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魔法世界の妖憑き  作者: Lilac
第二章『焔と恩讐編』

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八重の桜

 男と別れを告げてから、2日かけて八重はかなり大きな人里にたどり着いた。妖術を使って人の姿に化け、顔を見せないために笠を被り、着物で着飾って足を踏み入れる。誰にも怪しまれることなく、八重は無事に人里にたどり着いた。



「ここが(たいら)(みやこ)……」



 なんと美しい街づくりかと、八重は京の姿を見て驚愕した。東西南北にびっしりと引かれた街路が目を引く。踏み入っただけで丁寧に整備された街ということが伝わってくる。

 やっとの思いで自由を手に入れた八重はウキウキで京を見て回り、ゆっくりと大内裏(だいだいり)へ向かっていく。途中の市で買った食べ物を食べ歩き、時には道行く人間に案内を受けて滞りなく八重の観光は進んでいく。



「おお、そういえば、まだ羅城門(らじょうもん)を見ていないではないか!」



 八重は憧れの人間の街にたどり着いたことで舞い上がっていた。これまで通ってきた道を引き返し、朱雀大路を行き、羅城門を人目見ようと八重は駆ける。その時だった。



「控えろ! 天皇様のご帰還だ! 道を開けよ!」


「む?」



 一瞬にして街中が沈黙する。何人もの護衛を連れて、籠に入れられた天皇が朱雀大路を罷り通る。町人たちが頭を垂れて天皇に敬意を表す中、八重は我関せずで羅城門を眺める。



「なんと……素晴らしい。これが羅城門!」



 人間の作りだした建造物とは思えないほど巨大で精巧。大仏とはまた違う、侘び寂びを感じさせる美しい独特の雰囲気。ところどころ剥げた朱の丹塗(にぬり)すらも愛おしく思えてしまうほど、八重は羅城門に見惚れていた。



「おい、そこの女!」


「ほ?」


「天皇様の還幸だ! 礼儀を尽くせ!」


「あぁ、そういえばあの男にも同じようなことを言われたな」



 天皇には礼節を欠かないこと。京に足を踏み入れる以上、天皇と遭遇することを避けては通ることは難しい。目をつけられれば何をされるか分からないと八重は男からある程度の礼儀作法を学んでいた。

 だが、八重はそんなことをすっかり忘れてしまっていた。礼儀を尽くしたところで今更だ、と思い天皇ごと燃やしてやろうとした八重だったが、すんでのところで立ち止まる。



(いやいや、これは妾の目指す理想とは程遠い……)



 そして八重は姿勢を正し、改めて天皇に礼儀を尽くす。町民、護衛のもの達はその姿を見見て息を飲んだ。『礼儀』とは、心を形に表す、目には見えないものだ。



「お、おう。やればできるではないか」


(ふふん、練習の成果はあったようじゃな……!)



 心の中でガッツポーズをする八重だったが、その心の乱れが姿を現れることはなかった。妖は、良くも悪くも()()なのだ。悪意にも正当な意味があり、善意には確かな礼がある。

 だが、八重は違う。心にある感情と体に現れる表情が一切乖離している。どれだけ心の底から相手を嫌っていたとしても、八重の礼儀に一切のブレがない。悪意を持ちながらも礼儀は美しく見えてしまう。



(もういいか? 妾ちょっと疲れた……)


「……えっ。左様ですか……はい」



 天皇の付き人らしき人間が何かを耳打ちされて、八重に一礼して口を開く。



「お主を天皇様の女房として迎え入れる」


「……何、女房だと?」



 女房(にょうぼう)とは、天皇や朝廷、身分の高い人々に仕える女性の使用人のことを言う。つまり――



「……妾に、天皇に仕えろと?」



 それからは極東に伝わる伝説の通りだ。天皇に仕えることになった八重が、その美貌と博識から天皇の寵愛されるようになり数年が経った頃。()()()()によって、八重の正体が明かされてしまうことになる。この男についての話はまたいつか。問題となったのは、その先のことだ。



「八重が宮中を脱走したぞ! 見つけ次第殺せ!」



 天皇が不治の病に罹ったのは妖である八重の仕業であると、八重の行為は悪行としてある男によって京中に言い伝えられ、八重は京から逃げることを余儀なくされてしまう。真偽は未だ分からない。男の妄言か、事実か。それを知るものは、八重ただ1人だった。

 八重は死罪と定められ、京中から八重は命を狙われる。しかし、結局の所、八重が処刑されることはなかった。八重は、()()1()()()()()()によって、命を救われた。



「はぁ……はぁ……お主は……」


「久しいな、八重」



 そこには、かつて共に過ごした白髪の男の姿があった。朱雀大路を塞ぐように、男は八重の前に立ちはだかる。



「まさか……お主まで」



 白髪の男は大きく腕を振りあげ、目で追えないほどの速さで、()()()()()()()()



「っ……!? 何を!」


「八重、俺を殺せ」


「何を言っておる馬鹿者!」


「俺は今から、この京を……滅ぼそうと思う」



 ずるりと、赤黒い液体で染まった手を腹から抜き、男は自分の服で液体を拭う。八重は目の前で起きている出来事に理解が追いついていないようで、ボソボソとうわ言を言っている。



「……どういう魂胆だ」



 白髪の男は近くの家に火をくべる。木製の建物に火はみるみるうちに燃え広がり、隣の建物にまで燃え移っていく。この調子でいけば、一刻もあれば京中が燃え尽きるだろう。



「そんなことはやめろ。妾がここを去れば済む話じゃ」


「駄目だ」



 八重の言葉を、男は真っ向から否定する。



「お前は人と生きるんだ」


「無理を言うな。もう――」


「お前は、俺を殺して英雄になれ」



 男の言葉を聞いて、八重は目を見開いた。言わんとしていることは理解できた。男が京を襲撃することで、罪を有耶無耶にしろ、という話だ。襲撃者を殺した功労者ともなれば、天皇も口出しはしずらくなるだろう。理解はできる。



「自分が何を言っているのか、分かっているのか」


「無論だ」



 その言葉から、八重はそれ以上言葉を交わさなかった。だが、男から聞きたかった言葉を聞くために、八重はたった1つだけ質問をした。



「……あの時と、同じことを聞く」



 八重は、ゆっくりと男に近づいていく。



「なぜ、妾を助けるのだ」


「……どうやら俺は、随分とお前のことが好きになってしまったらしくてな。噂を聞いた瞬間にここへ走り出していたよ」



 頑なに人里へ降りようとしなかった頑固者の白髪の男が、自分の噂話を聞いた程度で、大慌でやってきたのだ。八重からすれば、これほど面白い話もない。

 八重は外さないように(しっか)りと男の心臓に爪を立てる。それは、八重にとって、自分のために命を尽くす男への最大限の礼だった。



「……ありがとう」


「あぁ、また……そっちで会えたら会おう」



 八重の腕が、男の心臓を貫いた。

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