魔法使い ―2―
言いにくそうに、リズ・アージェントは口を開く。
「呪いの類ですね。ですが、私は見たことがないものです。最近、何か変わったことはありましたか?」
「の、呪い……?」
「どんな呪いか分からない以上、私では手のつけようがありません。専門のものに連絡しますが、それまでにどのような症状が出るか……今は発熱だけで収まっているようですが……」
呪いというのは、他者に何かを強制させる魔法の総称を言う。3つの種類に分けられ、1つ目は『何かをしろ』、という強制。2つ目は『何かをするな』という、制約。3つ目はそれ以外の全てを言う。呪いがかけられたものには「刻印」と呼ばれる紋様が、その呪いが解けるまで刻まれる。
「そんな心当たりなんて……」
一つだけ思い当たってしまった。モニカにしか分からない日常の変化。クローゼットに目をやると、先程まで見えていた耳も、尻尾も消えている。小狐の気配が、消えていた。モニカの思考に、とある考えが過ぎる。あの小狐はこう言っていた。『立派な妖狐になるため……』、と。ならば、あの小狐はまだ幼体で、成長するためには――
そこまで考えて、脳の思考をシャットアウトする。そんなわけは無いと、何度も心の中で反復する。『幽霊』を、目に見えない幽う霊とするならば、妖……つまり『妖怪』は妖しい霊ということだ。そこにある明確な違いは恐らく――
(何もせず、ただ何もせず幽うのが幽霊で、きっと妖は……)
災いをもたらす。
モニカに刻まれた刻印はそういうことなのだろう。小狐が『立派な妖狐』になるためには、かの玉藻の前のように、人の魂魄を喰らう必要がある。今まさに、モニカの霊は、あの小狐に奪われようとしている。
「リズさんは、妖怪って……信じますか?」
「私は……存在しないものを信じることはしないわ」
「そうですよね」
一瞬、モニカを支えていた腕の力が緩む。その一瞬を、逃さない。
「待ちなさい!」
窓が、空いていた。この寒い日に、病人のいる部屋の窓を、母が、ましてや医者が開けるはずがない。これは、小狐の仕業だ。素早く窓から身を乗り出して走り出す。もう外には星が見え始めていた。後ろからはリズ・アージェントとヨナ・アージェントがモニカを追ってきている。仮にも病人ということもあり、もう少しで追いつかれてしまう。一か八か、モニカは大声で叫んだ。
「パーシー!!!!」
その直後、時空が歪む。重力波で景色が曲がって見える。パーシーの扱う重力操作の魔法は同世代の中では一線を画す。モニカを追っていた2人はあまりの重みに膝を着く。あまりの威力でモニカも巻き込まれそうになり、思わず冷や汗が出る。思い切り身体を逸らして、地面に倒れ込みながらも回避する。危うく巻き込まれるところだった。
「呼んだ!?」
「足止めよろしく!」
2階の窓から顔を覗かせるパーシーに一言そう言った。事情を察して、パーシーはいつもと同じ、悪い笑顔を見せた。重力がいっそう重くなる。どこからか鳴るミシミシという音が、その威力を想像させる。
「重力魔法ってさ、便利でいいんだよね。攻撃系じゃないから覚え放題だし、なによりこういう時に躊躇せず撃てる」
パーシーが完全に臨戦態勢に入った頃、モニカは道なき道をかけ進む。裸足で飛び出したモニカだが、石や木の枝では止まることはない。ただ、とある場所を目指して、突き進んでいく。