24. そして芽生えるもの<リュカ視点>
そうやって何年かを過ごし、リュカとマリージュは、茶会やちょっとしたパーティーにも一緒に出席するようになった。
王家主催の茶会では、王女がマリージュに物凄い憎悪の籠った視線を送ってくるが、マリージュは見事な鈍感力を発揮して、華麗にスルーしていた。さすがである。
リュカは「醜悪だな」と思うだけで、王女には挨拶すらしなかった。…さすがである。
王女は未だにリュカを諦められないらしく、婚約者はいない。
そんな王女への警戒をリュカは解いておらず、国への忠誠心など最早皆無である。
マリージュに何かしかねない女と、それを容認する可能性を否定しきれない王家。全く尊重するにあたらない。
王女がリュカに近づくための口実に使いそうな一切合切を排除するため、同い年の第二王子とは距離を置くべく、側近への打診は断固として断ったし、王宮に近づきたくすらないから宰相にも絶対にならない。何なら家も継がない。
実はリュカは、ポケットマネーで行った投資で国外に個人的に一財産築いており、家に頼らなくても恐らく一生食べるには困らないため、マリージュを掻っ攫って国外逃亡するのもアリだなと、かなり本気で考えていた。
そもそもリュカは「最悪の場合は国を去ろう」という考えに至る両親の血を引いているので、完全に「この親にしてこの子あり」なのだ。
両親も、そんなリュカの思惑を感じ取ってはいるものの、「優先すべきは家より職より我が子」と定めた時点で既に腹は括ってあるので、後はもう本人に任せることにしているようだ。リュカが何よりも恵まれていたのは、子の思いを一番に考えてくれる両親と言っていいだろう。
そんなとき、マリージュが突然、「ひょおおおぉぉ」と、声を出しているわけではないのに、「全力で叫んだんだな」と何故か伝わってくるという、不思議なリアクションをした。
「なにマリージュ。どうしたの?」
リュカが横に目を向けると、マリージュは頬を赤く染め、目をキラキラと輝かせて、王の斜め後方に立つ威風堂々とした男性を見つめていた。
それは、子供も参加する、アルコールの提供もないような平和な茶会に姿を現すことなどまずない、リュカもほとんど見かけたことのない人物だった。恐らく、王族が複数名参加しているため万全を期すために同席しているのだろう。
「やばいリュカくんっ、あの人カッコいいっ」
リュカは、名のある家・役職の人間は全て頭に入っているので、会話をしたことはなくても、その人のことは以前から知っていた。
「ああ…騎士団長どののこと?」
「騎士団長さま! やっぱりっっ!!」
騎士団長とは直接面識がないマリージュでも、滲み出る風格や、近衛の中で一人だけ色味の異なるマントを羽織っていることなどから、彼がただの護衛ではないであろうことは察していたようだ。
そして、いつになく興奮した様子で、騎士団長をガン見している。
…いや、本当に、さすがに失礼にあたるんじゃないかと思いたくなるレベルでガン見している。
(…やっぱり、おっさん趣味なのか…?)
最初の一瞬こそそう思ったリュカだったが、溢れる歓喜を隠そうともしないマリージュに、何故だか若干イラッとする自分を感じた。
「―――――どこが格好いいって?」
リュカは胸中の漣を覆い隠しながら、極力さりげなく問いかける。
そんなリュカの心の内に気づくはずもないマリージュは、満面の笑みを浮かべながら、無邪気に答えた。
「目と髪と髪型とっ! 理想がいる! はじめて理想の男の人に会えた!!」
マリージュのその言葉に、リュカは思いがけず動揺した。
リュカはずっと、マリージュは他人の外見には興味がないんだと思っていた。
理想の容姿があるだなんて、思ってもみなかったのだ。
騎士団長は、眼光するどく黒い瞳の色と相まってキリリとしており、精悍な印象を強くしている。
かたそうな黒髪は、襟足とモミアゲは刈り上げられ、全体的に短くこざっぱり。
身長が高い上に、がっちりと筋肉がついており、異様にデカい印象の体。
重低音のハリのある声。
落ち着いていて頼りになりそうな、大人の男。
大人びてはいるがまだ決して大人とは言えない、まだ少年から抜け出しきれていないリュカとは、あまりにも違いすぎている。
リュカの中の黒いものが、どろりと音もなく溢れ出てくる感覚がした。
これは何に対するどういった感情なのか―――――
「…俺もあんな髪型にしたら、マリージュは格好いいって思ってくれる?」
無意識のうちにぽつりと零していたリュカの呟きを、マリージュはしっかりと拾い上げた。
その上で、きっぱりと告げたのである。
「でもほら、リュカくん将来は坊主だから、今のうちに好きな髪型しとかないと。リュカくんはその髪型よく似合ってるよ?」
―――――ハゲ前提である。
もうあまりに平常運転のマリージュに、リュカは思わず笑みを零した。
こちらの様子を盗み見ていたらしい周囲から壮絶なる黄色い歓声が沸き起こったことで、リュカは、いま周りには気を許すことのできない他人がこんなに大勢いるというのに、マリージュが一緒なら自然と笑っている自分がいることに気づいた。
ああ、やっぱりマリージュだと 何がどうということではなく、ただそう思った。
リュカの容姿を気に入っている人達は、父や祖父のアタマを見て、リュカも将来ハゲる可能性があることはわかっているはずなのに、そこには必死に気づかないようにしている。
『理想のリュカ像』から少しでも外れることを全力で拒み、現実に訪れるかもしれない未来から目を逸らし続けている。
でもマリージュは、「リュカはハゲる」という謎の確信を持った上で、それを何ら気にすることなく、そういうものとして許容している。
するっと抵抗なく受け入れて、変わることなく側にいてくれている。
マリージュは、リュカの中に『特別』を求めない。
ただ、あるがまま。ただそのままのリュカでいいのだ。
リュカがマリージュ好みの容姿じゃないのは、もう仕方がない。
マリージュがリュカの容姿に少しでも興味があったのなら、リュカはマリージュに興味を持つことはなかった。
今があるのは、マリージュ好みじゃないこの容姿のおかげなのだから、そこに拘っては釈根灌枝というものだ。
他の男に熱い視線を送られるのは全くもって面白くないが、今更マリージュに容姿で興味を持って貰ったところできっと虚しくなるだけだろうし、ここはもう割り切るしかない。
…いや本気で面白くないが。
『他の男』という部分が
思いのほか、この上なく。
―――――なるほど
自分にも、そういう感情があったらしい。
やるせない気持ちはきっとずっと消えることはないが、それよりも大切にしたいのは、どんなに黒い姿を晒しても、黒い中身ごと受け入れてもらえること。
耳障りが良いだけの美しい言葉は要らない。
「わたしだけは本当のあなたを理解してる」とか言われたところで、嬉しいどころか、いっそのこと嘘くささにシラケるだけ。
求めているのは、そんな上っ面ではなくて
自分も、この黒くて冷たい腹の内を晒すから
みっともなくていいから、泥臭くていいから、マリージュのありのままを晒してほしい。
―――――ただ
こんな感情に気づいてしまったからには、いつまでも子供のままでいるつもりはないってことは、ちゃんと示していく必要があるだろう。
恋愛スイッチが見当たらないからといって、易々と見逃してなんてやらない。
わからないならわかるまで、ずっとわからないままなら一生かかってでも、根気強くこの思いを示し続けて、そしていつか粘り勝ってみせよう。
こうして、リュカの溺愛モードは解禁される。
「溺愛のはずがない」なんて
もう勘違いでも言えないくらいの過剰供給が、そう遠くない未来に待ち構えている。
「コレが溺愛に見えますと?」完結です。
おつきあいくださった皆様、ありがとうございました。
気の利いたお礼もご挨拶も浮かばないような作者ですが、
またいつか、お目にかかれたら嬉しいです。
応援などいただけましたら、なお嬉しいです。
でもバッシングは怖いです…




