22. 衝撃の出会い<リュカ視点>
そんな、ひねたような日々を送っていたある日。
とある茶会に渋々参加していたリュカの耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。
「宰相のおじさま、カッコイイ…」
(―――――え、うちのハゲ親父…?)
リュカの父は、当代一のキレ者として名高くはあるが、カオは完全にフツメンである。その上、まだ三十代前半だというのに頭髪は非常に心もとなく、「何故あの傾国の美女の心を射止めることができたのか???」と、まるで今世の七不思議かのように語られているという、誇らしいと言っていいかわからない評価を受けている男でもある。
好みの差はあるにしても、見た目から格好良さを見出すのは相当難易度が高いように思うのだが…。
ちなみに、リュカの母は、なまじっか自分の最強の顔面を見慣れてしまっているが故に他人のカオの美醜などドングリの背比べにしか感じられず、人間のカオの造作に価値を覚えなくなっているため、全く面食いではないということを申し添えておく。
リュカが、声のした斜め後方をちらりと仰ぎ見てみると、リュカと同じくらいの年頃の、タレ目で小柄な小動物系の女の子が、確かにリュカん家のハゲ親父のことを、キラキラした目で見つめているではないか。
周囲の視線を一身に集めているリュカのことなぞ視界にも入っていないかのように、ハゲ親父のことだけを、熱心に。
リュカは、呆気にとられた。
自分が眼中にないのはいい。むしろ歓迎する。
だが、純真無垢な少女がキラキラした目で見つめるのが、何故うちのハゲ親父??
(オジ専とか枯れ専とかいうアレか…?)
俄然、興味がわいた。
話してみたいと思う子に出会ったのは初めてのことだった。
「宰相殿のどんなところを格好いいと思ったの?」
突然話しかけられ、その子は驚いたようにリュカの顔を見たが、『リュカの顔を見たこと』によっては、表情の変化はなかった。
リュカの顔を見て、頬を赤らめたり舞い上がったりすることがないなんて―――――。
それだけでも、この子は貴重な存在と言えた。
リュカの問いかけの意図がわからなかったのか不思議そうな顔をしていたその子は、少し考えた後、気を取り直したかのように口を開いたのだが…。
その答えは、リュカの想像の上を行くものだった。
「えっと、髪型が」
「―――――髪…? ……ハゲが好きってこと…?」
リュカは、もしかすると生まれて初めて、同じくらいの年頃の子供の言葉に度肝を抜かれた。
しかも、ハゲとかを面白がるようなヤンチャ坊主が相手だったのならまだしも、この子はまぎれもなく女の子なのだ。「甘やかしてくれる大好きな祖父に似ている」といった理由で懐く可能性はあるように思うが、それがカッコイイに繋がるとはちっとも思えず、リュカは、真意を探るかのようにまじまじとその子を見つめた。
「ハゲそのものじゃなくて、ハゲを誤魔化そうとしないところって言うか…。『誤魔化さずに剃る潔さ』みたいな」
その子の言葉には、何の迷いもなかった。
本気で、「小細工するより剃ることを選んだ」という部分を讃えているらしい。
「剃ったってハゲはハゲだけど、そこは気にならないの?」
リュカは、この子の心を知りたくなった。
「もっと話をしてみたい」なんて、自分がそんなことを望む日が来るなんて想像したこともなかったけれども、でも、そんな自分も何だか悪い気分ではなかった。
「だって好きでハゲるわけじゃないし、それはもう仕方ないじゃない? 頑張って何とかなることなら足掻くのもアリだけど、現実を受けとめて、足掻くより決別を選べるところが、かっこよくない?」
八歳前後の女の子が。
見た目ではなく、為人で、格好よさを語っている。
リュカの父についてパッと見で語れる部分なんてあの頭髪くらいなものだろうに、そこに至るまでの葛藤と決断を慮って、その心の在り方を手放しで評価している。
迂闊にも感心してしまい、「…そう、だね」と、思わずリュカが呟くと、その子は、
「でしょ? カッコいいよね!」
と、輝かんばかりの満面の笑みを浮かべた。
その後も、その子は朗々と「潔さとは」について語っていたが、リュカの顔をちらちら覗き見たりすることは全くなかった。
この子は本当に、リュカの顔に興味がないのだ。
この年齢で、見た目に惑わされることなく本質をとらえることの尊さを、建前ではなく真に理解しているのだ。
そして、直感した。
この子なら、父だけでなくリュカのことだって外見ではなく為人で見てくれるはずだし、リュカの中身がどうであったとして、好かれるかどうかは一旦置いておくとして、きっと、あるがまま受け入れてくれるのだろうと。
(こういう子は、そうそう得難い)
リュカは即座に決断した。
その場でマリージュから名前を聞き出し、その日のうちに父親に、マリージュとの婚約を取り付けて貰えるよう迫った。
「どうしてその子がいいんだい? 王女さまと何が違ったんだい?」
「マリージュ嬢は、僕がハゲても気にしないので」
「リュカくん、いま父を当て擦ったね!?」
だが父にも、リュカの望むものは理解できたらしい。理由こそ尋ねられたものの反対することはなく、すぐに婚約を整えるべく動いてくれた。
リュカの父は、国も、家も、下手したら自分の命さえも、あっさり投げ出してしまいかねないリュカが、「自ら強く欲するものを見つけた」ということに心の底から安堵していたのだ。少なくともこれで、生きていくことに対して希望が生まれるに違いないと。
宰相という立場上だいたいの貴族家のことは把握しているので、当然マリージュの家のことも知っている。家格は十分。派閥や政治バランス的な不都合もない。
候爵夫妻は豪胆で豪快ではあるが常識は弁えているし、領地経営も順調であり、これといって問題や懸念点は見当たらず、変に足を引っ張られる心配はない。嫡男(※マリージュの兄のこと)も、目立ちはしないがやらかすタイプではないので、まかり間違ってマリージュが家を継がなければならないような事態に陥ることもないと言っていいだろう。
ならば、リュカの願いを叶えてやらないなんて選択肢は、愛妻家で子煩悩なリュカパパの中にはなかった。
この国は不敬罪で命を取られることはない。王の命令に従わなかったとしても、爵位か財産を取られるか、職か国を追われるかである。
そしてリュカパパは当代随一の切れ者。爵位や職を失ってもそれなりに稼げるだけの頭脳と手腕があるし、支援者は自国に留まらず他国にもいる。…まあ、傾国の美女(※リュカママ)にいい顔したいだけの輩が多いような気もしないではないが、手を貸してくれることに間違いはない。
リュカママは、自分自身に価値があることをがっつり自覚しているため、夫の地位や爵位にはさほど重きを置いておらず、「わたくし達であれば、どうとでも生きて行けますでしょ?」と柔軟に考えることが出来る女性である。リュカを犠牲にしてまで現状に固執するようなタイプではない。
となれば、優先すべきは家より職より我が子だった。
かくしてリュカパパは、例え王に渋いカオをされようとも、反感を買おうとも、王が認めてくれないのであれば最悪は国を去ることになろうとも、何としてでもリュカとマリージュの婚約を成立させてみせるという気概でもって、王の了承を取りつけに挑んだのだ。
王は複雑そうな顔をしていたものの、それがリュカ自身の強い要望である以上、却下することはできなかったという。
治世者の嗅覚により、下手したらリュカ本人どころか、切れ者宰相と傾国の美女をも失う可能性を敏感に感じ取っていたに違いあるまい。
もちろん王女は泣き喚いて大変だったらしいが、そんなんリュカの知ったことではない。




