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あの日、確かに私は死んだのだ

 興味を持って開いていただきありがとうございます。

 この日、私はいつもどおり、ほんのりブラック企業色に染まった弊社の定時退社時間から3時間くらい時間外労働をして退社した。

 この生活が嫌かと言われたら、まあ、そこそこ嫌だな、とは思うが、転職まで考えるかと言われたらそうでもない。

 生活に困らない程度の給料と、金に困らない程度の趣味、気楽な独り身だからだろう。

 趣味は、課金の無いコンシューマゲームにアニメくらい。物は集める気がないし、ギャンブルはお金が無駄に消費されて隣国のミサイルを作るために寄付するだけだからやらない。性風俗は興味はあるが行ったら負けのような気がするし性病が怖い。知らない女性としゃべるのが苦手な私はキャバクラに行ったら「なんでここに来たの?」とキャバ嬢に男として蔑むようなお叱りを受け、キャバクラの入った建物には2度と踏み入れなかった。

 殺風景な部屋が私の住む場所で、何十年後かに誰にも看取られることなく孤独死して床に転がってウジを涌かせている、それが私の人生の終わりのような気がした。

 それが、私である33歳、桜一郎(さくらいちろう)の人生だと思った。


 そんな人生でも、輝いていた瞬間というか、楽しかった瞬間はある。

 あれは高校時代だった。

 親友と言えるかは、わからないが、いつも学校帰りにその友人の一人の家に行っては、任天堂のスマッシュブラザーズ通称スマブラを4人でやりあっていた。スマブラとは言わずも知れた、任天堂のキャラクター等を使った格闘乱闘ゲームだ。敵を場外にぶっ飛ばしてポイントを得て、それが一番多い人が勝ちになる。ルールそのものは単純だけど、色んなキャラクターや色んなプレイがあって楽しかった。

 毎回同じゲームだったけど、楽しかった。

 ハンマーで無敵かと思ったら地雷でぶっ飛ばされたり、マルスとロイを使ってチキチキカウンタープレイでにらみ合いが続いたり、負けが込んでいた時に空気を読まずに廃人のような上手さの友人がドンキーコングを使って抱き抱えて自殺プレイ、その廃人友人がプリンの歌うを距離を誤ってしまい叫んでいるところホームランバットでかっ飛ばしたり、本当にその日その日の面白い瞬間、ドラマチックなどんでん返しの展開があって、飽きずに白熱するワクワクさがあった。

 そんな友人たちはみんな病死した。

 一人は心臓に元々欠陥があって、二十歳になることができなかった。

 もう一人は、腎臓を小さいころに悪くして、大学卒業した後に悪化して死んだ。

 最後の一人は、気が付いた時には末期の肝臓がんで2年前に死んだ。


 入院中の彼らに会いに行ったことはなかった。

 彼らは来てほしくない、と言っていたからだ。

 でも、一度くらい行けばよかったと後悔した。

 スマブラを病室に持ち込んでギャーギャーわめきながらプレイしたら、きっと、少しは気分よくあの世に行けたのかもしれない。看護師さんには叱られるかもしれないけど。

 最新ゲーム機のスマブラを動かすと、あの頃を時々思い出し、何とも言えない切ない気持ちにさせられた。


 そんな風にセンチメンタルな気持ちになっていた時、ゲーム機を止めてテレビを適当にチャンネルを変えていたらアニメが流れていた。

 アニメなんて、もう何年も見てない。話題になるアニメがあったら見るくらいで、一生懸命毎シーズン追っているわけではなかった。


 そのアニメが目に留まったのはヒロインが病室で咳き込んでいるシーンだったからだ。

 それが、病死した友人たちに重なった。

 気になって、そのアニメのストーリーを追えば、ヒロインの子は持病に喘息を持っており、入退院を繰り返していた。喘息とは慢性気管支炎と言われるもので、ざっくりと言うと本人が呼吸をしているはずなのに酸素を取り込めなくて苦しむ病気だ。

 そして、喘息を持っている人の肺はアレルギー物質や刺激にとても敏感になっており、ちょっとした刺激で発作が起き苦しむことになる。

 昔は寿命が短いと言われていた喘息患者も、吸入ステロイド薬を使った治療法により、改善されることになった。

 しかし、基礎疾患となり、他の病気との合併症となれば話は別だ。

 喘息が出ている時にインフルエンザにかかれば、肺炎に進行する場合がある。

 もし、追加で新型コロナウィルスに感染すれば、命の危険性が極めて高くなる。

 ヒロインは持病の喘息を改善するためにランニングをして、呼吸をしやすくなるように肥満にならないように注意していた。

 自分の将来を見据えて目標を立てていた。

 しかし、彼女は合併症にあい、あっけなく死んでしまう。

 でも、彼女の力強いセリフが私に力を与え、彼女の歌声にやる気を噴出させた。


 今日の仕事帰りも彼女の曲を骨伝導イヤホンで流していた。

 骨伝導イヤホンの良いところは、周りの音はしっかりわかる、ということだ。

 電車の中で甲高い悲鳴が聞こえて、それからこちらに足音が聞こえて来た。

 人の波がやってきて、治まってくると、床に倒れている人からどくどくと血が溢れているのと、ちょうど引き倒された人にまたがたって刃物を振り下ろす男がいた。

 こりゃあ逃げなきゃな、と思い、離れようとすると、正面に疲れ果てたのか酔っ払って意識がないのか若いOLがぐっすり寝ていた。

 知らない女性に声をかけるのは苦手だが、そんなことは言ってられない。

 肩を揺らして、起きろと大声で話しかける。


「な、何するんですか!」


 完全に不審者を睨みつける目で私を見た。

 私は指を元気に楽しく刃物を振り下ろし真っ最中の男に向ける。


「早く逃げるんだ」


 刃物男に気がついたOLは悲鳴をあげながら立ち上がり、走ろうとするが、履いていたヒールが仇となり転んだ。

 悲鳴と鈍臭い音に刃物男が気がつきこちらにやってくる。

 ナイフについた血を舐めながら、ひひひ、と愉快な声を上げながら近づいてOLに飛びかかった。

 私は咄嗟に刃物男に向かって、前蹴りをした。かっこいい蹴り技ではない。足をただ前に90度出しただけだ。それでも飛び込んで来た無防備な刃物男の横腹に刺さり、電車の床に転がった。


「ヒールを脱いで走れ! 死にたくないだろ!」


 OLには私の声が届かず、あわあわと倒れたまま後退りしていた。

 私が走って逃げれば私は逃げられるかもしれないが。OLは刃物男に内臓をミキシングされることだろう。

 逃げ切った後で後味悪くなる。


「くそっ! 刃物を捨てろ!」


 倒れた刃物男の右手に握られたナイフを奪いとるために、両手で刃物男の右手を掴んだ。

 その時、腹にドン当たる衝撃を感じた。

 刃物男は左手に持った何かを私の右胸の下側に突き立てたのだ。

 腹から温かい何かが滴ってきた。

 ああ、もう一本、ナイフを持っていたのか。

 きっと、私は助からない。右胸の下側の肋骨が守る臓器は肝臓だ。これだけの大騒動が起きたら、きっと、救急車が来るのに時間がかかり、無事病院に連れて行かれるまでには多量の出血でもう間に合わない。

 これじゃあ、0kill1deadだ。

 くやしいな。ただやられて終わるなんて、スマブラだったら腹が立ってしかたない。

 勝ち誇ってニヤつく奴の右手を強く両手で握って、奴の首に勢いよくぶつけてやった。

 奴の右手にはナイフが握られていたから勢いよく血液が飛び散った。大事な血管の他にも気管を切ってやった。奴は息ができなくて首を押さえてのたうち回っていた。


 ざまあああああwwww


 OLの方を振り返ると、すでにOLは消えていた。

 まあ、そんなもんだよな。

 私はOLが座っていた席に座り、携帯電話を操作し、あのアニメのエンディングテーマを最初から再生させた。

 次第に音楽は遠くに聞こえ、子守唄のように私の耳に染み渡った。

 次第に私の体は冷たくなっていった。

 そして、私は死んだ。


 そうだ、あの日、確かに私は死んだのだ。

 読んでいただきありがとうございました。

 明日も投稿します。

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