お嬢様がおかしくなった
続けて読んでいただきありがとうございます
私は使用人との人間関係を改善するためにできることを始めた。
まずはあいさつだ。
桜小路サクラは使用人に挨拶をすることはない。
これはいただけない。挨拶はコミュニケーションの基本だ。例えば、職場において、同僚と廊下ですれ違う時、お互いに目が合っているのに挨拶をしなかったりすると、無視されたんじゃないかな、と思ったことはないだろうか。実体験もあるが、挨拶は人間関係を円滑にさせるものだと思う。逆に挨拶をしなければ人間関係を悪くしてしまうと思う。
そういうわけで、まずは桜小路サクラの人間関係の改善は挨拶から始めた。
おはようございます、こんにちは、お疲れ様です、こんばんは。
通り過ぎる使用人に私は声をかける。
使用人は一様にビクリと私を見て硬直した。
多分、声をかけられて、その後無理難題を吹っ掛けられるのだろうと思ったのだろう。
しかし、そのようなことは実際には起こらず、サクラが通り過ぎていくだけなのだ。
挨拶単体自体が何かのいたずらなのかもしれないと思われているかもしれない。
まあ、桜小路サクラのギルティな生活態度は使用人からそう思われてもしかたない。
後は小さな親切を心掛けた。
困っていたら手伝う。相手は雇われている身分かもしれないが、困っていたら手伝うのが人として当然だろう。
困っていた時に手伝ってもらえたらこれほど助かると思ってくれることはない。
まあ、大体、使用人皆さんが困っていることはないので、重そうなものを一生懸命持っていた時に手伝うことくらいしかできない。
お屋敷の中で私の勉強時間となり、タブレット教材を開き勉強をする。
小学生の内容なんて簡単だろうと思っていた。国語、算数、理科はなんとなく前世でも見たことがある。しかし、英語だ。英語については小学生なのに昔に学んだ中学生後期くらいのレベルを求めてきている。20数年前の日本全体の英語の教育レベルに比べて、現在の英語教育のレベルは遥かに上がっている。確か、英検準2級でも小学生6年生が受験して合格していることが増えたって話を聞いたことがあったなぁ。
英語が苦手な私は頭を悩ませながら英語を勉強していく。
ていうかさ、桜小路サクラさんよ、お前全然勉強してなかっただろ。
タブレット教材の内容、小学4年生レベルになってるんだけど。
しかし、勉強をしてみれば、頭にするすると記憶されていく感覚がある。若い頭だから記憶力がいいのか、それとも素材がいいのかわからないけれど、小さいうちに勉強を怠けているのはもったいない。
タブレット教材の内容をさっさと5年生レベルまで終わらせて、英語を集中的に勉強した。
このままだと、中学生になって英語を挫折することになる。英語が苦手であった前世の私がなんとかそれを回避したいと思い必死になって、単語の暗記や熟語の暗記をし続けた。
あと、前世の記憶を現在の頭に定着させるためにも、中学や高校レベルの勉強を総復習しよう。しばらく学校は体調不良で休みになっているし。
ちなみに、家庭教師は雇われていない。正確には、お稽古ごとのピアノ教師はいるが、勉強を教える家庭教師はいない。こんなお嬢様生活をしていたらお抱えの家庭教師くらいいるはずと思ったが、そんなものはいなかった。
雇われた家庭教師は過去の桜小路サクラのいたずらや嫌がらせにより全員やめて行った。
でも、これはある意味で良いかもしれない。
サクラの年齢で高校レベルの三角関数なんて解いているところを見られたならば、『お嬢様は天才です』などと言ってまわり、本当の天才たちの集まる学校に転校させられ苦労するのが目に見えている。前世の学力の貯蓄で自滅するに違いない。
それに今なら高校レベルの参考書を買って勉強したところで、馬鹿が調子こいて高校レベルの参考書買ってわかったふりしてる、天才のふりをした黒歴史増築中ですね、と周りから評価されるに違いない。
よし、それで行こう。
ーーー
使用人 坂庭春子
私は、同僚の使用人たちで熾烈なじゃんけん三番勝負や麻雀、剣道、クラヴマガ等で公平中正に決めた、暴虐無尽のお嬢様の身の回り担当者です。もちろん、その勝負で最下位でした。
特にあの時の麻雀は酷かった。
よってたかって、私があがる前に安い手であがっていくのです。
じゃんけんだって、なんか後出し感があったし、許せないけど、負けは負け、私は年間離職率181パーセントのお嬢様身の回り担当となりました。なお、81パーセントは2人目が辞める確率です。
数ヶ月耐えましたが、怒りが身体中から湧き上がる日々にいよいよ限界が来ていた頃、あの女、いえ、お嬢様のアイスバケツチャレンジがありました。
私、お嬢様の相手をする歴戦の戦友という名の同僚共々鼻水を垂らしながらアイスバケツチャレンジをおかわりさせられているところを、あの女、いえお嬢様は腹を抱えて笑っていました。
そして、アイスバケツチャレンジを手伝ってやろうとして、お嬢様がこちらに氷水入りのバケツを持って歩いてくると、足を滑らせ転倒し、バケツの氷水がお嬢様の全身にかかる盛大な自爆をしました。
悪態の一つつくかなと思っていたら、電源の切れたシンバルを持ったサルのおもちゃみたいに完全停止していました。
近づいて呼吸や心音を確認すると、全て停止していました。
このまま気づかないふりをしようかと思いましたが、お嬢様を死なせたことでクビになることは間違いないし、なんならその致命的な失敗で今後の再就職にも影響があることでしょう。
私や同僚は自分の保身の為にお嬢様に救命救急措置をしました。
不幸にもお嬢様は息を吹き返し、残念なことに病院で医療ミスも起きず無事にお屋敷に戻ってきました。
あの女、いえお嬢様に目をつけらないように皆でお嬢様の退院のお出迎えに、屋敷の玄関で待っていました。
白色のSクラスのベンツがやって来て、ボディーガードの方がドアを開けると、無事回復しやがりましたお嬢様が出てきました。
ホント、ため息ものです。
それを堪えて笑顔を作り続けて、お嬢様がお屋敷に入るのを見ていると、お嬢様が皆に労いの言葉をかけてきました。
その時のお嬢様は、まるでこの地に誤って落ちてきた天使のような可憐な姿に、不覚にも私はそう見えてしまいました。
雷が落ちるか明日天変地異が起きるに違いありません。
それとも、お嬢様は新しいいじめか嫌がらせが思いついたのでしょうか。
少なくとも、きっと、これから大変なことが起きるのは間違いありません。
私は、お飲み物を入れてお嬢様のお部屋に入りました。
しばらく、お嬢様は不在だったので、お嬢様の部屋にノックなしで入ってしまいました。
気づいた時はなんたる不覚と思い、体が震えました。こりゃあ目をつけられる。ただでさえ目をつけられやすい年間離職率ナンバー1のお嬢様の身の回り係なのです。早く転職先を見つけにハローワークに行こうと思いました。
するとお嬢様は、自分のスカートを下ろして、パンツをめくって隠部を執拗に見ていらっしゃいました。
お嬢様の奇行はともかく、間違いなく私は人生で最悪の瞬間に今いることだけは理解できました。
私はお盆を落として、グラスを割ってしまう凡ミスまでやらかしてしまいました。
すると、お嬢様は叱責することはありませんでした。
お嬢様は上に着ていた服をめくり、倒れた時の傷ができていないか心配で見ていた、背中を見てほしい、と私に言いました。その姿は妙に艶かしく、そしてしおらしく、なんというか触ってはいけない美術品を見ているようでした。
私は色々な感情でいっぱいになり、鼻血が吹き出してしまいました。決して、私がロリコン百合属性というわけではありません。そんなわけありません。絶対に違いますが、鼻血が止まりませんでした。
そんな私の姿を心配なさるお嬢様が不覚にも本物の天使に見えてしまいました。なんたる不覚。思い出すだけで、鼻血が……。
でも、気を抜いてはいけません。きっと、あの女、いえお嬢様なら何か良からぬことを考えているに違いありません。
お嬢様はお屋敷に戻ってきた日から人が変わってしまったように、親切にそして穏やかになりました。
今のお嬢様がつい最近まで使用人を虐めて喜んでいたなんて想像もつきません。
でも、私は油断しません。きっと、何かをしでかす前の予兆かもしれませんし。
ほぼ全ての使用人が私と同様に、お嬢様を警戒していました。
もしかしたら、心臓が止まった時に過去の人格が消えたのかもしれません。良い方にお嬢様の頭がおかしくなった、ということでしょうか。それならば一生このままの人格でいてもらいたい。間違えて何か強い衝撃を与えて過去の性格に戻らないように、皆で気をつけました。
とりあえず、今もお嬢様は良い方におかしくなったままです。
勉強も毎日するようになりましたが、なんというか、中学生レベルの問題集を私に買いに走らせ、それを解いて、次は高校生用のものを買いに走らせました。
本当に勉強しているのだろうか、とこっそりお嬢様がいない時に参考書や問題集、ノートを覗くと、書き込んだり問題を解いた後があり、また答えを写しているだけかと思えば、ノートに間違えた解き方をして、赤ペンで答えを書いたりしていました。
本当にあの勉強をしないお嬢様が勉強をしているようです。
推奨年齢に達していない勉強をしているなんて……世界征服でも考えているのでしょうか。
不安でたまりません。
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次からは月曜日に更新予定です。