18. リュカ③溺愛の扉は開かれる
そうやって何年かを過ごし、リュカとマリージュは、茶会やちょっとしたパーティーにも共に出席するようになった。
王家主催の茶会では、王女がマリージュに物凄い憎悪の視線を送ってくるが、
マリージュは見事な鈍感力を発揮して、華麗にスルーしていた。さすがである。
リュカは『醜悪だな』と思うだけで、王女には挨拶すらしなかった。 …さすがである。
王女は未だにリュカを諦められないらしく、婚約者はいない。
そんな王女への警戒をリュカは解いておらず、国への忠誠心など最早皆無である。
マリージュに何かしかねない女と、それを容認しかねない王家、全く尊重するにあたらない。
王女がリュカに近づくための口実に使いそうな一切合切を排除するため、王子と距離を置くべく側近にもならなければ、王宮に近づきたくすらないから宰相にもならない。何なら家も継がない。
実はリュカは、ポケットマネーで行った投資で国外に個人的に一財産築いており、家に頼らなくても食べるには困らないため、マリージュを掻っ攫って国外逃亡するのもアリだなと、かなり本気で考えていた。
ガチで国も家も捨てかけているリュカであった。
そのとき、マリージュが突然、
「ひょおおおぉぉ」
と、器用にも、声なく全力で叫んだ。
「なにマリージュ。どうしたの?」
リュカが横に目を向けると、マリージュは頬を赤く染め、目をキラキラと輝かせて、王の斜め後方に立つ威風堂々とした男性を見つめていた。
それは、子供が参加するような平和な茶会に姿を現すことなどまずない、リュカでもほとんど見かけたことのない人物だった。
「やばいリュカくんっ 騎士団長さま、カッコいいっ」
リュカは、名のある家・役職の人間は全て頭に入っているので、騎士団長のことも以前から知っていたが、マリージュは面識もないはずだ。それでも、近衛の中で一人だけ色味の異なるマントを羽織っていることや、滲み出る風格から、彼がただの護衛ではないことを察したようだ。
そして、いつになく興奮した様子で、騎士団長をガン見している。
(…やっぱり、おっさん趣味なのか?)
瞬発的にそう思いたくなったリュカだが、
溢れる歓喜を隠そうともしないマリージュに、若干イラッとする自分を感じた。
「どこが格好いいって?」
リュカは胸中の漣を覆い隠しながら、極力さりげなく問いかける。
リュカのモヤモヤに気づいていないマリージュは、満面の笑みを浮かべながら、無邪気に答えた。
「目と髪と髪型とっ 理想がいる!はじめて理想に会えた!!」
リュカは、思いがけず動揺した。
マリージュは、他人の外見に興味がないと思っていた。
理想の容姿があるなんて、思ってもみなかったのだ。
騎士団長は、眼光するどく、黒い瞳の色と相まってキリリとしている。
かたそうな黒髪は、襟足とモミアゲは刈り上げられ、全体的に短くこざっぱり。
身長が高い上に、がっちりと筋肉がついており、異様にデカい印象の体。
重低音のハリのある声。
落ち着いていて頼りになりそうな、大人の男。
大人びてはいるがまだ決して大人とは言えないリュカとは、あまりにも違いすぎる。
リュカの中の黒いものが、どろりと溢れ出てくる感覚がした。
これは何に対するどういった感情なのか。
「…俺もあんな髪型にしたら、マリージュは格好いいって思ってくれる?」
無意識のうちにぽつりと零したリュカの呟きを、マリージュはしっかりと拾い上げた。
その上で、きっぱりと告げたのである。
「でもほら、リュカくん将来は坊主だから、今のうちに好きな髪型しとかないと。
リュカくんはその髪型似合ってるよ?」
―――――ハゲ前提である。
もうあまりに平常運転のマリージュに、リュカは思わず笑みを零した。
こちらの様子を盗み見ていたらしい周囲から、壮絶なる黄色い歓声が沸き起こっていたが、そんなものどうでもいい。
リュカの容姿を気に入っている人達は、父のアタマを見て、リュカもハゲる可能性があることはわかっているはずなのに、そこには必死に気づかないようにしている。
『理想のリュカ像』から少しでも外れることを全力で拒み、現実になるかもしれない未来から目を逸らし続けている。
でもマリージュは、『リュカはハゲる』という謎の確信を持った上で、それを何ら気にすることなく、許容している。
受け入れて、変わることなく側にいてくれている。
マリージュは、リュカの中に特別を求めない。
ただ、あるがまま。ただのリュカでいいのだ。
リュカがマリージュ好みの容姿でないのは、もう仕方がない。
マリージュがリュカの容姿に興味があったら、リュカはマリージュに興味を持たなかった。
今があるのは好みじゃない容姿のおかげなのだから、そこに拘っては釈根灌枝というものだ。
他の男に熱い視線を送られるのは、まったくもって面白くないが、
今更マリージュに容姿で気に入って貰ったところで、きっと虚しくなるだけだ。
いや本当に面白くはないが。
『他の男』という部分が
思いのほか、この上なく。
なるほど
自分にも、そういう感情があったらしい。
やるせない気持ちはきっと消せないが、それよりも大切にしたいのは、
どんなに黒い姿を晒しても、黒い中身ごと受け入れてもらえること。
聞こえがいいだけの美しい言葉は要らない。
『わたしだけは本当のあなたを理解してる』とか言われたところで、嬉しいどころか、いっそのこと嘘くさい。
求めているのは、そんな上っ面ではなくて、
自分も、この黒くて冷たい腹の内を晒すから、
みっともなくていいから、泥臭くていいから、マリージュのありのままを晒してほしい。
ただ
こんな感情に気づいてしまったからには
いつまでも子供のままでいるつもりはないってことは、
そろそろ示していくことにしよう。
恋愛スイッチが見当たらないからといって、
易々と見逃してなんてやらない。
こうして、リュカの溺愛モードは解禁される。
『溺愛のはずがない』なんて
もう勘違いでも言えないくらいの過剰供給が、遠くない未来に待ち構えている。
「コレが溺愛に見えますと?」完結です。
おつきあいくださった皆様、ありがとうございました。
気の利いたお礼もご挨拶も浮かばないような作者ですが、
またいつか、お目にかかれたら嬉しいです。
応援などいただけましたら、なお嬉しいです。
でもバッシングは怖いです…




