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魔法世界の妖憑き  作者: Lilac
第三章『全知の物語編』

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魔を導く書

 レオノールが木曜(フエベス)の木人形を退けた一方、モニカたちは――



(攫われました……)



 口を塞がれ、モニカは眉間に皺を寄せてムスッとした顔をしている。移動中は気絶させられ、今いる場所がどこなのかも分からない。モニカの隣ではまだ気絶したままのアリシアが肩に寄りかかっている。



(はぁ……ここ、どこなの……?)



 かすかに本の匂いがする。明暗の雰囲気からも、古書館から離れていることはないだろうとモニカは推測する。助けを呼べば誰かが気づくかもしれない。だが、モニカの手足は魔法で拘束されている。口の拘束を解くことはできなかった。



(それに……)



 モニカの隣には、アリシアがいる。放っておいて自分だけが行動する訳にはいかない。モニカの優しさが足枷になってしまう。



(どうにかして抜け出さないと……!)



 星の奇跡(ステラ)で乗り切ろうとするモニカだったが、魔素(マナ)阻害を受けているのか、魔法も思うように使うことができない。縄ではなく、魔法による拘束のため、力技でどうにかなることもない。



(万事休す……)



 そうモニカが肩を落とした瞬間、背後から気配もなく小さな声が聞こえてくる。慌ててモニカは振り返るが、そこに人の姿はなく、ただ暗闇が広がっているだけだった。



「そう慌てるな女。手を貸してやる、俺の言う通りにするんだ」


(だ、誰ッ!?)


「おい、物音を立てるなよ。ここから脱出するせっかくのチャンスなんだ」


(旭君の声じゃない……し、従っていいのかな……)



 モニカにはまったく聞き覚えのない声だった。潰れたダミ声からは、したり顔で笑っているような印象が聞き取れる。モニカがいくら思い返しても、似たような声のクラスメイトは思い出せない。



「いいか? まずは腕を交差させて、手を広げろ」



 モニカは謎の声の誘導に従い、言われるがまま腕を動かす。



「手首は自由だな。なら、右の手で左の手首を掴め」


(……嘘)


「そのまま右手を引き抜きな」



 ガチガチに拘束されていたモニカの両手が、いとも容易く解放された。左手首にはまだ拘束魔法の陣が残されているが、もう意味を成していない。自由をなった右手で塞がれていた口の拘束も解き、モニカはようやく自由の身になった。



「あ、ありがとう……ございます」



 モニカが再度背後を振り返っても、やはり声の主の姿はなかった。だが、あの特徴的なダミ声は未だにモニカの耳に届いている。



「そっちじゃねぇよ。もっと下だ」


(下?)



 モニカが視線を下に落とすと、そこには1冊の本が転がっている。貸出をしてもらう予定の本だった。ずっと手に持っていたからか、攫われたあとも残されていたらしい。乱雑に、捨てられたように置かれた本は、極東の歴史を記した本……のはずだった。



(表紙が、違う)



 モニカが持っていたのは、赤い表紙の本のはずだった。妖について書かれた、古ぼけたボロボロの本はそこにはなく、あるのは真新しく、傷や汚れのまったくない真っ白な本だった。



「ようやく俺を見たナ 」


「ほ、本が……喋って」



 パタパタと静かに物音を立てて白い本は宙に浮かび上がる。パラパラとひとりでに(ページ)はめくられていって、やがて表紙には顔のような模様が浮き出てきた。



「ハジメマシテ。俺は『全知の書』。この世の全てを内包した、意志を持つ魔導書(グリモワール)サ」


「ぐ、魔導書(グリモワール)?」


「なァんだ、そんなことも知らねぇのカ?」



 全知の書と名乗る謎の本はまたペラペラと(ページ)をめくり始め、何も書かれていない白紙の(ページ)をモニカに見せた。



「何も書かれてないよ?」


「あぁ、そうさ。これから書くんだよ」



 ペンもインクもなく、白紙の(ページ)には文字が浮かび上がる。じわじわと黒いインクを滲ませ、やがてその(ページ)は完成される。



「イイか? よく読めヨ。これが、魔導書(グリモワール)ダ」



 モニカは声も出ないほど呆気にとられていた。ただ漠然と、目の前に広がる文字列だけは脳に刻み込まれていく。不思議な感覚がしていた。理解はできていないのに()()。そこへ至るまでのすべての過程を飛ばして答えを得たような、少しの欠落感がある。



「なに……これ」



 酷く頭痛がしている。慣れない刺激に脳が混乱しているのか、目の前の視界に映る情報さえ不確かになってしまう。モニカは頭を抱えてのたうち回る。多少残った理性が暴れようとする体を押さえつけ、静かに痛みに打ち震えた。



「い……たい」


「はぁ、ガキンチョにはまだ早かったか」


「はぁ……ぐっ」


「えーっと、回復魔法はどの(ページ)だったかな」


「……は、ぁ……え、”星の抱擁(エンブレイス・ステラ)”」



 モニカは自分の頭に手を当てて、苦しみに悶えながら唱える。純白の光に包まれると、モニカを襲っていた痛みは徐々に引いていった。強ばった身体中も落ち着きを取り戻し、モニカの呼吸は穏やかになっていく。



「…………はァ!? なんダその魔法ハ!」


「え? 何?」


「もう1回見せてミロ!」


「む、無理……この魔法、魔力の消費が激しくて……」


「さっきノじゃなくテもイイ! ナんでもイイから見せてミロ!」


「えぇ……?」



 痛みは引いたとはいえ、モニカの体に溜まった疲労までは取れていない。ダルさの残る体を精一杯動かし、モニカはアリシアに向けて光を放つ。



「”星の奇跡(ステラ)”……っ」



 魔素(マナ)阻害はもう解かれたのか、魔法は何とか使えるようになっていた。最後の力を振り絞って、モニカはアリシアの拘束を解いた。モニカと同じようにアリシアの両手を縛っていた拘束魔法は、ボロボロと崩壊するように崩れていく。それを見ていた全知の書は、表紙に浮かぶ顔で大口を開けて驚いた表情をしている。



「ナ、ナんだソレは! おイ!」


「もう……限界……」



 モニカが再び意識を落とし、床に倒れ込む寸前に、全知の書は床とモニカの頭の間に入り込んだ。



「ふぅー……こんなんでも救出してもらった恩があるンでな。護衛くらいはするサ」



 全知の書が一息つくと、僅かに差していた光が途絶えた。閉じられた、のではなく、誰かが入口を塞いでいるようだ。全知の書は人の気配を察知してただの本を演じる。



(こいつハ……)

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