09. それをフラグという
ヒロインは、学園で初めてリュカを見かけたとき、電流に貫かれたのかと思うほどの衝撃を受けた。
神様が全身全霊をかけて、考え得る限りの美を詰め込んだ最高傑作がそこにはあった。
(絶対にお近づきになりたい!!)
だがしかし。
男ウケには自信のある、上目遣いのきゅんきゅん笑顔でもって話しかけても、麗しのリュカさまは、凍えるような感情のない瞳で一瞥しただけで すいっと視線を外すと、一言も発することなく、立入禁止エリア(※有料の個室)へと立ち去ってしまった。
もちろんヒロインは、それでは終わらない。
相手にされなくても懲りることなく、折に触れてはリュカに話しかけた。
だが、何度か話しかけたある日、
「今後一切、私に話しかけるな」
と、リュカにばっさり切り捨てられてしまったのである。
(氷の貴公子的なあれね…!? やだ似合いすぎる!!)
ヒロインちゃんは、少しもめげなかった。
「そんなお顔もステキですね!
あの、わたし学園のことよくわからなくて。案内していただけませんか?」
「…話しかけるなと言っている。迷惑だ」
リュカは、周囲で見守るリュカ教徒の皆さんが思わず身震いするほどの冷気を放っているというのに、それでもヒロインちゃんは全く引く気がなかった。
「照れてるリュカ様もステキです!」
(ヒロインには言葉は通じない)
リュカは、言葉が通じない相手は、人間とは見做さないことにしている。
虫ケラか、それ以下である。
言葉の通じないモノに、言葉で対応する価値などない。
リュカのヒロインちゃんスルーは、こうして確立された。
(言葉は通じない、空気は読まない。ヒドいを通り越して、得体が知れないな)
ヒロインが『得体の知れないアレ』と化した瞬間でもあった。
そして、遠くにマリージュの存在を認めたリュカが突然走りだし、マリージュを小脇に回収して、トンズラをはかるに至るのである。
尚、勿論リュカはヒロインに怯えてなどいない。
バリケードまで張ってみせたのは、マリージュへの印象付けに他ならない。
マリージュの興味を引きそうなテイストを散りばめて見せ、更に『とり憑かれる』なんて、マリージュの好奇心にどんぴしゃに突き刺さるワードを的確に選択してのけた、リュカの策略炸裂である。
どうにもお子しゃまなマリージュとの距離の詰め方を、リュカがあれこれ画策していたタイミングで うっかり絡んでしまったヒロインは、都合よく利用されてしまった形とも言える。
そんなことに気づくはずもないヒロインは、突然のリュカの行動にビックリはしたものの、もちろん少しもへこたれることはなかった。
だって、せっかく学園に入学して、こんなにステキな出会いがあったのだ。
この幸運を享受しないで、なんとする。
ヒロインは、何とかリュカにお近づきになろうと必死だった。
が、そもそもリュカを見かけること自体が稀だったというのに、ここのところ更に見かける頻度が減ってしまったのだ。
常識的に考えればレア度マックスなはずの王子にだって もうちょっと頻回に会えるし、挨拶だって返してもらえるというのに、だ。
王子の近くをうろついても、リュカには全く遭遇しない。
なんでもリュカは、公爵家のご子息だというのに、王子の側近ではないのだという。
風の噂では、もちろん王子は側近にと望んだし、生徒会へも勧誘したらしいのだが、ふたつとも王子が可哀想になるレベルの全力でもって固辞したとかなんとか…。
仕方がないので、学園内を懸命に探しまくって やっと見つけたかと思えば、いつもいつもいつも婚約者だとかいう女に抱きついている。
どんなに声をかけても まるで存在していないかのように無視され、さりげなくボディタッチを試みてみると、護衛(あまりの存在感のなさに空気のように感じるが実はいる)が、さらっと妨害してくる。
視線を向けられることすらない。
リュカは信じられないくらい婚約者のことしか見ない。
いや、もちろん厳密には他のものも見ないわけではないが、人間の相手をしているとは思えないほど感情が死んでいて、たとえ相手が王族であっても本気で愛想笑いすらしない。本気で。
更に腹が立つことに、婚約者の女は、リュカに抱きしめられていても、目が合うだけで卒倒できそうな、とろけるような微笑みを向けられていても、頬を赤らめることすらなく至って平然としているのだ!
あのリュカ様からの寵愛を、さも当然のことであるかのように…!!
(なんなの!? あの女…! 許せない…!!)
真正面からリュカに挑んでも取り合ってももらえない。
にっちもさっちもいかない正攻法のコミュニケーションに拘っていたら、婚約者に抱きつくリュカを永遠に見せつけられることになる。
(それなら、リュカ様が唯一視線を向ける相手に絡めば、
少なくとも視界には入るわよね?
そこから切り崩していくしかない…!)
それが悪手であることに気づくこともなく、
ヒロインは、自ら地雷に足をかけるのであった。