09. 婚約者は腹黒い
「リュカくん、お茶の味がブレてるけど、まだ動揺がおさまりそうにない…? 無理してお茶淹れてくれなくてもいいよ…?」
リュカが落ち着きを取り戻した後(※ただし、一連がフェイクである)、バリケードはそのままにリュカがお茶を淹れてくれたのだが、その際にマリージュが零した言葉がコレである。
動揺していることに気づいた根拠として軽く触れたにすぎないとはいえ、容赦なく「お茶が不味い」という趣旨のセリフをぶち込んでくるマリージュに、思わずリュカは、ふっと吹き出した。
「平然とし過ぎていても不自然だろう」と考えたリュカがさりげなく仕込んでみた小細工を、間髪を入れずに拾い上げてくるのだから恐れ入る。
完全に無意識だったマリージュは、リュカが何に笑ったのかわからず、キョトンとする。
「どしたのリュカくん。何かおもしろかった? でも、笑えるくらいには回復してるってことだよね?」
今のやりとりの何処に笑う要素があったのかという部分に、疑問が湧かないわけではない。
でも、あまり物事を気にしないマリージュにしてみたら、何かに怯えていたはずのリュカに笑みを零す余裕が戻ってきたのであれば、他のことは気にするまでもない些細なことのように思えてくるのだ。
気にする必要のないことを気にしていても、得るものなんてほぼほぼないだろう。
そんな、心配してるんだかしてないんだか微妙としか言えない扱いの中にマリージュらしさを見たリュカは、ふわりと相好を崩しながら、
「うん。リジュがいてくれるからね」
なぞと、しれっと宣った。
リュカは普段、マリージュを愛称では呼ばないのだが、ときどき「リジュ」と呼ぶことがある。
どう使い分けてるのかはマリージュにはサッパリわからないのだが、何か意図はあるんだろうか。単に気分だろうか。
リュカの意図云々からは少し外れてしまうようには思うが、映画なんかだと、普段とは違うことをすると途端に事件とか起きたりするものである。
『呼び方を変える』程度のことでも、そういうフラグ的なものに成り得るんだろうか。
実際リュカは怖い思いをしているわけだし、また起こるっていう匂わせの類の可能性もなくはないんじゃなかろうか。
なんてことをぼんやり考えて、突如マリージュはある可能性に思い至った。
(…もしかしてあのゲーム、ミステリー要素があった…?)
JK時代の知識を捻りだしてみると、漫画とかゲームとかにはある程度のお約束があり、男性キャラの定番パターンから推察するに、リュカは『クールなインテリ枠』だと思われる。
インテリ枠なんて余所行きな表現をしてみたものの、要するに腹黒ポジションのことだし、マリージュの認識としてもリュカは腹黒である。
今のところマリージュに実害が及んでいないので特に気にしていないのだが、会話の端々に黒さがにじむことはあるし、リュカ自身、マリージュに己の黒さを隠そうとはしていないように感じている。
そんなリュカが怯えて縋り付いてくるなんて、つまりは命の危険を感じ取っているとか、そういうレベルのことなのではないだろうか。
だってバリケードまで張るのだ。「何となく怖い」とかいうソフトなレベルだとは到底思えない。
例の記憶の中の妹は第二王子一辺倒だったので、あのゲームの流れは第二王子について…しかも興味がなさすぎた関係で朧気にしか覚えていないが、王子との交流は、ただもうひたすらイチャこらしていたという鳥肌モノの印象しかない。
でも、他のキャラとの交流も同じテイストばっかりじゃ、ゲームのプレイヤーだってつまらないはずだから、他のパターンも織り交ぜてきているはず。
となると、腹黒リュカがミステリーだかサスペンスだか担当を充てがわれていても、それはもう順当というかお約束と言うか、納得感以外の何があろうか。
それ故に『得体の知れないナニか』。
(そっか、そういうことだったんだああぁぁぁ!!)
平和な日常に、じわりと非日常の気配が滲む。
ほんの少しだけ刺激的な、どきどきワクワクするような何かを感じて、マリージュは心が沸き立っていくような感覚を覚える。
学園に入学して、もしかしてゲームの世界なのかもと気づいた時、女の子向けゲームのことなんか何もわからない、格闘ゲーマーとしての記憶しか持たないマリージュが何故こんなポジションに置かれているんだろうと思わなくもなかったのだが、その疑問がスカッと晴れていくような気がした。
得体の知れないナニか(※マリージュは『ナニか君』と命名した)と戦う気概が求められているのだ。きっと、そういうことなのだ。
俄然、格闘ゲーマーの闘争本能に火が付いた。
「おっけーリュカくん! わたし全然怖くないから、一緒に立ち向かうよ!」
マリージュはメンタルの強さだけなら大抵のものに勝てる。リュカには勝てないにしても、少なくとも女子でマリージュを超えるメンタルの持ち主はまずいないと言ってしまえるくらいには頑強なメンタルの持ち主と言える。なので、『気概』の部分は申し分ないだろう。
だが、何ら『戦う術』を持っていないという現実に、今のところマリージュは気づいていない。
そう、JKマリージュは、格闘ゲーマーとしては十分すぎるほどの場数をこなしてきたかもしれないが、それはあくまでも『キャラクター操作』の経験値にすぎない。
指先のボタン操作で画面上に技を繰り出していたダケにすぎず、己の身体から繰り出せるリアルな技を何かしら持っているわけでもなく、防御力の高いフィジカルを誇っているわけでもなく、生身では全くもって無力だという事実に気づくこともないまま、マリージュはもう勝てる気になっていた。
だって、こういうのは気持ちが物を言うのだ。
マリージュの持論としては、気持ちで負けなければ、それは即ちいずれは勝てるのだ。
格ゲーだって、はじめは勝てないけど、しつこく喰らいついていくうちにだんだん勝てるようになっていくのだ。
そういうものなのだ!
そんなマリージュの盛大な脳内暴走に当然気づきながらも、リュカはそこは軽くスルーして、
「ありがとうリジュ。これからはなるべく俺と一緒にいてね?」
と、満面の笑みを浮かべたのであった。




