魔女マーリン
手を出す隙もないほど激しい戦いが繰り広げられる。神速のスピードを持つレオノールでさえ、援護もできないような高次元の戦いだ。レオノールはじっと2人の戦闘を目に焼きつけることしかできない。
レオノールの目に映ったのは異様な光景だった。本物か偽物か分からない相手。少なくとも、偽物とは断定できない。レオノールの記憶と目に間違いはない。旭と戦っているのは、魔女マーリンに違いない。かつて原初の大魔法使いと呼ばれる人物と肩を並べていた、最上位の実力者だ。だと言うのに――
「”獄炎”!」
「”魔力解除”」
旭は、そんな相手と互角以上に渡り合っているように見えた。だが、それがそう簡単でないことは、旭の表情がすべて物語っている。高温を維持しているからか、息は途切れ途切れで、汗が全身から溢れ出ている。そして旭は、異常なまでの量の補助魔法で魔女マーリンとの圧倒的な実力差を埋めている。
”付与火炎”、”魔力強化”、”魔法強化”、”身体強化”、”全魔法耐性”
それだけではなく、国綱の得意とする五感の強化やレオノールが教えた加速まで付与して戦っている。覚えている限りの補助魔法を使っているのか、身体が耐えきれないほどの付与をしていた。逆に言えば、旭でさえそれだけしなければ勝てない相手なのだ。
「威勢がいいだけはあるね」
「言ってろ。直ぐに地面舐めさせてやるよ」
そう言って旭はまた強化付与と攻撃を繰り返す。だが魔女マーリンは、のらりくらりと躱すか、何かの魔法でかき消すばかりで、まったく疲弊していない。押しているのは旭のはずなのに、魔女マーリンが有利であることは一目瞭然だった。
レオノールは、正直この戦いに意味を見出せていない。気絶しているモニカとアリシアは既にレオノールが回収した。実力から見ても、今旭が戦っている相手が本物であることなど明らかだ。こんな戦闘は今すぐ辞めた方がいい。避けるべき戦いだ。
だが、旭がそうはしないことなど、こうなる前から分かっていた。なんの意味もない戦いであろうと、旭が背を向けることはない。回り道もしない。ただ目の前に引いた道を進む。騎獅道旭とは、そういう生き物なのだ。
「……そろそろ、鬱陶しいな」
「退かせて見せろよ」
その瞬間、レオノールの背筋に冷たいものが走る。極東で過ごしていた時に幾度となくくぐってきた死線。そのために身体に刻み込まれた死の感覚。それがレオノールの背中を伝う。旭も、同じ感覚に襲われているはずだ。
「……お前のその蛮勇に免じて、お前を敵と認めてやる」
魔女マーリンは両手で目を隠し、ゆっくりと瞼を落とした。絶好の好機を逃す旭ではない。完全な無防備。だと言うのに、身体が言うことを聞かなかった。あと一歩、いや、あと少しでも身体を動かしたら――
死ぬ
本能が訴えかける死の感覚。だが、この感覚は旭にとって初めてのものではない。こんなもの、もう知っている感覚だ。最上位の実力者、圧倒的な格上。そんな相手は滅多にいない。だが旭はそんな相手と戦ったことがある。
八重の遺した黒白の宝石を握りしめ、旭は笑った。死を前にして、嬉しそうに、楽しそうに悦楽の表情を浮かべる。
(逃げるべきなんだろうな。きっと、ここに国綱がいたら、『引き際を弁えろ』なんて説教くらう)
モニカとアリシアの安全は確保した。目の前の相手が本物であれ、偽物であれ、ここは逃げるべきだ。そんなこと、旭は当然知っている。だが、退くわけにはいかない理由がある。旭がチラリと視線を向けた先には、ぐったりと全身の力が抜けて気絶しているモニカの姿があった。あと少し、あと数分早ければ――
(護ることができたんだ……!)
旭は、爪がくい込んで血が滲むほど強く拳を握りしめる。この拳には、不甲斐なく、情けない自分への怒りが込められている。目を離さなければ、直ぐに見つけられていれば。そんな意味の無い考えばかりが巡る。
旭はとっくに目の前の相手が本物であることなど知っていた。言ってしまえば、この戦いはただの八つ当たりだ。それも、魔女マーリンのではなく、自分への不満をぶつけるための。
(『引き際が大事』なんて、そんなの、最後まで突き詰めることができなかったヤツの言い訳だ。やるなら……最後までとことんやってやろうじゃねぇか!)
旭の想いに応えるように、首にかけた黒白の宝石がキラリと光る。だが、その瞬間旭が視線を奪われたのは黒白の宝石ではなかった。
1歩も動かず旭の攻撃をいなしていた魔女マーリンから放たれる異常なまでの魔力から視線が離せない。やがて魔女マーリンは目を覆っていた手を退け、目を開く。
そして旭とレオノールが見たのは、紛れもない、『魔女』の姿だった。
「”ラプラスの魔眼”、”マクスウェルの魔眼”」
赤より紅く輝く右目と、青より蒼く煌めく左目。それ以上に目を引くのは、眼球だった。魔女マーリンの背後に突如出現したそれは巨大な目でギョロリと旭を見ている。翼のように魔女マーリンの背後と繋がっているようにも見えるそれは、魔女マーリンの両目と同じく、右目は紅く、左目は蒼くその目を動かしている。その姿はもはや、人間のそれではない。
「なんっ……だよ、あれ!」
思わずレオノールは声を荒らげた。あんなもの、見たことも聞いたこともない。魔法の域を逸脱した魔法だ。レオノールは後ずさり、モニカとアリシアを両手を抱えて走り出す。かなり距離が離れていたが、レオノールたちのいた場所も、もはや安全圏ではなくなっていた。
「頼むぞ、旭! あんなの倒せるヤツなんて、お前だけだからな!」
分かっている、と言わんばかりに旭が焔を纏う。魔女マーリンは攻撃してくる様子はない。あくまでも迎え撃つつもりなのか、背後の両目と合わせてじっと旭を見つめるばかりだ。




