其の5 初めての会話
みなさんは目の前にあった学校の校庭を囲んでいるような大きめな木が風で吹っ飛んでいったらどう思うだろうか?
この文だけ読むと台風かな?嵐かな?自然災害の話かな?という感じだが、もちろんそんな話ではなく、本日の天気は雲ひとつない晴天である。
風が吹いたのはその木があるところだけであり、そんな状況になったとしてどんな感情になるか想像してみてほしい。
ちなみに現在進行形でその状況を体験している俺の感情は「無」です。
《Q今どんな気持ち?》
驚きましたよ、人が最大限驚くと同時に最大限恐怖を感じると感情は無になるなんて。木がまるで吹っ飛ぶのが当然のように飛んでいくんです。ええ。それでね、その吹っ飛んだ木は他の木に突っ込んでね、またその突っ込まれた木も吹っ飛んでいくんですよ。ボウリングみたいでした。それで、この森だった場所はわずか数秒でね、更地になってしまったわけですよ。こうやって自然は失われていくんですね。
…まあ、つまりセルフインタビューを始めてしまうほどには混乱していたということだ。
また何かの妖怪の仕業だろうか。本当に不思議なことが多すぎる。はやく情報を得なくてはな…と、方向を変えて歩き出した瞬間。
風が吹いた。まあ、さっきの暴風とは違い、もといた世界でも稀に起こった強めの風である。
しかし、重要なのはそこではない。
目の前に人、もしくは人型のものが現れた。文字通り目と鼻の先である。
顔しか見えないほど近い。顔の高さが同じ、つまり身長は俺と同じくらい。
だけどイケメン。超絶イケメン。人間のレベルではない。
比喩で褒めているのではなく、多分本当に人間じゃない。鋭い眼、瞳は青色。髪も青で肩につくかどうかくらいの長さ。こちらからみて左側に一本青緑色のメッシュが入っている。
果たして日本語が通じるだろうか。どちらかといえば日本人顔ではあるが。しかも多分風を起こしたのはこいつである。意思疎通ができる相手ならまだいい。
だが、先ほどの石の怪物と同じようなものなら…
それより遥かにこいつは強い。なんかオーラが出ている。
どうするべきだ。逃げるか?いや、しかし会話ができるなら何か情報を得れるかもしれない。そんなことを考えているうちに、目の前のイケメンが口を開いた。
「ねぇ、君。」
「!」日本語だ…
しかもイケボ、だがクールな見た目とは裏腹に明るい陽気な声である。フレンドリーな感じ。顔もニッコニコ。
「君、さっき石の怪物倒したでしょー」
さっきの…見られていたのか。
「はい、まあ…」
「へー!どうやって倒したの?」
「えっと…」
「刀も銃も何も持ってないじゃん、それともなんか能力?」
「えっとですね…」
「まー何でもいいけど強いね!びっくりしたよ!俺の生徒でもあれは一人じゃちょいキツそうだしなー」
…答える暇を与えてくれねぇ。考える暇も与えてくれねぇ。
でもまぁ、ここで少なくとも一つこいつについて分かったことがある。イケメンで明るく、口調が優しい。
間違いなく、誰にでも優しい陽キャである。
さっき暴風を出したりはしていたが、敵だと思われなければ、言葉も通じたし、きっとこちらの質問にも答えてくれるだろう。うん。多分。
異世界転生してきましたー!とかいったらどうなるかわからないからな。もしかしたら近くに仲間をたくさん連れている可能性もある。
ならば怪しまれないように、なるべくフレンドリーに、明るく!笑顔で!
私ハ通スガリノ人へ道ヲ聞クダケノ旅人デス!
「すみません!ちょっと道をお尋ねしてもいいですか?」
完璧。我ながら最高の出来だ!(少し忘れかけていた折り鶴もといザクロが話しかけるだけなのに大袈裟すぎだろと憐れむような視線を向けているが気にしないでおこう)
「道?まぁいいけど、先に俺の質問に答えてもらってからでもいーい?」
こいつ質問を質問で返そうとしてきやがった。しかし怒ってはいけない。怪しまれぬよう、
「はい!全く構いません!」またしても完璧な返答ができた。ザクロは引き続き同じ視線を向けてくるが。
「この辺りってさぁ、俺が持ってる村に近いから結界が張ってあんのね?」
「そうなんですか?」
「そう。それで、害のある妖怪とか俺の知らない奴が入ってこれないようになってるの。」
…えっ?じゃあ、何で俺は入れてるんだ?冷や汗が出てきた。
相手の笑顔も怖さを感じる笑顔になっている。
「でもたまに、さっき君が倒した石の怪物みたいに紛れ込んできちゃうことがあるんだー。それでそう言うのがきたら俺に通知が来るんだ。村に害を与えないように始末しなきゃだから。」
トンッ
頭に何かを突きつけられた。
拳銃か?いや、こいつの手だ。友達とふざけて遊ぶ時とかにやるような手をグーにした状態から親指、人差し指、中指を開いた、ただの拳銃のポーズ。
それを頭に突きつけられている。何が問題かと言うと、さっき暴風を出したのはおそらくコイツであり、手から風を出したり、もしくは風を自由に操ることができるとなるとこの手の拳銃からぶっ放される風は木を吹っ飛ばすことができる威力があると言うことになることである。
そんな風を人体に当てようものならどこまでも吹っ飛ぶor木っ端微塵のどちらかである。
…こうやって落ち着いて考えているように見えるかもしれないが、ものすごく恐怖心を抱いている。笑顔が怖い。冷や汗がやばいし、震えも止まらない。何か考え続けていないと耐えられない。
とにかく。やめていただくには、こちらが本当に無害であると言うことを証明しなければならない。
言葉は通じるのだから、話せば分かってくれるはずだ。まずは先ほどあちらが言っていた質問とやらに答えなければ。相手が口を開いた。
「まぁとりあえず。抵抗すんな。そんで俺が言う質問に全て虚偽なく答えろ。黙秘権、拒否権はない。全て吐け。さもなくばぶっ放す。」
…言葉は通じたが、話は通じないようだ。