聖地巡礼
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私立シリウス学園初等部はお金持ちばかりと一部の天才児が通う小学校だ。
一流の講師はもちろん、最新鋭の機材に、最高級で最高性能の設備が揃えられ、親は目が飛び出るどころじゃない学費を支払う。
私は何より感動したのは学食だ。
ビュッフェ式でなんでも取り放題のシェフ自慢の料理の数々。
何より凄いのは、名物料理こってり伊勢海老塩ラーメンが最高に美味い。
エビの出汁と豚骨出汁を程よく調和させ、塩梅を見極めた塩味に、見た目もゴージャスでインパクトのある伊勢海老一匹をどんぶりに盛り付けられる。
他にも名物料理はあるのだが、これを前世で見た時は強烈な何かを感じた。
そう、前世でこの強烈な学食風景を見たのだ。
シリウス学園の校舎をベンツの中で見上げた時、その強烈なメニューを思い出した。
校門に到着した時、どこかで見たことのある、小学生ながら筋肉の厚い男の子と金髪に緑色の目の白人のハーフの女の子が校門の前で不安そうな顔で待っており、私の姿を見つけると笑顔を作った。
男の子は近衛満で、私の父の会社の役員の子供で、女の子は取り引き会社の子供で瑠璃川雫という。
二人の顔が、私の記憶の男女の顔に重なる。
『いつか見た笑う君の側』
というアニメだ。そのアニメは所謂、泣ける系のアニメだ。
はしおって説明すると、一緒に学校で青春を過ごしたヒロインはアニメの最後に病気で死んでしまう。
それを涙なしでは見ることができない。
そのアニメの主な舞台がここ私立シリウス学園の高等部だ。
今は私は小学5年生だから5、6年先の世界だ。
そして、そのアニメの中の悪役が、近衛満、瑠璃川雫であり、彼らの頂点にいるのが、
桜小路 九頭
という、頭髪がピンク色のリーゼント、全身タトゥーに、舌にピアスがついたどう見てもヤバいやつなのだ。超がつくほどのお金持ちでどでかいお屋敷に西洋風の庭園、プールが庭にあり、メイドさんや執事さんがいて、専用の車と運転手がいた。
桜小路九頭……、桜小路って私の苗字だよな、髪ピンク色だよな、確かにサクラの記憶だと目の前の二人は近衛満に瑠璃川雫だ。友達というより配下みたいな扱いをしていた。
兄弟や双子とかがいるという記憶は私にはない。
ベンツの後部座席の扉を私の身辺の護衛をしているリキが開け、私は降車する。
「サクラ様、お久しぶりです。サクラ様が学校に来られない間は世界中の光が消えたように寂しかったです」
「サクラ様、おはようございます。病み上がりですから、お荷物は体にお触ります、私めがお持ちします」
彼らの声は聞き覚えがある、特に前世において、声優さんが吹き込んだような、子供らしからぬ綺麗な発音だ。
『いつか見た笑う君の側』の世界とは若干違い、桜小路九頭が桜小路サクラとして生まれ、そのサクラとして生まれ変わったのが、私なのだろう。
私はグラグラと地面が揺れているような足取りになり、地面に倒れ込む。地面に倒れ込む手前ギリギリでリキが私を支えた。
桜小路財閥は桜小路九頭の頭の悪い行動の数々で衰退する。
そして、桜小路九頭は親に屋敷から追い出され、そして、恨まれた人間に殺されるのだ。
桜小路サクラも、このままでは、きっとそうなるだろう火種の種をばら撒いていた。
今後の進退について考え始めると、私は眩暈がして倒れた。
その日学校は早退した。学校に入る前だから、普通に休みか。
翌日、通常通り、登校をした。昨日と同じく、ベンツはシリウス学園の初等部の校門に辿り着くと、従者と化した近衛と瑠璃川が笑顔を作った。
「体調は大丈夫ですか? サクラ様の美しい姿を一日見れなかったのは世界の損失ですが、サクラ様のお身体の方が大事ですからね」
「サクラ様、お体に触りますので、お荷物はお持ちしますわ」
近衛が私に子供らしからぬ媚を売り、瑠璃川が私の手荷物を預かろうとした。
「大丈夫、ただの貧血みたいなものだから。後、近衛君、大袈裟すぎだよ」
2人のぎこちない笑顔が固まった気がした。
よくよく思い出せば、手荷物やランドセルは2人にポンポンぶん投げるように渡していたし、2人の名前は呼び捨てしたり、おい、だとか、お前とか言っていた。機嫌が悪ければ2人の尻を蹴っていた。このサクラさん、控えめに言って本当に人としてやべぇーっすね。
「さ、サクラ様、今日も本当は体調悪いのではないかしら?」
「大丈夫、問題ありません。気にしてくれてありがとう」
瑠璃川の出した手を優しく払う。瑠璃川は私を戸惑いながら、そういう日もあるのかしら、と呟いていた。
「そうですか。では、今日も早速、サクラ様の素晴らしさを分からせるために、どいつを懲らしめてやりましょうか」
近衛がそう言うと、周囲の雰囲気ががらりと寒くなった。周りから視線は感じると思っていたが、恐怖におののく雰囲気をまとっていた。
アニメでは九頭は目についたシリウス学園の学生たちを虐めたり殴りつけたりしていた。ちなみにサクラはそこまではしていないが、似たり寄ったりのことをしていた。
将来、殺されるエンド待ったなしだね、これ。
「いや、そういうのはもうやめよう。やっていて虚しくならないかい?」
瑠璃川と近衛は、お前がそれ言うの?、というようななんとも言えない、登っていたハシゴを途中で外されたような顔をする。しかし、彼らは私には逆らえない。私は彼らの主のようなものである。私がカラスの色が白いと言えば、白いですね、と彼らは答えなければならないのだ。
瑠璃川は私の財閥を主要取引先としていた会社の娘で、近衛は私の財閥の中の会社の役員の息子だ。彼らは生まれて親や親族から望まれたのは、私に気に入られて今後の自社の運営や個人を優遇してもらえるようにするツテとしての存在になることだ。
それもそれで可哀想なことなことだなと思うけれど、いわゆるお金持ちや権力者の家というのはそれが当然なのかもしれない。私の前世は一般的な家庭で育ったからわからないし、サクラの記憶ではわがままが許されて過ごしたからわからない。
それに彼らは私にずいぶんと毒されている。最初は嫌がっていたが、今はまともじゃない暴行の数々を進んで面白がってやっていた。アニメで見た未来の彼らはもっと酷かった。
瑠璃川や近衛にそのような姿になるべきではないと思い、今から真人間としての調整をすれば、少しは良くなるだろう。
「今までの私はどうかしていた。君たちに馬鹿なことを強要させていた。本当にすまない。私ともう関わらなくてもいい。君らの両親にも迷惑かけないように、会社の方にも良く伝えておく」
そう言って彼らを通り過ぎて歩き出すと、
「何か不手際がありましたか!?」
「サクラ様、私たちを捨てないでください!」
と捨てられた犬の様に走り寄ってきた。
私がどう行動しようが親について行き、私のごきげんを取るようにキツく言われているのだろう。
無理して離れろとも言えるわけではないし、私の意見と彼らの両親たちの意見に板挟みさせて辛い思いをさせるのもどうかと思う。
「わかった。これまでのとおり私に付いてくるのは構わないが、もう、誰かをいじめるようなことは今後しないし、君たちもしないようにしてください」
私の言葉を、信じられない、とでも言いそうな顔で2人は顔を見合わせて、私の後に付いてきた。
シリウス学園初等部の廊下を歩くと、私はモーゼなのかな、と思いながら心の中で苦笑いした。
小学5年生の子供たちが、慌てて廊下の端へ避けていく。少しでも遅れる子供がいれば後ろの二人が厳しい目線でじっとりと見た。
桜小路サクラががいったいどれだけ危険な人物か、ちょっと勘の鈍い人でもわかる。
教室まで向かう道筋を歩いていくと、モーゼの動きに付いていけず、転んでしまった女の子がいた。
私はその子の前で止まって、その子の顔を見ると、完全に怯え切って唇を震わせていた。
ああ、これから私はどこかの悪徳病院に連れて行かれて内臓を抜き取られて捨てられるんだ、というような顔をしていた。
私の見た目はそんな悪魔のようなものではない。ちんちくりんなピンク色の髪をした女の子だ。平均身長よりも下で、すこし猫のような目をした可愛らしい女の子なのだ。それが、こんなに絶望を感じさせるとか、どんだけ酷いことをして過ごしてきたんだと思う。
「大丈夫ですか。顔色が悪いですよ」
私は7年くらいで殺されるという結末にならないようにと打算的な理由もあったが、手を差し伸べずにいられなかった。目の前で倒れている人をそのままに出来るほど冷たい人間ではない。
そういえば、私が電車の中で助けたOLは元気にしているだろうか。少しは罪悪感を感じているかもしれないが、まあ生きていればいいことだってあるはずだ。
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