、随分ガタイが良くなったなあ。もう二年になるか?」
ええ、と頷いてパウルはもう一口ビールを飲んだ。
「毎日鍬を持っていれば、こうなりますよ」
それでも、毎日山を上り下りしている主任には敵わないが。
「そっかあ。俺はどうも運動不足でなあ」
ハースは出っ張った腹を数回摩る。
事務職だと机に向かってばかりなので、どうしても運動不足になる、とハースは苦笑いした。
パウルも以前はそうだったので、よくわかる。
注文したソーセージの盛り合わせがきたので、話は中断した。
ついでに、白身魚と季節の野菜の白ワイン煮と、じゃがいものグラタンを頼む。
「洗濯屋の倅がお前のとこに若い娘がいると吹聴してるぞ。本当なのか?」
ユリウスは黙っていられないだろうとは思っていたが、もうハースの耳にまで届いたとは、どれだけの人に言いふらしたのだろうか。
薬草園は派出所の管理下にあるので、管理人のパウルは、何かあれば所長のハースに報告する義務がある。
「ええ。主任のご実家の関係です」
関係を説明するのは複雑なので面倒ではあったが、ハースは意外とすんなりと理解した。
「で、そのフォルベークはどこへ行ったんだ? 貸し馬でここを出て行ったと聞いているが」
さすがに早耳だ。
ハースは地方の役人だが、直轄地の勤務なので貴族の動向を注視し、何かあれば中央に連絡する役目もある。
トマスのことを話せば、禁法の呪術が絡んでいるので、人員が派遣されることは確実だ。
エルディンク領内で呪術が行われたのだから、伯爵家にもお咎めがある。
そうなれば主任にも類が及ぶかもしれない。
だが、隠しおおせることではない。
呪術師を取り締まるのは国教会の神父で、改宗した元呪術師だった者達もいる。
ハースやパウルも預かり知らぬところで常に呪術の監視をしていると聞く。
トマスの呪いを解くために解術を使えば、教会に気づかれるだろう。
発覚時に、報告を怠ったことの責任を取るのはパウルだけではない。更に上のハースも監督不行き届きで何らかの懲罰があるだろう。
「主任はエルディンク領に帰りました。ハースさん、実は……」
パウルは声を落として事情を説明した。
話し終えると、ハースは盛大に溜息をつく。
「お前は本当に中央の役人だな。何でもかんでも報告すりゃあいいってもんじゃねえんだよ。面倒増やしやがって」
白身魚の白ワイン煮が運ばれてきても、ハースは取り分ける気も無くなったようだ。