ランチ
午前中に何とかパウルの部屋以外の二階の掃除が終わったので、昼食に取り掛かることにした。
台所に入ると、トマスが駆け寄ってきた。
「お昼はサンドイッチです、トマス様。しばらくお待ちくださいね」
朝、焼いたパン(ゼンメル)があるので、それを半分に切り、バターを塗ったらレタスとチーズ、トマトと薄切りハムを数枚挟んだ物を作ろうと考えていた。
足元に目を落とすと、じっとトマスが見上げている。リーザは床に座り、膝に抱き上げた。
「どうかしましたか」
撫でる手に擦り寄ってくる。
これはトマスが甘えたい時の行動だ。数日しか一緒にいないが、その間でも何度かこういう場面があった。
こうなったら、トマスが飽きるまで側にいるしかない。
まだ三歳の子供なのだ。
親から引き離されて、不安だし寂しい思いをしているはずなのだから。
「トマス様、大丈夫ですよ」
何度も大丈夫と言って、体を撫でる。
しばらくそうしていると、パウルが午前の仕事を終えて戻ってきた。
台所を覗いた彼の眉がわずかに寄る。
「トマス、具合悪いの?」
リーザは軽く首を横に振った。
「甘やかし時間です」
説明すると、パウルの眉は、寄ってできた皺は元に戻ったが、今度は片方の眉だけ上がる。
「じゃあ、今度は僕の甘やかし時間だ」
両手でトマスを抱き上げて、昼食の準備をよろしくと言って出て行ってしまった。
パウルもトマスを構いたいのだろう。彼が犬好きでよかった、とリーザは立ち上がりエプロンの皺を伸ばした。
大急ぎで昼食に取り掛かり、サンドイッチとサラダ、フライドポテトとりんごと人参のジュースをお盆に載せて台所を出た。
応接の部屋ではパウルとトマスは床に腹這いになって、図鑑を広げて読んでいた。
同じ格好だったので、思わず吹き出しそうになってしまった。
「お待たせしました、トマス様、パウルさん。お昼にしましょう」
二人は同時に振り向いて、起き上がった。
午後の仕事を早めに切り上げたのか、午後四時にはパウルが事務所に戻ってきた。
事務の仕事が溜まっているので片付けなくてはならないのと、仕事終わりに山を下るので準備をするためだという。
「町に行って来るけど、何か買ってきて欲しい物があったら言ってね」
パウルはそう言ったが、食料もたっぷりあるし、日用品も揃っているようなので、特にはなかった。
十六時四十五分きっかりに、開けた出窓にヴァイツが舞い降りた。
「こんばんは、ヴァイツさん」
パウルとリーザが声を揃えて言うと、ヴァイツはミミズクの姿のままでこくんと頷いた。
頭をくるっと回すと人型になる。
「こんばんは、パウル、リーザ、トマス」
まん丸の大きな目はパウルに留まる。
「新しい髪型だ」
町へ行くというので髪を戻すように提案したのだが、パウルはこのままでいいという。それならばと、大分ほつれてきているので、先程もう一度編み直してあげた。
快適なんだ、とヴァイツにも笑顔で言っているので、気に入ってしまったようだ。
「特に引き継ぎはないんだけど、これから町まで下りてくるのでよろしくお願いします」
「わかった。ごゆっくり」
ヴァイツは十七時きっかりに窓から出て、勤務に就く。
この時期は二十時近くまで日が暮れないので、それまでには帰ってくると言って、パウルは山を下りていった。
夕食は町で食べてくるというので、今晩はトマスと二人きりだ。
「さて、何を作りましょうか」
☆
暮れかけている町のあちこちにランプの火が灯る。
飲食店以外は十八時に閉まってしまうので、パウルは真っ先に目的の店に向かい、ぎりぎりで買い物を済ませた。
「よう! ミュラーじゃないか」
店を出たところで声を掛けられた。振り向くと、癖の強い赤髪で、がっちりした体型の男が立っていた。
「お久しぶりです、ハースさん」