閑話 大魔法使いたちの夜遊び
実技試験が終わり、いつも以上に慌ただしくなるバウディアムス。空に手が届きそうなほど高い神精樹の上で、2人の大魔法使いが楽しそうに話している。空では、紅い蝶が宵月と共に踊っている。アステシアはタバコを片手に、白い煙を吐きながら月を見ている。
「今回の試験、アレの正体はなんだ」
「え〜、分かんなかったの〜?」
箒に乗ることすらせず、獄蝶のジョカが夜を泳ぐ。獄蝶のジョカは、普通の魔法使いには理解もできないような魔法を扱う。紅い蝶の魔法を好んで使用しているようで、得意げにいつも周囲に飛ばしている。獄蝶のジョカは月に照らされ、からかうように嘲笑い、ついにネタばらしをした。
「あれは、極東の化け物だよ。妖ってやつさ。向こうで見つけたはいいんだけど、処理に困ってね。せっかくだから実技試験に使っちゃお〜って思って」
「それで、あわよくば奴らに倒してもらおう、という魂胆か」
「あったり〜」
「発想はいいがリスクと見合っていない。負傷者も出ているんだぞ」
「いいじゃ〜ん。そういう試験だろ?」
悪気はないと主張するわけでもなく、獄蝶のジョカはくるくると髪を弄る。赤みがかった薄い茶髪を振り乱して、獄蝶のジョカは無邪気にはしゃぐ。対してアステシアは憂鬱に目を半開き、退屈そうにタバコを咥える。吐き出された白い煙が月を朧にさせる。
「にしても、今回の候補生たちは優秀だね。総合評価断トツのパーシー・クラウディア。うちの弟子たちはもうちょっと頑張れたかな」
「……お前、弟子なんて取っていたのか」
「極東にいた時にね。しばらく顔見てなかったけど、まさか追っかけてきちゃうとはね」
「追いかけて……か」
何か言いたげにアステシアが月を見る。
「お前に師は向いていないな」
「え〜、なんでさ」
「自分の弟子のことも分かっていない。教師も務まるかどうか……」
愚痴をこぼすアステシアを気にもとめず、獄蝶のジョカが3色に彩られた団子を頬張る。
「おい、それは私のだ」
「これはお月見だよ? お団子がなきゃやってられないね」
「お前の分はさっきなくなった。早く返せ」
「へへ、返して欲しかったら飛んで取り返してみるといいよ」
「くそ、私が飛べないことくらい知っているはずだろう!」
子どものように、舌を出して獄蝶のジョカが煽る。どうにか懲らしめてやろうと試行錯誤するも、アステシアに状況を変えるような手はなかった。ついにアステシアは団子が無くなり、空になった皿に手をかける。そしてそれを手に持ち、大きく振りかぶった瞬間、2人の大魔法使いの夜遊びが終わりを告げる。
「そんなところでサボってたんですか!」
「わぁ!」
最上階の窓から顔を出し、フィスティシアが大声を出す。不意をつかれてか、獄蝶のジョカは姿勢を崩し、箒を片手に落ちていく。
「あ〜れ〜!」
「ちょっと!」
「放っておけ。どうせ死なん」
下の方で、かすかに紅く光が灯るのが見えた。それを見てアステシアは惜しい、と小さな声で呟く。そのままアステシアは、軽い身のこなしで室内に侵入し、何事も無かったかのようにスタスタと歩き去ってしまう。
「誤魔化されませんよ」
「くそっ」
「仕事をほったらかして、2人で何をしていたんですか」
「極東の文化、『月見』と言うやつだ。」
「なんですかそれは」
「君たちはものを知らないね〜。よく今まで生きてこられたね、感心するよ」
嫌味ったらしく獄蝶のジョカが窓の外から顔を出す。アステシアは露骨に嫌そうな顔をしている。そして鼻を高くして、誰も聞いていないというのに説明を始めた。
「月見っていうのはね、月を眺めを見てを楽しむことだよ。ホントは満月だと美しくていいんだけど」
「……それ、何が楽しいんですか」
「いつかエトゥラにも分かる時がくるさ」
2人の大魔法使い。その実力はエトゥラにも底が知れないほどだ。ぴくりと、指を動かした瞬間に反撃を喰らわされる、それが鮮明に想像できる。
「どうかしたかい? 早く仕事に戻ろうよ」
「あなたたちが先にサボってたんです!」
そして、また月が顔を隠す。バウディアムスの職務室はまた一段と慌ただしくなり、ついに静まり返る。
今にも落ちてきそうな藍色の空の下。若き魔法使いたちが目を覚ます時、待ちわびた結果発表が行われる。




