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魔法世界の妖憑き  作者: Lilac
第二章『焔と恩讐編』

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八重の桜 ―2―

 平の京が炎に包まれる。紅炎が、夜空に届くほど燃え盛る。その光景は、『地獄』と呼ぶに相応しい景色だった。腹を、心臓を貫かれた白髪の男が、京を地獄に変える。そこかしこに火の手が上がり、京中から阿鼻叫喚が歓声のように聞こえてくる。

 崩れていく。人間が作り上げた街が、幸せで溢れていた京が。だだ一人、化け物にもって壊されていく。腹、心臓に致命傷を負いながらも、男は止まらない。不死身なのではないかと疑うほどだった。まるで獣のように叫びを上げ、男は破壊の限りを尽くす。



「皆殺しだ……テメェら!」



 この行為に意味はなく、価値はない。それでも、この戦いは、無駄に命を散らせる事だと理解しながらも破壊し続けた。


 追ってくる護衛をなぎ倒し、どばどばと身体から血を流れても男は止まらなかった。その姿を見ていた誰もが、もう限界だろうと思っていた。それでも、男はその期待を裏切り、三日三晩、ずっと戦い続けた。

 やがて、京から命の気配が消え失せる。殺されたのか、京を離れたのか。どちらにしても、男の思惑の通りに事は動いていた。



「後は……」


「もうよい……よう辞めよ」



 伽藍堂の(からだ)で、また動き出そうとする男を、八重が呼び止める。もはや、男の身体は人間の形をしていなかった。鮮血で染まった四肢。光の灯されていない真黒な瞳。化け物すら超越した化け物。



「もう終わらせていいのだ。これ以上は望まぬ……」


「お前の夢はどうした」


「人と妖の共存できる世界、か……」



 その質問を聞いた瞬間八重は、なぜ男がここまで必死になって戦うのか分かる気がした。



「お前は叶えるんだ。その夢を、諦めちゃいけない」



 この男は護っているのだ。八重の望みを、夢を。己の命を投げ捨ててまでも、ずっと、護ろうとしているのだ。


 しかし、八重には分からなかった。理由が、ではない。その()()が理解できないのだ。恩を受けたのは八重の方で、男が八重の為に尽くす意味など、どこにもないはずなのに。それは、八重が妖だからではない。誰にだって分かるはずがない。惚れた女のために命を散らすことに、意味など必要ない。それが理解できるのは、()()()()()()生きることができる人間だけだ。



「なら、妾がお主を止めてやる」



 八重は男の前に立ちはだかる。今度は、背中を押そうとはしなかった。



「もう限界じゃ。これ以上……妾のために傷つくな」



 妖気が溢れ出る。九つの尾が顕になり、妖艶な姿が男の目に焼き付いた。地獄を背景にして、九尾の狐が男を止めるために力を振るう。

 その瞬間、男が目にしたものは、これから先、絶対に忘れることができないであろう景色だった。妖の王、百鬼を統べる妖魔。伝説の神獣、九尾の狐の全盛の力。



「……どうした、来ぬのか」



 男は両手を上げて白旗を上げる。



「八重、お前を殺してまで望むものなんて、俺にはないよ」



 男が膝から崩れ落ちる。八重が男に駆け寄り、身体を支えようとした瞬間、平の京にそびえる巨大な城が崩壊した。



「うぉ……」


「はは、間抜け」



 その衝撃に驚いて躓いた八重を男はからかう。笑顔を浮かべる幸せそうな表情からは想像もつかないほど、男の身体はボロボロだった。もう助からない。八重も、男も自分の限界を察していた。



「あぁ、少し……疲れたな」


「行くぞ」


「……お前一人で行け。俺は……ここで終わりだ」


「馬鹿を言うでない! こんな……こんなところで、お前を死なせはしない! お前は化け物なのだろう! 数時間でいい……死ぬな!」



 八重は男を背に抱え、京都を発つ。行きとは比べ物にならないほどの速さで、八重は()()()()を目指して走る。八重の美貌に恐ろしいほど似合う和の着物が、男から流れる血で彩られる。



「まだだ……あと少し、あと少しでいい!」


「…………あぁ」



 背中から感じる温もりは少しづつ冷たくなっていく。呼吸も段々と浅くなり、八重は、男に残された時間がもうほとんどないことを理解させられるばかりだった。



「そうじゃ、お主は……お主にはまだやることがあるのだろう。生きねばならぬのだろう! こんなところで終わっていいのか!」


「……もう…………もういいんだ」


「だめじゃ! だめに決まっておる!」


「あぁ…………もうすぐ、そっちへ……」


「ほら、もうすぐ着くぞ……きっと、きっと咲いているはずじゃ!」



 そして、八重はそこへたどり着いた。暖かな日差しが優しく差し込む、神秘的な雰囲気を漂わせるそこには、1本の大木が立っていた。だが――



「……桜が」



 そこに、桜はなかった。一片の花弁の姿もなく、痩せてしまったようにも見える大木だけが、そこに寂しそうにあった。八重は男を八重桜にもたれかかるように優しく安置した。


 もう、男に息はなく、安らかに目を閉じてしまっていた。



「さようなら……」



 八重がそう呟くと、どこからか、一片(ひとひら)の桃色の花弁が、風に舞って飛んできた。さやかな風が男の白髪を揺らす。死んでいることを疑うほど、幸せそうに笑っている。



 さようなら。私に耳を傾けてくれた人。



 八重の桜が、風に流れて飛んでいった。

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