13. 全力の拒絶は『ざまあ』に入りますか?
混乱が収まってからも、その場にいた面々は、しばらく身動きすらできずに立ち尽くしていた。
リュカだけはどこ吹く風といった様子で、やんわりとマリージュを包み込んだまま、珍しくしおらしいマリージュを堪能するかのように、手櫛で髪を梳いていた。
「ここは危険みたいだね。マリージュ、やっぱりいつもの部屋に戻ろう?」
リュカの声に、一同がはっと我に返る。
「リュカくん、ケガはっ!?」
マリージュはオロオロとリュカの背中やら腕やらを確認しはじめるが、もちろんリュカはケロリとしたものである。
「りゅ、リュカ様… あの…っ」
完璧に放置されていたヒロインは、座りこんだまま、うるうるとした瞳でリュカを見上げる。
だが、リュカの目は、しらっとしたものである。
「言ったはずだ。今後一切、私に声をかけるな。
君が近くに来ると碌なことがない」
少なくとも今回のことは完全に濡れ衣である。
だが、そのことに気づいているのは、残念ながら公爵家の護衛ただ一人だけだったし、護衛さんはリュカ側の人間なので、あっさりと黙殺された。
ちなみに護衛さん、まだ場が混乱している隙に、リュカが破壊した何かをしっかり回収し、証拠隠滅をはかっている。真性なる共犯者である。
「そ、そんな、誤解ですっ わたし…怖くて…っ」
ぷるぷる震えながら、リュカを見つめ続けるヒロイン。
だが、リュカは冷たく吐き捨てた。
「怖いから、なに?」
「え」
ぷるぷる震えようが、上目遣いで見つめようが、一切効果がない。
他の男性とは勝手が違うリュカに、ヒロインは戸惑ったような表情を浮かべる。
「君はマリージュを見てた?」
「はい?」
「マリージュは私を守ろうと、誰よりも早く私の前に立ちふさがってくれたよね」
「は、はあ…」
マリージュを腕の中に収めたまま、くるくるとマリージュの髪を指先に絡め、リュカはうっそりと微笑む。
「君とマリージュの決定的な違いがわかっただろう?」
リュカのヒロインを見据える目には明らかな侮蔑が浮かんでおり、途端、ヒロインはかっと顔を赤くしながら、目を潤ませた。
「だって、こんな経験したことないし… 動揺しちゃって…体が動かなくて…っ」
ヒロインは言いすがろうとするが、リュカは鰾膠もない。
「経験あるなしの問題ではなく、人間性の問題だと言っている。
君は、切羽詰まってるはずなのに、助けを求める人間を選り好みしていた。
打算は働くクセに動揺していたとか主張されても、説得力皆無なんだが」
ヒロインとリュカの間にはマリージュが立っていたし、公爵家の護衛も駆けつけていた。差し迫った事態に対処するには、より近くにいる人でないと間に合わない可能性が高いのに、近くにいる二人を無視して少し離れた位置にいたリュカを選んだあたり、下心満載と言っているも同然である。
「そんな… ひ、ひどいっ」
ヒロインは、庇護欲オーラを全開に滲ませながら尚もリュカに言い縋ろうとするが、リュカには全く響きはしない。
「そうだよ。君の認識のとおり私は酷い男だから、今後一切関わらないように」
ヒロイン、自爆である。
同情を誘いたかったであろうその表現は、多少なりとも庇護欲オーラが利いている相手に対して使わなければ、期待した効果が得られるはずもない。
リュカは、マリージュ以外の人間からなら、どれだけ悪く思われようが一向に構わないのだから、『手っ取り早く言質が取れた』としか思ってはくれなかった。
うるうる攻撃は通用しないと悟ったヒロインは、突如露骨なアピールを始める。
「その人、全然リュカ様のこと大切にしてないじゃない!
私だったら、何よりもリュカ様のことを大切にするのにっっ。
顔だって私の方が可愛いし、リュカ様は私といた方が絶対幸せになれる!!」
好感を持たれたいのなら、この言いっぷりは悪手としか思えないが、カッとなっているヒロインは気づいていないようだった。
マリージュも思わず呆気にとられてしまい、声を出すことも忘れ、ただただ突っ立っていた。
リュカに囲われたままになっていることには気が回るわけもなく、大人しく為すがままにされていた。リュカにしてみれば、しめしめである。
「身を挺して私を守ろうとしてくれるマリージュと、自分を助けろと叫ぶ君と、
どちらが私を大切に思ってくれているかなんて、語るまでもない。
君が何よりも大切にしているのは、私じゃなくて自分だろう?」
ど正論をぶちかましてくるリュカに、ぐっと言葉に詰まりつつも、それでもヒロインは、まだ引かない。
「だって私、護身術すら習ったことないし、どうすればいいかわからないし」
もうだんだん、ただの言い訳のようになってきていることはヒロインにだってわかっていたが、それでも、今だったらリュカが会話に応じてくれている。
今しかないのだと、ヒロインは必死に縋った。
「マリージュは自分を犠牲にしてでも、目の前の人を守ろうと動く。
君は『できないわからない』と言うだけ。
つくづく、咄嗟の行動にこそ人の本性は現れるものだね。
マリージュは、どこまでも真っ直ぐで裏がない」
腕の中のマリージュを見つめながら、思わず溢れ出たといった感じのリュカの穏やかな微笑みは、神々しさすら纏っていた。
その光景に、ヒロインもリュカ教の皆様も声を発することができなかった。
**こぼればなし?**
作者としては、本作は「ざまあ」ではないつもりでした。
なぜなら、主人公が嫌な思いを全くしていないから。
でも、一方的に言い寄られているとはいえリュカはこっぴどいし、
ひょっとしてざまあなのかも?という作者の心の揺れにより、
13話のサブタイトルはこのようになっています。




