14. 振り方がこっぴどい
マリージュは、ぼやっと聞いていた。
正直なところ、状況がさっぱり理解できなかったので、もうほとんど現実逃避で、いま考える必要がなさそうなことを とりとめもなく考えていた。
(さっき飛んで来てた黒い生物が、『得体の知れないアレ』なのかな…?
何かとり憑くって感じじゃなかったような…
でもリュカくん『ヒロインちゃんが近づくと碌なことがない』って言ってて、
実際、ヒロインちゃんが近くに来たら、この黒いのが飛んできたわけだから、
やっぱりコレが『ナニか君』なのかな?
あれ?女を模ってるって言ってなかった? んん??よくわかんないや…)
リュカは、マリージュの背中に両手を回し、顎をマリージュの肩に乗せている。
完全に抱きしめる形になっているが、マリージュは、最近あたりまえになっていた楯フォーメーションの別バージョンとしか考えていない。
(私を楯にするつもりがなかったなら、この楯ホールドって何のためのもの?
リュカくんさっき『ナニか君』に怯えてなかったように見えたし、
もう克服できてると思うんだけど…。
ホールドしてるうちに いつの間にか克服できてたから、その名残で、
こうしてると安心する…とか?)
ちなみにリュカは、マリージュはイマイチわけがわかっていないがために為すがままにされている、ということに、当然気づいている。
マリージュには、言葉で伝えようにも、鳥肌でもだえているうちに意識が逸れていってしまい、結局いつも有耶無耶にされてしまうダケなので、まずはリュカの存在を当たり前のものとして刷り込んでしまおうとしているのだ。
よって、この体勢に慣れつつある = リュカの思うツボである。
思惑どおりに事が進んだ上に、マリージュの反応は思いがけず好感触であり、リュカは大層機嫌が良かった。
リュカ教徒の皆さんが弁えてくれていることもあって、今までマリージュのどういったところを好ましく思っているかを誰かに語ったことなどなかったが、いい機会なので知らしめてやろうと、リュカはふと思い立った。
「マリージュは、自分を良く見せようとか、こう思われたいとかいう下心がない。
昔から、私に苦言だって呈してくれるし、率直に思うことを伝えてくれている。
私の淹れたお茶は不味い、とか。」
「!?」
楽しそうにぶっちゃけたリュカに、周囲は息をのんだ。
ぼんやりしていたマリージュが、はじかれたように顔を上げる。
「言ってない!言ってないよ!?」
侯爵令嬢モードを装備できておらず、明らかにうろたえている。
「私の容姿は好みじゃない、とか」
「!!??」
リュカ教徒もヒロインちゃんも、愕然とした表情を一斉にマリージュに向ける。
マリージュは、心の中ではめちゃめちゃ言いまくっていたが、決して口には出していないつもりだったので、ど真ん中を突かれて激しく動揺する。
「言ってないよね? い、言っちゃった…?」
侯爵令嬢モードを装着できていないマリージュは、貴族令嬢としては残念な部類の単なる正直者でしかなく、リュカの言っていることは図星なのだと、誰もが一目瞭然に見て取れてしまう事態である。
信じられない思いの周囲を他所に、リュカはトドメの一撃を放った。
「私は将来ハゲる、とかね」
「!!!???」
リュカとマリージュを除き、一帯が石化した。
誰も、何のリアクションも取れない。ただただ固まることしかできない。
許されない。
想像はもとより、頭の片隅にちらりと『ハ』の字を浮かべることすら許されない。
世界の摂理がそれを許さない。
観衆は皆、そう思っていたのだが
「あ、それは大丈夫!
宰相さまカッコいいから、リュカくんもきっとカッコいいよ?」
マリージュはにっこりしながら、あっけらかんと肯定してみせたのである。
周囲が呆然と固まる中、リュカは事もなげな様子で言う。
「実際はこんなにズバリと言ったわけじゃないけど、
意味としてはそういうことで、
マリージュは、出会ったばかりの8歳の頃から、
こんな風に打算も下心もなく私と向き合ってくれている、稀有な存在なんだ」
リュカは周囲に見せつけるように、マリージュの髪を一房つまみ上げ、そっと唇を寄せた。
言葉で表現こそしなかったが、
その姿は『彼女だけが特別な存在だ』と周囲に示して見せており、固まっていた周囲も、思わずほうっと力を緩めた。
リュカの行動に気づいていないマリージュは、
「そうだよね? 言ったわけじゃないよね? やだなあもう焦ちゃった」
とかなんとか、あたふたしながら言っていたが、もはや誰も聞いてはいなかった。ただ、リュカの仕草に釘付けになっていた。
「だから、打算と下心しか感じられない君とは、比べるまでもない。
君とは何の接点も持つつもりはないから、
今後 私の前に姿を見せないように。いいね?」
マリージュを腕におさめ、うっとりとした微笑みを浮かべていたリュカが、ヒロインの方に視線を移した瞬間に表情をなくし、凍て付くような目で一瞥だけすると、すぐに興味をなくしたように、ふいっと顔を背ける。
そのままリュカは、もう他のものは見たくないとでも言うかのように目を閉じ、マリージュの髪に顔を擦り付けていた。
ヒロインちゃんは、苦しそうに顔をゆがめたが、静かに俯き、その後何かを言うことはなかった。
マリージュは、イマイチ状況はわからないながら、
リュカがヒロインちゃんと決別したのだということは理解できた。
リュカは、ヒロインちゃんを選ばないらしい。
(…そっか… じゃあわたし、ここにいてもいいのかな…?)
最近、当たり前のように感じていた、背中のぬくもり。
なくなってしまったら、なんだか少し、ヒンヤリする気がする。
…心も。
―――――それは、淋しいってことなのかもしれない―――――
改めて、リュカの温かさに包まれていることをじんわりと感じながら、
マリージュは、そっと目を閉じてみるのであった。




