水分補給
玄関に入り、トマスを足洗い場に連れて行き、泥だらけの足を軽く洗った。
ユリウスは玄関ホールに腰掛け、布袋を下ろす。
「今回の集荷はここに置いてあるのでいいですかー?」
玄関ホールの脇に、彼が背負ってきたのと同じ、店の刺繍がある布袋が置いてあり、中には今回の洗濯物がぎっしり詰め込んである。
トマスの足を拭きながら洗い場を出たパウルがそうだと返事をすると、奥からリーザが出てきた。
声がしたからお客様がきたのかと思ったのだという。
ユリウスを紹介すると、彼女は丁寧にお辞儀をした。
トマスを預けると、リーザはまた奥へと行ってしまった。
「パウルさんの彼女?」
リーザの姿が見えなくなったところで、ユリウスが声を潜めて聞いてきた。
「ち、違うよ。主任の知り合いだよ」
ふーん、と横目でユリウスは見てくるので、あまり信用してないみたいだ。
まあ、誤解させておいてもいいか。パウルは頬を掻いた。
そうしていると、リーザがお盆を持って再び現れた。
「ごゆっくりどうぞ」
レモンとミントの入った水のグラスを二つ載せたお盆を玄関に置いて下がる。
ユリウスも山を登ってきたので、襟に汗染みがあり、パウルも喉が渇いていたので二人とも一気に飲み干した。
酸味で喉越しがピリピリするが、口の中はさっぱりする。
「あー、生き返る。気が利いてますね、あのおねえさん」
大人ぶった口振りに、パウルも苦笑する。
それから配達と集荷の数を数えて間違いがなかったので、新たな布袋を背負ってユリウスは山を下りて行った。
帰った気配を感じてか、リーザがお盆を片付けにきた。
「その髪型、何か言われませんでしたか」
「彼の一番下の妹と同じだって」
彼女は顔を伏せた。笑いを嚙み殺しているのだろう。
「すみません。直します」
「いいよ。これ、結構快適だよ。明日もお願いしたいくらいだ」
前が見えるのが一番だが、後ろ髪もばらばらにならないので、作業も集中できる。
「トマスは?」
「お水を飲んだら、まったりしてます」
いっぱい走り回っていたことを話すと、リーザは意外そうな顔をした。
「トマス様は普段は大人しい坊ちゃんで、私が新入りだからかもしれませんが、外に出て走ったりしているところを見たことがありませんでした」
「きっと子犬になって体も軽くなったから走りやすいのかな?」
そうかもしれませんね、とリーザはふっと笑った。彼女が笑うとこちらもつられて口元が上がり、胸の奥にぽっと温かくなる。
ずっと見ていられる。
そう思った自分に戸惑いを感じ、パウルはそれを押し隠すように、麦わら帽子を取って被った。
「じゃ、畑に戻るね」
「あ、ちょっと待ってください」
奥に行って、大きなピッチャーを持って戻ってきた。
「今日、天気がいいから、こまめに水分補給してください」
「ありがとう」
先程と同じ、輪切りのレモンとミントが浮いているピッチャーを受け取って畑に戻り、休憩用に腰掛けるベンチに置いた。
埃除けの布巾を外して、一口直飲みする。
「……いいなあ、やっぱり」
屋敷の皿洗いのメイドだったというが、掃除も料理もできるし、気が利いている。
主任が帰ってくるまでは確実にいるだろうが、その後もずっといてくれたらな。
パウルは昨日会ったばかりなのに、妙に居心地の良さを感じていることに気づいた。
前の屋敷は辞めていると話していた。次の就職先は決まっているのだろうか。
王都の中央省に増員を申請してみようか。申請が通れば、人事の採用権は管理人である自分にあるので、リーザをここで雇うことができて、お給料も出せる。
もちろん、彼女の意向も確認しなければならないし、主任やヴァイツにも相談してみなければならない。
もしトマスの呪いが解けなくて、そのままになっても、ここでなら彼も過ごしやすいのではないか。
よし、このままでもいい。
自分勝手な予想図だとわかっているが、パウルは心躍るのを止められなかった。