21. 傾国の複製品<リュカ視点>
リュカは、全てを持ち合わせていると言っても過言ではないくらい飛び抜けて恵まれていた。家柄も、容姿も、才能も。
特に容姿は、傾国の美女と名高い母親の顔面をものの見事に受け継ぎ、子供の頃は美少女としか思われず、危うく誘拐されかかったことも数知れず。
我が身を守るために、剣術体術を身に付け、いざという時に一人でも切り抜けられるようありとあらゆる知識を吸収した。もともとのポテンシャルの高さ故に、スポンジが水を吸い込むが如く、さして苦もなく高レベルで習得していった。
これにより、子供ながらに概ね自分の身は自分で守れるようになったのだが、周囲の評価も更にうなぎ登ることとなり、窮屈度は増すばかりになってしまった。
ただ単に人生イージーモードなだけならまだいくらかマシだったのだろうが、リュカの場合は、母の顔に似すぎていたことがマイナス方向に作用してしまっていた。
それは自分の顔である以前に母親の顔であり、自分のもの…自分自身への評価として捉えることができなかったのだ。
それなのに、行く先々で顔面を崇め奉られ、取り囲まれる日々。
称えるべきはオリジナルの母であって、しょせん自分は母の複製品でしかないと思っているリュカには、リュカを崇める意味がどうしても分からない。
更に、おそらくリュカ史上最も多感で繊細だったであろうこの時期こそ、情操教育上好ましいとは言い難い類の大人達にとっても千載一遇のチャンスだった。
なんたって、リュカの父は、公爵家の当主であり国の政策の要を担う宰相。
そして母は、他国にまで名が轟き渡っている絶世の美女であり、社交界の華。
お近づきになりたい人間は国内にとどまらず、ごまんといる。
「リュカを介して両親に近づきたい」と安易に考える大人など所詮は小者。何かしらの恩恵を賜りたいという意図が見え見えな上に、リュカがまだ子供だからと思ってか、平気で雑な手口を使ってくるのだ。
「父君はあちらにいたよ? 私が連れていってあげよう。だから宰相どのに『親切にしてもらった』と一言申し添えて貰えないかな?」
「せっかくのご縁だし、今度我が家に遊びにおいで。是非、母君もご一緒に」
「うちの息子、リュカくんと同い年なんだけど仲良くしてもらえないかな? ところでリュカくんはもう第二王子殿下とは交流しはじめているの? うちの子もご一緒させてもらいたいなあ」
リュカの知能と経験値は下手な大人よりも遥かに高いというのに、そんな分かり易すぎる浅慮極まりない手口でもまあイケるだろうと思われていること自体、侮辱でしかない。
こんな心境でいるからには、如何に褒められようとも心からの賛辞であろうとも素直に受け取ることなどできるはずもなく、もうただただ「鬱陶しい」としか感じられなくなっていたとしても致し方なかったのではないだろうか。
リュカが八歳のとき、三歳年上の王女との婚約の話が持ち上がった。
何でも、「リュカに一目惚れした」とかいう王女たってのご希望だったそうだ。
話したこともないのに いきなり婚約だなんて―――――
それはつまり、「価値があるのは見目だけであり、リュカの人格などどうでもいい」と言われているようにしか、リュカには感じられなかった。
―――――いや、客観的な視点で言わせて貰えるなら、さすがに王女はそんなことは考えていなかっただろう。
なんせ、王女といえども、まだ只の子供に過ぎない。「きゃ~っ! あの子めちゃめちゃ素敵~っ!! 結婚した~い!!」ってなレベルでしかなかっただろうと思うのだ。
だが、リュカはそんな平和な次元に生きて来てはいなかった。
誘拐されかかったことも一度や二度ではないのだ。リュカにとって世界とは、夢も希望も幻想もなく、ただ殺伐としたものでしかなかった。
しかも、リュカはこの時まだ八歳。骨格や肉付きに男女差が生じてくる前である。
この時期のリュカは、幼少期の母親と本気で見分けがつかないほど瓜二つであり、「リュカの容姿が好き」とは、つまり「母の容姿が好き」に他ならなかった。
そんなにこのカオが気に入ったのなら、複製品のリュカではなくオリジナルの母と茶でも飲んでりゃいいではないか。
「母君ではなくリュカがいい」とか言われたって、自分で言うのも何だが八歳のリュカは『パンツスタイルの美少女』以外の何モノでもなく、「異性として」みたいなことを持ち出されても正直なところ違和感しかない。
男装の麗人に対する駆け引きを必要としない偶像崇拝にも似た憧れを、疑似恋愛的に楽しんでいるとしか思えず、母に乗馬服でも着てもらえばそれで事足りるお話としか感じられない。
そんなオママゴトに、勝手に人の一生を縛り付けないで欲しい。
そもそも、リュカが父似だったなら見向きもしないに決まってる人たちから何を言われたって、まともに取り合う気にもならない。
(要するにアクセサリーみたいな扱いなんだろう)
リュカは秒で断った。
宰相である父は、国への忠義から何とかリュカを説得しようと言葉を尽くしていたが、リュカは頑として受け入れなかった。
王女を彩るために搾取される人生に、何の価値があると言うのか。
リュカには権力欲も承認欲求もないため、王家に求められたからといって有頂天になることも優越感に浸ることもない。うざったい役割を否応なしに強要されたとしか思えない。しかもそれは一時的なお話などではなく、死ぬまで絶え間なく続いていく苦行なのだ。
当時のリュカには、それでも生きていたいと思えるほどの何かがあったわけではなく、殺伐とした世界でただ息をしているだけの今に加えて、望まぬレールの上を強制的に歩まされるといういっそ絶望にも似た未来を突き付けられたようにしか感じられず―――――
自分の人生に対して、『生』というものに対して、投げやりな気持ちになってしまったとしても、頭ごなしに咎めるのは酷なことのように感じられてしまう。
「こんな結婚を強いるのでしたら、僕が国のために尽くすことは今後ありません。命は要りません。国も家も、どうとでもなりやがれ」
平然と王家に歯向かう八歳の息子に、リュカの父は顔面蒼白になったが、自分の命を事も無げに「要らない」と言い捨てる息子の感情のない冷めきった瞳に、国も家も本気で捨てるだろうこと、無理に話を進めたら自死を選びかねないことを切実に感じ取り、職を辞す覚悟をもって、必死に王に頭を下げた。
リュカの闇落ち寸前感を敏感且つ的確に察知した王は、「次代を担う優秀な人材を失うわけにはいかない」と、この話はなかったことにしてくれたという。
確かに王は、リュカの将来性に期待してくれていた面もあるだろう。
だが、それよりも何よりも、当時八歳にして既に一大勢力を成すほどの異常な人気を獲得していた、ぶっちゃけ王家よりも遥かにカリスマ性の高い、まさに傾国の美少年に対して、「本人の意思に反して無理に婚約を通した」なんて話が広まりでもしたら、王家が国民から総スカン喰らうだろうことは火を見るよりも明らかだった。
暴動でも起きてしまったら、取り締まり対象が「国内のほとんど全ての女性」となってしまいかねず、おしなべて罰することはまず不可能と言うしかない。
よって、「時勢を読み、国の崩壊につながりかねない事態を回避した」というのが、恐らく真実なのだろう。
王女はもちろん大人しく受け入れはしなかったが、「自分の魅力でリュカを振り向かせたらいい」と諭され、「それもそうか」と、とりあえず了承してしまったらしい。
まさかその後、完膚なきまでにスルーされ続けることになろうとは想像だにしなかったに違いない。
何とも恐ろしいことにリュカは、齢八歳にして、自分の命を楯に脅しをかけること、そしてそれが通用することを覚えてしまったのだ。
『リュカという存在を失いたくない勢』が相当数いるうちは、リュカに何かを強制することはほぼほぼ不可能になってしまったと言っていい。
王家にとっては痛恨の極みだったことだろう。
**こぼればなし?**
本作は、「婚約者同士の二人の仲が一歩前進するお話」なので、
作者は「ほのぼの」のつもりでおります。
主人公が図太かろうとも、ヒーローがこっぴどかろうとも、
「ほのぼの」が成り立たないなんてことは…ない…ですよね…?




