大嫌い
月は沈み、合格発表の日が訪れた。バウディアムスの神精樹の前には掲示板が張り出され、そこには合格者の番号と名前が記されている。不安でろくに眠ることも出来ず、数十分の仮眠だけしか取れず、フラフラになったモニカは群がる受験生たちを押し返して掲示板を見上げる。
モニカと同じように、半目で眠たそうにしているパーシーを引き連れてやってきた合格発表会場は大いに賑わっているが、歓喜と絶望が入り混じった感情でぐちゃぐちゃになっている。そして、2人の運命がどちらに傾くか、この瞬間にすべてがかかっていると思うと、様々な感情の渦巻いているこの現状にも納得が言ってしまう。
「…………ない」
「わ、私の名前も……」
『モニカ・エストレイラ』、『パーシー・クラウディア』。2人の名前は、いくら探しても見つからなかった。モニカの頭に乗っていたソラは人の頭を乗り継いでいき、掲示板の前で必死に2人の名前を探している。
「嘘でしょ……?」
この瞬間のためだけに、気合いで動かしていた身体はもう限界を迎えていた。2人は人の波に押され、倒れそうになってしまう。今にも地面と激突してしまいそうなモニカの身体を、何者かが乱暴に受け止める。
「どこ見てんだよ、節穴共」
「あ、騎獅道君!」
「お前らの名前はあっちだ」
旭が『一般合格者』と記された掲示板の隣に目を向ける。少し豪華に掲示されているそれは、他とは一線を画すような雰囲気を漂わせていて、誰も寄せ付けていない。
「……特別、合格者?」
「一般とは別に、バウディアムスじゃ特別合格の枠を作ってる。試験において、それぞれの分野で上位の能力を示すことができたヤツは特別合格になる」
「モニカ・エストレイラ、座学最高位合格……!?」
『特別合格者』という見出しと十数名の名前だけが記された質素な掲示板に、2人の名前はあった。すらすらと、他の特別合格者の名前を見ていくと、いくつか見覚えのある前が並んでいる。
「ヨナ・アージェント!」
「うぇ、あの女も合格してたの?……」
だが、その掲示板にパーシーと旭の名前は載っていない。少し悲しそうに、申し訳なさそうにも見える表情でパーシーは俯いていた。モニカや、好敵手として見ていたヨナ・アージェントが合格していたことも、大きく影響していたのだろう。
「悲しむにはまだ早いぜ」
「……何言ってんの。あんたも、私も選ばれなかったんでしょ?」
「ううん。あるよ、パーシーの名前」
「モニカまで……」
モニカは、なんだか嬉しそうに掲示板を見上げている。下を向いていてばかりで、気が付かなかったらしく、パーシーはそれを見て柄にもなく大きく口を開けて驚いた。
「首席合格者、パーシー・クラウディア……?」
「やったやった! やったよパーシー!!!」
堂々と書き記されたパーシーの名前の下には、『次席合格者 騎獅道 旭』と書かれている。その掲示板の上では、白い毛並みをなびかせてソラが大きく手を振っている。
「ソラ! 戻っておいで!」
「はーい!」
うさぎのようにぴょんぴょんと跳ねながら戻ってくる。その動きを追うように、旭の視線が動く。ふと、モニカが旭の方を向くと、隠すように視線を横へ移す。
(……今、ソラのこと見てた?)
「モニカ? 何かあったのですか?」
「今、ソラのこと見たよね」
「…………見てない」
「嘘。見てた」
モニカが旭を問い詰める。すると、旭は呆れたようにため息をつき、ぽつりぽつりと言葉を並べていく。怒られた後の子どものように、話をそらすように言い訳を述べる。
「たまたまだ。たまたま。そういうこともあんだろ」
「ばっちり見てたよね?!」
ポカポカと旭の背中を痛くない程度に優しく叩くモニカたちは、周りからはさぞ幸せそうなカップルのように見て取れただろう。視線だけで心臓を突き破ってしまいそうなほどの殺意を込めてパーシーが旭を睨みつける。ソラもぽむぽむと旭の頭のうえで跳ね回って精一杯の威嚇をしている。そして、そんな4人を遠くから見てにやにやと笑うものがいた。
「なー国綱。お前合格してたか?」
「もちろん。レオノールは?」
「俺も」
影もできない木の下で、2人の男がどうでも良さそうに会話をしている。しかし、その視線はしっかりと旭たちを捉え、しかも真剣そうに注視している。喧騒からは外れ、穏やかで静かな安全地帯で2人は語らう。
「なぁ、あれ距離感バグってないか?」
「僕もそう思う」
「あれで昨日喧嘩してました、なんて言われてもな〜」
「なんというか、信じられないよな」
モニカと同じく、特別合格者として名を挙げた2人。極東の文化、和を感じさせる服装で、腰に日本刀らしきものを携えた、特徴的な目が隠れる程度の髪の長さをしている少年。
筆記試験優秀者 宮本 国綱
その隣で眠たそうにあくびをした、黄色いメッシュが印象的な、静電気で遊ばれたようにボサボサな髪の少年。
実技試験優秀者 レオノール・ブラックハウンド
旭の親友とも言える2人が、陰口をするように小さな声でぶつぶつと言葉を交わす。
「なんだろうな、あの感じ。師匠を見てるみたいだ。人から向けられる感情に疎いタイプ」
「鈍感ってことか? そうは見えねぇけどな」
「旭の話が嘘じゃなければ、僕ならあんな態度は取れない。少なくともぎこちなくはなるだろうね。でも、あの子はそうじゃない」
2人の目線の向こうには、まるで、昨日の事を忘れてしまったみたいに、モニカは旭と接している。旭も困惑しているのか、距離感を見誤っているらしく、なんとなく素っ気ない態度を取っているように見える。普通なら、誰かに怒られた後なんかは気分が落ち込んだり、多少なりとも自責の念を持つはずだ。
だが、モニカにそんなものはこれっぽっちもなかった。悪く言ってしまえば、相手のことを考えず、向こうのテリトリーに土足で踏み込んでしまうタイプだ。
「あれは、旭が1番嫌う人種だよ」
うざったらしく絡んでくるモニカを、とうとう旭が我慢しきれず突き飛ばした。幸い、後ろにいたパーシーがモニカを受け止め、怪我はなかったが、当のモニカは状況を把握しきれずにポカンとしている。
「ど、どうしたの? 私、なにかしちゃった?」
旭は、こういう人間の対処法を知っている。直接、包み隠さず、言ってやればいいのだ。
「俺は、お前が大嫌いだ」
また、モニカがポカンとした顔をしている。行動で示しても、遠回しに言っても分からないなら、そのままの言葉にして伝えればいい。それが旭の出した答えだった。一言だけ言い放った旭はモニカたちに背を向けて歩き去ってしまう。まだ情報を整理できていないモニカはピクリとも動かない。
「でもさ」
その会話を盗み聞きしていたレオノールが、国綱の言葉を反論する。モニカは、確かに配慮や遠慮に欠けた人物かもしれない。向けられる感情に疎く、今回のように、無意識に誰かに嫌われてしまうことがあるかもしれない。けれど――
「ああいうやつがいないとさ、誰にも頼れないやつだっているんだよ」
「そういうものかな」
「ま、なってみないとわかんねぇよな。こういうのは」
2人が笑っていると、会場の方がやけにざわついているように感じた。有名人でも現れたかと、2人が目を向けると、そこには生徒会の腕章をつけた大人しそうな生徒と、首元に金色の飾緒を身につけた生徒がいた。




