17. リュカ②恋や愛とは違うとしても
マリージュとの交流は、それはもう好ましいものだった。
マリージュは、リュカの一挙手一投足に、いちいち反応しない。
リュカに壮大な夢を見ることも、過剰な期待を寄せることもないので、黒さ漂う腹の内をチラつかせてみても引かれることがなく、『そういうもの』として受け入れてくれる。
マリージュは自分自身のことも気にしないので、飾ったり取り繕ったりもしない。
ヨダレを垂らしながら居眠りをするイケてない姿も、3つ年上の兄上どのが、大人な対応であえて負けてくれたことに気づかず、「おにいさまと勝負してプリンを勝ち取った!」とドヤる残念な姿も、恥ずかし気もなく晒してくれる。
『リュカがマリージュをどう思うか』も全く気にしていないので、顔色を窺ったり、媚びへつらうこともない。
ちゃんと、嫌なことは嫌だと伝えてくれるし、リュカからのお誘いも都合が悪ければ容赦なく断ってくる。
あくまで対等な立場で接しており、むやみにリュカを立てたり、反対に自分を下げたりもしない。
リュカは、自分に取り入ろうとする人たちに良く思われたいと思ったことは一度もない。
どう取り繕ったところでリュカの中身が善良とは言えないことは自覚しているし、周囲の期待に応える気も、理想の王子サマ像を体現しようなんて気も、さらさらない。幻滅でもなんでも勝手にすればいいと思っている。
だが、周りからの評価は気にしていないからといって、『周りに他人がいる状況を何とも思わない』かと言うとそうではなく、無意識のうちに気を張ってしまう部分があった。
誘拐されかかった過去から思うと止むを得ないと思うのだが、『隙を見せたら殺られる』的な防衛本能が備わってしまっていたのだ。
でも、マリージュの前では、肩の力を抜くことができた。
『マリージュの言動に癒されている』というのとは少し違う。
マリージュは、あの年齢の子供としては出来過ぎなレベルに寛容ではあるが、それは単に粗方気にしていないだけであって、間違っても穏やかな性質ではない。
体はちびっちゃいし、顔は脱力系でありながら、マリージュは何故かやたらと物騒なことに関心が強く、戦いとか勝負とかが大好物だ。
怖いもの知らずなところもあり、女の子が近づかないようなところにも、嬉々として一番乗りする。
それでいて、向こう見ずに突進していくのみかと言えば、決してそうではない。
これはヤバいという胡散臭いヤマには、ものの見事に寄り付かない。
残念ながら才女とは言えないのだが、嗅覚の鋭さに加えて適応能力も高く、処世術として括ればズバ抜けた才能の持ち主と言え、若干のアホっぽさも ご愛敬の域にとどめておけている。
まあ、時々暴走して やらかすこともあるのだが、絶妙に制御して、最終的には ほどほどに着地させてくるため、大惨事に至ることがない。
助けがなくても自力で何とかできるため、『フォローしなければ』と気負う必要がない。
そんなところも、気を抜けるポイントの一つとなったのだ。
加えて、マリージュは どこまでも正直で嘘がつけないし、嘘をつくつもりもない。
人が嘘をつく状況と言ったら、格好悪いところを見せたくないとか、自分にとって都合が悪いことを隠したいとか、叱られたり責められたりする状況から逃れたいとかだろうが、マリージュは、格好悪い姿は堂々と晒すし、子供の嘘など絶対にバレるものと明らかに達観していて、隠しても状況は悪化するだけだと、はじめから隠そうとしない。
叱られても責められても物ともしないだけのメンタルを持っているからか、逃れようともしない。
常に一緒にいるわけでもないリュカがちょいちょい目にするくらいの頻度で、マリージュは家族から叱られているが、いっそのことそれも侯爵家流のコミュニケーションなのかと思ってしまうくらい、真正面から叱られている。叱られることを厭わない姿勢がありありと見て取れる。
そのくらいマリージュには裏や思惑がないことが明白だったため、裏を読もうとする労力の方がいっそのこと無駄だと思えるようになっていき、結果、リュカの力はどんどん抜けていったのだ。
年月を重ねるごとに、それは信頼へと形を変えていき、
リュカは、マリージュといると、自然と笑みがこぼれるようにすらなった。
いつも自然体のマリージュの隣は、どこよりも居心地のいい場所になっていった。
マリージュはといえば、相も変わらずリュカに特別な感情はないが、『仲のいいオトモダチ』とは思ってくれているようだ。
リュカにしてみても、マリージュは、躊躇なく自分をさらけ出せる存在だという点については何ら異論はないのだが、そこに恋だの愛だのがあるかと問われると、正直何とも答えにくいところだった。
相棒のような。戦友のような。
もしかしたらそんな形が近いのかもしれないが、『絶対に失くしたくない』という強い思いは、間違いなくある。
とりあえずは、それでいいと思っていた。
今の感情がどんなものであろうとも、もう縁は結ばれているのだから、
ゆっくり、じっくり、
絆を紡ぐプロセスすらも楽しもうと。




