14. 地雷は踏み抜かれた
一方その頃、マリージュは悟るに至っていた。
「この戦いはゲリラ戦である」と。
格ゲーは、お互いが所定の位置につき、「レディ・ファイッ」でバトル開始になるが、リアルの世界では所定の位置もなければ何のゴングも鳴らない。
いつ戦いは始まるのか。どこから攻撃を仕掛けてくるのか。敵は『未知なる何か』でもある。何をもって敵と判別すればいいのかも定かではない。
そもそも、現状マリージュには敵が見えていない。
形勢は圧倒的不利なように思われた。
今日も今日とてマリージュは、リュカの楯としてのお役目を全うしているので、前方からの攻撃なら概ね防げるとは思う。
けれども、リュカのホールドにより、あんまり自由に動けないのだ。
横や後ろからの攻撃には無力に近く、そこは公爵家の護衛さんに丸投げするしかなさそうだ。
とりあえず、最初の一撃は潔く喰らうしかないのかもしれない。
攻撃してきたからには間違いなく敵なのだから、それから反撃に転じよう。
マリージュは、攻撃を喰らうことに対して躊躇なぞない。
何故なら、マリージュにとって戦いとは『格ゲー』だからだ。
ダメージを恐れて逃げ回るなんぞ言語道断。ある程度攻撃を喰らうことは覚悟の上で果敢に攻め込み、喰らう以上のダメージを相手に与えることで勝利を掴み取る。ギリギリであれライフゲージが残ってさえいればそれでいいのだ。何ならライフがゼロになってもラウンドツーになだれ込むだけのことだと思えば、痛くも痒くもない。
マリージュの魂には、その感覚が深く刻み込まれてしまっているのだ。
(願わくば、最初の一撃が、うっかりリュカくんに当たりませんように…)
痛くも痒くもないのであれば、別にリュカが喰らおうが構いやしないような気がするが、そういうところにはマリージュは無頓着であった。
そのとき、ふいにリュカの手がマリージュの腰に回され、通路から遠い方向にぐっと引き寄せられた。
(敵襲!?)
マリージュは瞬時に周囲を警戒する。
前方からは、ヒロインちゃんが向かってきている。
今日もマリージュには『ナニか君』は見えないが、とうとうバトルが勃発するのかもしれない。
だが、ヒロインちゃんは、すっとマリージュの脇を通り過ぎ…
たかと思ったら、何故か横にはじけ飛び、へにゃりと床に倒れ込んだのだ。
「???」
マリージュは状況が全く理解できず、困惑するしかなかった。
床に倒れているヒロインちゃんは、ぷるぷる震えながら、
「…あの…わたし横を通り過ぎようとしただけなんです…。えと、その…ごめんなさい、どうしてぶつかって…?」
と、怯えたような目をマリージュに向けた。
マリージュには、ぶつかった感覚は全くなかった。
人がはじけ飛ぶほどの勢いでぶつかっておいて触れた感覚もないなんてまず有り得ないので、少なくとも吹っ飛ばしたのはマリージュではないはずである。
でも、ヒロインちゃんを怯えさせているのはマリージュなんだろうなぁということくらいは流石に察していた。
マリージュは小柄だし垂れ目なので、見た目的にはちっとも怖くはないと思うのだが、何を恐れるかは人それぞれ。「幼い頃にいじめられた子にマリージュが似ていて、どうしてもトラウマが刺激されてしまう」といった、理屈でどうこうできない理由が潜んでいる可能性だってある。
せめて助け起こしてあげたいところなのだが、リュカにがっちりしっかり背後から抱え込まれていて、全く身動きが取れない。「何がなんでも目の前から動いてくれるな」という有無を言わせぬほどの圧を感じる。
(あ、そっか。ヒロインちゃんにとり憑いている『アレ』に対する楯なのに、今わたしがリュカくんから離れたらダメだよね)
さてどうしたものかと、リュカに視線を送ってみるが、リュカは片方の口角を少し吊り上げ、黒い笑みを浮かべただけだった。
「何もするな」ということだと解釈したマリージュは、リュカのご意向に潔く従い、静かに楯に徹することにしておく。
そのとき。
「「「いえ、ぶつかってませんわね」」」
「っ!?」
意外なことに、反論の声をあげたのはリュカ教徒の皆さんだった。
リュカのいるところに、リュカ教徒あり。
リュカの言動は、四方八方から数多の目により常時監視されていると言っても過言ではない。
それだけ人の目があるってだけでなく、色んな角度からがっつりと、瞬きする間すら惜しいという執念をもって食い入るように見られているのだから、死角なんて存在しないに等しかった。
「あなたが横にさしかかったとき、マリージュ様はリュカ様に引き寄せられてリュカ様の方向によろめいてらっしゃいましたので、少しも触れていませんわ」
「二十~三十センチほど距離が開いてましたわね」
「あなた、突然ご自分で反対方向に飛んで行かれましたけど?」
周囲は冷ややかな視線をヒロインちゃんに注ぐ。
特にリュカ教徒の皆さんの視線は絶対零度だ。
リュカ教徒の皆さんは、リュカが如何にマリージュを溺愛しているかを嫌というほど思い知らされている。
リュカが微笑むのはマリージュにだけだし、自ら触れるのもマリージュだけである。
さりげなさを装って触れようとする女子がいても、リュカはきっちり避けてのけるし、マリージュ以外とのダンスには決して応じないので、女子たちにはリュカに触れる名目すら与えられていない。
これは過去の惨劇に端を発していて、リュカが初めて夜会に参加した際、マリージュの次に誰がリュカと踊るかを賭けて女子たちが凄まじいキャットファイトが繰り広げてしまい、夜会が滅茶苦茶になるという品性を疑うような事件が起きてしまっているのだ。それ以降リュカは、「婚約者以外とは一切の例外なく絶対に踊らない。ご了承いただけない夜会には出席しない」と豪語して憚らず、実際に過去に例があるが故に誰も咎めることはできなくなっているんだそうだ。
マリージュの前では微笑んでいることの多いリュカだが、マリージュがいないときのリュカは表情筋が一切の仕事を放棄している。
王子に対してすら「不敬罪上等」と言わんばかりの態度なのだ。他の人間に対してなど、言わずもがなだ。
氷の貴公子のリュカも勿論ステキなのだが、その微笑みの破壊力たるや、最早そのまま天に召されることすら至福に思えるレベルなのだ。
マリージュにしか向けられない、あの微笑みの尊さを知ってしまえば、もう他の何にも代えられない。
どんなに悔しくても、どんなに羨ましくても、マリージュがいなければ得られないリュカのあの微笑みのためならば、リュカ教は教団をあげてリュカとマリージュの仲を守るのである。
だから実はマリージュは、「あなたはリュカ様に相応しくない」とか、「婚約を解消するべき」的なことを言われたことは、学園に入学して以降一度もなかったりする。
リュカ教は、なんやかんやマリージュに言ってはくるが、言いたいことは要するに「もっとリュカ様に構ってあげて」なのだ。
不利な状況を察したヒロインは、
「あ…、わ、わたし、躓いてしまったのかも…。勘違いしてごめんなさい」
と口にして、そそくさと立ち去ったのであった。
「…結局、何だったの?」
ぽかんとするばかりのマリージュに「気にしなくていいんじゃないかな」と答えながら、リュカは冷え冷えとする視線をヒロインに送っていたのであった。




