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魔法世界の妖憑き  作者: Lilac
第三章『全知の物語編』

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灰燼に帰す

『そのままでは、君は数日後に死ぬ。私が見た確実な未来だ』


 マーリンの言葉が思い出される。擬似的な未来視、と称していたその力で、何を見ていたのかは分からない。ただ旭は、その言葉通りの未来が、刻一刻と近づいていることを理解し始めていた。



(熱い……)



 身体中が異様に熱かった。焔による熱ではない。熱、という表現すら適してはいない。旭を蝕んでいるのは、焔による熱ではなかった。

 肌はサラサラと乾燥し、いくら水を飲んでも喉は潤わない。それが異常であることなど、簡単に理解できた。汗が止まらない。盤星寮から帰ってきたばかりだというのに、旭は耐えきれずギルドを飛び出した。



「ん? おーい、旭君。こんな夜中にどこ行くんだい?」


「ちょっと……外の空気を……」



 勢いよくギルドの扉を開けて外へ出ると、後ろの方でギルドマスターが何かを言っているのが聞こえてきた。だが、旭はそんなことなど気にもとめず、ふわふわと空を飛んでどこかへ行ってしまう。



(焔じゃない……魔力の暴走でもない……)



 なら、この熱の正体はなんなのか。心当たりは一つだけあった。旭は首に下げた黒白の宝石に目をやった。宝石は月明かりに照らされて怪しく光っている。

 その光を見た瞬間、旭は忘れていた黒白の宝石の正体を思い出した。九尾の狐、玉藻の前の伝説。幼い頃に旭はそれを獄蝶のジョカに聞いたのだった。その時の記憶を、旭は熱でまったく働こうとしない脳で思い出そうとする。

 陰陽のように混ざりあった黒と白の宝石。八重が遺したこの宝石の正体は、1つしかない。


『殺生石』


 その答えにたどり着くと、旭の体調の異常も納得のいく説明がつく。この殺生石は、八重が遺したもの。いわゆる『呪物』となっている。

 忘れてはならない。妖とは、人に災いをもたらす呪いそのものなのだ。旭は壊してまった。人と妖を隔てていた壁を。そして、触れてしまったのだ。災いに。



(あぁ……くそ)



 それも、旭が触れてしまったのはただの妖ではない。三大怨霊の1人として数えられる神獣、玉藻の前だ。

 空を飛んでいた旭の意識が遠くなる。やがて、魔法を使うことすらままならなくなり、旭は地面と垂直に落ちていった。受け止めるものはいない。重力に従って、旭は落下し、地面と激突する。

 痛みは感じなかった。痛みなど感じる余裕もないほど、旭は()()()()()()に苦しめられている。

 あの日、あの時、モニカが助かることができたのには理由がある。1つは、モニカを呪ったのが、まだ妖として未熟だったソラだったこと。もう1つは、モニカが常日頃から霊や妖と接していたことで、多少の免疫がついていたこと。そして、モニカが奇跡を起こしたこと。

 そのすべての条件が重なって、それでもギリギリのところでモニカは助かったのだ。今の旭の状態は絶望的と言ってもいい。



「焼き尽くせ……”焔”――!」



 全身に焔がまとわりつく。旭の体を焦がすように、じわりじわりと燃えていく。だが、効果はない。身体の熱は焔によって更に上昇し、体の芯はじんと冷たくなるばかりだ。



「これ、バカ者が。そんなことで鬼火が使いこなせるものか」



 旭が死を覚悟した瞬間、聞こえるはずのない声が耳に届いた。



「恐れるな。支配しろ。お主はもう、妖気をコントロールできるはずじゃ」



 旭の呼吸は徐々に激しくなっていく。全身が焼けるような痛みを紛らわせるように、旭は大きく息を吸って吐いてを繰り返す。そして、旭は聞こえてきた言葉に従って焔を制御する。



「支……配、しろ――! 力、を……闇……を!」



 顔を歪め、旭は限りなく集中していく。身体中、体内、神経。隅々まで意識を張り巡らせていく。力を制御し、支配する。そのやり方は、不思議と旭の身体に、細胞にまで刻み込まれているようだった。



「万象の、儀を……思い出せ」



 うわ言のようにそう呟きながら、旭は全身に巡る呪いを消し去ろうとする。



「なぁに、安心しろ。大丈夫だ。不安がる必要はないぞ。妾が側にいてやる」


「……あぁ、心強いよ、()()



 旭が名前を呼ぶと、旭を蝕んでいた呪いは、まるで最初からなかったみたいに消えていった。体温はゆっくりと時間をかけて元の状態へと戻っていく。

 旭が顔をあげると、そこには優しく微笑む八重の姿があった。やはり家族だからか、その表情はソラと似たようなものがないでもない。そんなことを考えていると、ふと旭の体から力が抜ける。



「おっと……」


「ふん、無理をするでないわ。妾の災いを跳ね除けるなど……なんと無茶なことをする。あと少し遅ければ灰燼と帰すところじゃったわ」


「まだ、死にたくはないんでね。俺は死ぬ時はじじいになって老衰って決めてんだよ。あわよくば笑って死にてぇ」


「生意気な小僧が……まぁ、それも悪くないか」



 何度頬をつねっても痛みを感じることができた。目をこすっても、八重の姿は消えない。



「あの時はまだ完全ではなかっただろう。これでようやく初めましてじゃ」



 まだ、妖をぼんやりと認識することができなかった旭は、この時初めて鮮明に妖の姿を見ることができた。呪いを跳ね除けた影響か、それとも、妖気に長い間晒されていたからか。理由は分からないが、旭は妖を視認することができるようになった。



「……左目でしか見えねぇ」


「そのうちそれも慣れる。とはいえ、ここが限界のようじゃがの」



 八重の姿が朧になっていく。霧のように揺蕩う霞は、旭が首にかけている殺生石に吸い込まれていっている。



「説明はまた今度。今宵はゆっくり休め」


「おい、待ッ……」



 旭の制止も聞かず、八重は完全に姿を消してしまった。

 その日、旭はさほど離れていなかったギルドまで歩いて帰った。妖気で魔力が乱されていたからか、魔法が使えなかったからだ。心配してくれているようだったギルドマスターに一声かけて、旭は泥のように眠った。

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