23. 気を抜ける存在<リュカ視点>
マリージュとの交流は、それはもう理想的な、何のストレスも感じさせないものだった。
マリージュは、リュカの一挙手一投足にいちいち反応しない。
リュカに壮大な夢を見ることも、過剰な期待を寄せることもないので、黒さ漂う腹の内をチラつかせてみても驚かれることも引かれることもなく、ただ「そういうもの」として受け入れてくれる。
マリージュは自分自身のことも気にしないので、飾ったり取り繕ったりもしない。
ヨダレを垂らしながら居眠りをする、高位貴族のご令嬢として果たしてどうなんだろうという姿も、マリージュの兄が大人な対応で敢えて負けてくれたことに気づかず、「おにいさまと勝負してプリンを勝ち取った!」とドヤるいささか残念な姿も、恥ずかし気もなく晒してくれる。
「リュカがマリージュをどう思うか」も全く気にしていないので、顔色を窺ったり、媚びへつらうこともない。
ちゃんと、嫌なことは嫌だと伝えてくれるし、リュカからのお誘いも都合が悪ければ容赦なく断ってくる。
あくまで対等な立場で接しており、むやみにリュカを立てたり、反対に自分を下げたりもしない。
リュカは、自分に取り入ろうとする人たちから良く思われたいと思ったことは一度としてない。
周囲が寄せて来る過剰な期待にいちいち応えてあげる気も、女性たちの思う理想の王子サマ像を体現してみせようなんて気もさらさらない。
どう取り繕ったところでリュカの中身が善良とは言えないことはしっかりと自覚した上で、それを恥じてもいない。元来リュカとはこういう人間なのだ。見誤ってるのは向こうの方なのだから、わざわざリュカが下手に出てあげる必要性が何処にあるというのか。幻滅でもなんでも勝手にすればいい。
ただ、周囲の目を気にしていないからといって、「周りに他人がいる状況を何とも思わないか」と問われると勿論そんなことはなく、無意識のうちに気を張ってしまう部分はどうしてもあった。
何度も誘拐されかかっているリュカにとっては、少しの油断が冗談抜きで命取りになるのだ。「隙を見せたら殺られる」的な極度の防衛本能が備わってしまっていたとしても、ある意味当然の帰結と言っていいのではないだろうか。
近くに他人がいるだけで、気配を感じるだけで、どうしても神経が張り詰める。不意の行動も含めてあらゆる可能性を想定して全方位を警戒する。寝ているときだって微かな人の気配にも反応してしまう。頑丈な体とオリハルコン級のメンタルに生まれついていなかったら、とっくに壊れていたに違いない。
そんなリュカも、マリージュの前では肩の力を抜くことができた。
「マリージュの言動に癒されている」とは残念ながら言えない。
マリージュは、あの年齢の子供としては出来過ぎなレベルに寛容ではあるのだが、それは単に粗方気にしていないだけのことであって、間違っても穏やかな気質ではない。
体はちびっちゃいし、顔は脱力系でありながら、マリージュは何故かやたらと物騒なことに関心が高く、戦いとか勝負事とかが大好物である。
怖いもの知らずな一面もあり、女の子がまず近づかないようなところにも、嬉々として一番乗りしようとする。
それでいて、向こう見ずに突進していくばかりかと言えば決してそうではない。これはヤバそうという胡散臭いヤマには、ものの見事に寄り付かない。
残念ながら才女とは言えないのだが、嗅覚の鋭さに加えて適応能力も高く、処世術として括ればズバ抜けた才能の持ち主と言え、若干のアホっぽさもご愛敬の域にとどめておけている。
まあ、時々暴走してやらかすこともあるのだが、絶妙に制御して最終的にはほどほどに着地させてくるため、大惨事に至ることがない。
助けがなくても自力で何とかできるし、そもそも「リュカに助けてもらおう」という考えを持っていないため、フォローしなかったからといって拗ねたり根に持ったりすることはなく、煩わしさを引き摺る心配もない。
そう、余計な気を遣る必要が一切ないのだ。
加えて、マリージュは どこまでも正直で嘘がつけないし、嘘をつくつもり自体がないのである。
人が嘘をつく状況と言ったら、叱られたり責められたりする状況から逃れたいとか、自分にとって都合が悪いことを隠したいとか、格好悪いところを見せたくないとか、いくらでもあるだろう。
だがマリージュは、格好悪い姿を晒すことに何ら抵抗感がないので、虚勢をはることがない。
子供の嘘などいずれ必ずバレるものと達観していて、「隠したところで状況は悪化するだけ」と嘯き、はじめから隠そうとしない。
叱られても責められても物ともしないだけのメンタルを持っているからか、逃れようともしない。
リュカはマリージュと常に一緒にいるわけでもないのに、それでもちょいちょい目にするくらいの頻度でマリージュは家族から叱られているのだが、叱られることを厭わない姿勢がありありと見て取れる。いっそのこと「これも侯爵家流のコミュニケーションなのか…?」と思いたくなってしまうくらい、いつも正々堂々真正面から叱られている。
そのくらいマリージュには裏や思惑がないことが明白だったし、その姿勢はどれだけ月日が流れようとも少しも変わることはなかったため、次第に裏を読もうとする労力の方がいっそのこと無駄だと思えるようになっていき、結果、リュカの力はどんどん抜けていったのだ。
歳月を重ねるごとに、それは信頼へと形を変えていき、リュカは、マリージュといると、自然と笑みがこぼれるようにすらなった。
いつも自然体で、何ら見返りを求めないマリージュの隣は、どこよりも居心地のいい場所になっていった。
マリージュはといえば、相も変わらずリュカに対して特別な感情を抱くことはないままだったが、付き合いの長さの分だけ『オトモダチとして』だとしても親しみが増して行っていることは感じ取れている。
リュカにしてみても、マリージュを『躊躇なく自分をさらけ出せる唯一無二な存在』だと思う気持ちには少しも変わりはないのだが、そこに恋だの愛だのがあるかと問われると、正直何とも答えにくいところだった。
相棒のような。戦友のような。
もしかしたらそんな形が近いのかもしれないが、「絶対に失くしたくない」という強い思いは、間違いなくある。
とりあえずは、それでいいと思っていた。
今の感情がどんなものであろうとも、もう縁は結ばれているのだから、
ゆっくり、じっくり、
絆を紡いで行くプロセスすらも楽しめばいいと。




