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パン屋に戻り、おばさんとおじさんに事情を話した。

自分のせいで大口の契約がなくなるかもしれないことを伝え、申し訳ないと頭を下げると、二人に気にするなと言われた。


それはそれとして、今後どうしていこうかと話し合いをしているところへ、ライアンの父親――ミゲルおじさんが訪ねてきた。

しかもかなりご立腹の様子で。



「すまない。あのバカ息子、何でもかんでも勝手に決めてしまって。ゼフとの契約を切られたらたまらんと思って契約書を持って来たんだ。悪いが預かってくれないか?」


「それはいいが…。ライアンはどうしたんだ?今、ソフィアからもアンジェという貴族の娘と一緒にいて別れ話をされたと聞いたばかりだぞ」



ミゲルおじさんは大きなため息をついた。落胆、ともとれなくはないが、恐らくは、怒りを落ち着かせるためについたものだろう。

ミゲルおじさんは、私を見て頭を下げた。



「ソフィアちゃんがどれだけ私の店のために尽くしてくれたのか、全然わかっていない大馬鹿野郎で本当に申し訳ない。あれが息子だなんて、情けなくて仕方がない」


「私はいいのよおじさん、気にしないで。それより、どうしてアンジェさんの家が出資したことになっているの?」


「匿名の方から出資していただいたのを、そのアンジェという娘の家が出資したと言い張っているだけだ。それに、ソフィアちゃんが考えて出してくれたアイディアも全て自分が一から考えて、それを出資金と一緒に俺に渡したと言っている」



ミゲルおじさん憤怒の顔で体をぷるぷると揺らしている。

少し小太りのおじさんが顔を真っ赤にして怒っている様子を見て、なんだかほっこりしてしまった自分を責めた。



「考えたのはソフィアちゃんだとどれだけ言っても全く聞きやしない。そればかりか女房までもよってたかってそのアンジェという娘とライアンが一緒になる方がいいと言い出したんだ」



そしてとうとうミゲルおじさんは机をたたいた。



「信じられるか?女房だってソフィアちゃんと一緒になってメニューを考えたんだぞ?何日間も、何時間もかけてだ!それなのに赤の他人、しかもどこの誰とも知らない貴族の娘なんかが自分が一から考えたと豪語してやがる。そんな奴らと息子が関わっているということに腹が立っているのに、そのあと押しをしているのが女房だ!本当にあいつら頭にくる!」


「まあまあ落ち着いて」



とおばさんが、キッチンから温かい紅茶を持ってきた。



「深呼吸よ、ミゲル。ところで――」



おばさんは少し言葉をきって紅茶をすするミゲルおじさんに尋ねた。



「そのアンジェさんという方の家名は?」


「ああ……たしかリンクドールと言っていた。伯爵家と聞いたが本当かどうか怪しいものだな!」



ふん!と怒るミゲルおじさんだが、私はそのリンクドール家をよく知っていた。

伯爵家というのは本当だ。

先代までの当主がかなり頭が切れる方ばかりで、世の中の動向や市場の流れを先読みする能力に優れていたため、貿易と投資で財を築いた超やり手伯爵だ。


しかし、それは先代までの話。

現当主にその素晴らしい才能は皆無である。


ただ単に現当主が勉強をおざなりにした罰なのだが。

これは公爵家の跡取りである弟と、従兄妹であるこの国の王太子と王女の特別授業の先生が先代当主だったから知っているだけの話だ。


これで事の大部分を理解した。

詳細は公爵家の影に調べてもらおう。



「まあ、とにかくミゲルおじさんはこの店との契約を大事に思ってくれていることが分かって嬉しいわ」


「当たり前だ!ゼフのパンだから一緒にやろうと思えたんだ俺は!他のパンは使わねえぞ!俺のコーヒーに合うのはゼフのパンだけだ!」



そう熱く語るにはお酒が似合うのだが、残念ながら今手に持っているのは紅茶だ。

完全にシラフの状態で熱烈な告白を受けたゼフおじさんは、照れくさそうに頬をかいた。


その様子をおばさんと顔を見合わせてくつくつと笑ってしまったのは許してほしい。



「ミゲルおじさん、それならさっき私たちで相談していたんだけど、おじさんもぜひ一口乗らない?」


「ん、?なんだ?」


「もう一店舗、お店を持つの。おじさんのコーヒーの腕とこのパン屋のパンを使うのは変わらないんだけど、お店のコンセプトを変えるのよ」



にっこり笑った私に、ミゲルおじさんは眉毛を下げた。



「それは面白そうだが、店を持つお金がない」


「それは心配しないで、100%私が出資するわ。とはいってもそんなに資金がないから店と言ってもこんな感じの小さな店舗で申し訳ないけれど」



そういって私が見せたお店を描いた紙を見て、ミゲルおじさんはその紙を手に取ってまじまじと見た。



「これは…出店か?」


「そう。でも荷車をモデルに考えたちょっと出店ね。

食品を扱うっていうのもあるから、受け渡しや注文口の位置を高くするの。テイクアウトがメインだけど、外でも飲めるように簡易的な椅子とテーブルを用意しておく。公園の近くで出店していいならテイクアウトでもいいし、公園の近くなら役所もあるからコーヒーブレイクや出仕前に寄りやすいかな?て」


「それにこの出店の横にある旗はなんだ?」


「これ?これはコーヒーショップというのが分かるようにする旗よ。だって何が売ってあるかわからないとお客様も来ないでしょ?」


「看板か…!ほお…これはすごい。まるで花屋かと思ったが……」



うちの子すごいでしょうとおばさんがころころ笑う横で、ゼフおじさんも頷いてくれた。



「転んでもただでは起きないのはさすがだよソフィア」


「あら当然よ。おじさんとおばさんに迷惑をかけられないもの」



すると、ミゲルおじさんが立ち上がる。

その勢いでコップが揺れたが、おじさんは気にせず私の手を取った。



「ぜひこの話、受けさせてくれ」


「本当?ミゲルおじさんがいれば百人力だわ」



しかし、気がかりなことがある。



「でも、お店はいいの?おじさんの長年の夢だったでしょう?こんな小さな店舗になってしまう事が気がかりで…」


「他人の嘘で塗り固められた泥道を行くより、たとえ困難でも大事な友人たちと歩める道を俺は行く」



そういったミゲルおじさんは、改めて私たち三人に頭を下げた。



「今回のことは、息子に代わって謝罪させてくれ。そして、まだ俺をこうして誘ってくれて本当にありがとう」



ミゲルおじさんの謝罪は心に響く。

真摯な謝罪というのはこういうことを言うのだろうなとしみじみ思いながら、おばさんとおじさんにからかわれているミゲルおじさんを見た。



「さーて三人とも!これから忙しくなるわよ~覚悟はいい?」



再度一からの出発だ。

貴族籍に戻るまであと半年をきっている。絶対にこの店を大きくしてみせる。と、私は心を燃やすのだった。

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