3
ライアンの気持ちー
ソフィアに突然別れを告げてもう半年。
父さんが俺とアンジェ、母さんに激怒して家を出てからも半年が経った。
今日は俺はアンジェと共に王家主催のパーティに向かっている。
こんなこと、ただの平民だった俺には夢のまた夢みたいな出来事で、本当に誇らしい思いでいっぱいになっている。
もちろん馬車に乗って移動しており、同じ馬車にはアンジェとアンジェのご両親が前に座っている。
アンジェもそうだが、ご両親の二人も本当は俺なんかが会話できる身分じゃない。
だけど、俺は身内として会話している。今日の装いも、アンジェが全て用意してくれた。
「ライアンったらまだ緊張しているの?」
「それはそうだよ…。心臓がはちきれそうだ…。だって王宮なんて縁のない場所だったから……」
隣でくつくつと笑うアンジェは本当に美しい。
アンジェと俺は来年に結婚が決まっていて、今日の装いも二人で色を合わせている。
この美しい貴族の娘が自分の妻になると思ったら、もう、感無量だった。
―――俺は本当になんて幸せ者なんだろう…
「ははは。ライアン君、そう緊張することではない。今日の主催は王家だが、メインは公爵家のお嬢様だよ。市井に降りて平民の暮らしを経験していらしたんだが、それが終わったんだ」
「公爵令嬢の母である公爵夫人は国王陛下の妹君だから、これは所謂おかえりなさいのパーティね」
「ライアン君のためにもう少し詳しくいうと、公爵令嬢が社交界に復帰されるからそのお披露目ね。公爵令嬢ともなると社交界への影響力は計り知れないわ。なんせ親戚が王家で公爵家自体も外交国内ともに影響力のある家柄だから。我が家としてもぜひ縁続きになりたいものだわ」
「我が家もアンジェとライアン君のおかげで他国にはない目新しい事業を始められている。公爵令嬢にも気に入ってもらえるといいが」
三人が話している内容をゆっくりと咀嚼して、少し驚いた。
【貴族が3年間だけ平民として過ごす】という風習があるのは知っていたが、まさか本当にやっているなんて思わなかった。
貴族だと分かりそうなものなのに、案外貴族はお気楽なだけじゃないんだな。
「大丈夫よパパ。公爵令嬢も平民から戻ってこられたのでしょう?きっとうちの事業を気に入ってくださるわ」
「そうだな。ライアン君はまだまだ貴族社会になじめないだろう。今回は私と一緒に挨拶回りをしよう。婿養子として少しずつ勉強をしてもらわねばな」
「はい。よろしくお願いします」
義父の言葉に頷いた俺は、近づいてきた王宮を見つつ、自分の家族を思った。
アンジェに出資してもらった店は、父さんが抜けても安定して利益を上げられた。
父さんが抜けたことで、「コーヒーの味が落ちた」といって近所の昔馴染みの人たちが離れてしまった時はどうなることかと思ったけど、すでに話題のカフェとなっていたので外からの客足が途絶えることはなく、どうにでもなった。
これを最初から見越していたのか、やはり貴族の力はすごい。
父さんは出て行ってからどうしているのかと心配に思ったけど、公園近くでコーヒーの出店をしているのを見つけた。
正直、長年の夢だったコーヒーショップを開いたのにそれを捨てるなんて…と心底呆れたものだ。
それで小さな出店をやってるなんて。
ちょっとしたイートインベンチがあるだけだったし、店自体は全く流行っていなかった。
本当に気の毒に思った。
だから俺はアンジェに頼んで、父さんを呼び戻そうとした。
アンジェも大賛成だったから、母さんも連れて三人で説得しに行った。
きっと父さんも喜んでくれる。そう思って。
けれど―――
母さんには離婚届を叩きつけ、ここが外だということも忘れているのか、大声で怒鳴られてしまった。
「よくも俺に戻ってこいなどと言えたものだな!お前たちを家族など金輪際思いたくない!この恥知らず共が!」
「まあ!それは私にもおっしゃっているの?貴族の私に?私があの店の何もかもを考えて差し上げたのに?」
「それは何度も言っているがあんたじゃない。俺の長年の夢だったあの店のことを真摯に考えて一緒に開店まで進めてくれたのは、紛れもないソフィアちゃんだ。そしてあの店が軌道に乗るまで一緒に盛り立ててくれたのはゼフたちだ。たしかに、あんたは出資をしてくれたかもしれない。だがな、俺の大事な恩人たちを裏切ったお前たちが経営している店になど、死んでも戻るものか!もう二度と顔を見せないでくれ!!」
父さんのよく通る声で怒鳴られたもんだから大変な騒ぎになってしまい、さらに店への客足が遠のいてしまったのが痛かった。
けれど、やはり観光客たちや外からの客足は途絶えない。
第2号店、3号店と出店したがどの店も繁盛した。
母さんは父さんに言われたことが大分堪えたのか、ショックを受けていた。
アンジェが優しく声をかけていたけど、効果はまるでなく、今でもふさぎ込んでいる。
俺は「そんなに気に病むことだろうか」と思っていたし、今でも思っている。
だって、アンジェは貴族だ。しかも伯爵家のお嬢様。
そんなお嬢様がついてくれているのに、父さんもなぜあんなに頑なになっているのかが分からなかった。
ふと気になって数日前に同じ場所に行ったけど、その頃にはもう父さんとあの小さな出店は跡形もなく消えていた。
―――ああ、そうだよな、経営は無理だったんだよ。
あんなに意固地にならずに、俺たちと一緒に経営をしていれば父さんも今一緒に王宮に向かっているかもしれなかったのに。
全部全部、父さんが自分で手放したんだ。
悪いけど、俺は父さんがもしも金の無心をされても絶対に1円たりとも出すつもりはない。
だって、俺は貴族になるんだから。