13. それはフラグです<ヒロイン視点>
ヒロインは元々は平民だったため、リュカのことは「公爵家のご嫡男は壮絶なる美形なんだそうだ」という巷の噂くらいは聞いたことがあったものの、実際に目にする機会に恵まれることのないまま男爵家へと迎え入れられた。
学園に入学して、初めて実物のリュカを目にしたときは、電流に脳髄を貫かれたのかと思うほどの衝撃を受けた。
そこには、神様が全身全霊をかけて考え得る限りの美を詰め込んだ最高傑作があったのだ。
(絶対にお近づきになりたい!!)
ヒロインは喜び勇んでリュカに突撃した。
だがしかし。
男ウケには自信のある、上目遣いのきゅんきゅん笑顔でもって話しかけても、麗しのリュカさまは凍えるような感情のない瞳で一瞥しただけですいっと視線を外すと、一言も発することなく立入禁止エリア(※有料の個室)へと立ち去ってしまったのだ。
もちろんヒロインは、それでは終わらない。
相手にされなくても懲りることなく、あの手この手でリュカに突撃しては、渾身の笑顔でもって話しかけた。
だが、何度か話しかけたある日、「今後一切、私に話しかけるな」と、リュカにばっさり切り捨てられてしまったのである。
(氷の貴公子的なアレね…!? やだ似合いすぎる!!)
ヒロインちゃんは、少しもめげなかった。
「そんなお顔もステキですね! あの、わたし学園のことよくわからなくて。案内していただけませんか?」
「…話しかけるなと言っている。迷惑だ」
リュカは、周囲で見守るリュカ教徒の皆さんが思わず身震いするほどの冷気を放っているというのに、それでもヒロインちゃんは全く引く気がなかった。
「照れてるリュカ様もステキです!」
空気の読めるリュカ教徒の皆さんは、リュカの放つ黒く冷たいオーラにやられてヒロインちゃんに物申すことすらできずにいるというのに、ヒロインちゃんは何のそのである。好ましくない方向にツワモノである。
そしてリュカは瞬時に悟った。
(ヒロインには言葉は通じない)
リュカは、言葉が通じない相手は、人間とは見做さないことにしている。虫ケラか、それ以下である。言葉の通じないモノを相手に言葉を尽くすことほど、無意味なことはない。
リュカのヒロインちゃんスルーは、こうして確立された。
(言葉は通じない、空気は読まない…。ヒドいを通り越して、いっそのこと得体が知れないな…)
ヒロインが『得体の知れないアレ』と化した瞬間でもあった。
そして、遠くにマリージュの存在を認めたリュカが突然走りだし、マリージュを小脇に回収して、トンズラをはかるに至るのである。
尚、敢えて語るまでもないとは思うが、もちろんリュカはヒロインに怯えてなどいない。
バリケードまで張ってみせたのは、マリージュへの印象付けに他ならない。
マリージュの興味を引きそうなテイストを散りばめて見せ、更に「とり憑かれる」なんて、マリージュの好奇心にどんぴしゃに突き刺さるキラーワードを的確に選択してのけた、リュカの策略炸裂である。
どうにもお子しゃまなマリージュとの距離の詰め方をリュカがあれこれ画策していたタイミングで、うっかり絡んでしまったヒロインは、都合よく利用されてしまったダケとも言える。
そんなことに気づく由もないヒロインは、突然のリュカの行動にビックリはしたものの、もちろん少しもへこたれることはなかった。
だって、せっかく学園に入学して、こんなにステキな出会いがあったのだ。この幸運を享受しないで、なんとする。
ヒロインは、何とかリュカにお近づきになろうと必死だった。
が、そもそもリュカを見かけること自体が稀だったというのに、ここのところ更に見かける頻度が減ってしまったのだ。
常識的に考えればレア度マックスなはずの王子にだって、もうちょっと頻回に会えているし、挨拶をすればちゃんと返してもらえるというのに、だ。
いくら王子の近くをうろついても、リュカには全く遭遇しない。なんでもリュカは公爵家のご子息だというのに、王子の側近ではないのだという。
風の噂では、もちろん王子は側近にと望んだし、生徒会へも勧誘したらしいのだが、リュカの方が、王子が可哀想になるレベルの全力でもって側近も生徒会も固辞したとかなんとか…。
そんなことして大丈夫なのかと聞いたこっちがビックリしたほどだが、何故だかリュカはそんな言動も見逃されているらしい。
仕方がないので、学園内を懸命に探しまくってやっと見つけたかと思えば、いつもいつもいつも婚約者だとかいう女に抱きついている。
どんなに声をかけてもまるで存在していないかのように無視され、さりげなくボディタッチを試みてみても、涼しい顔で躱されるか、護衛に妨害される。
あの護衛め、普段は完全に存在感を消していて空気にしか感じないのに、こんな些細なことできっちり仕事してこなくてもいいじゃないか。
リュカからは視線を向けられることすらない。
本当にリュカは信じられないくらい婚約者のことしか見ない。
いや、厳密に言うならもちろん他のものも見ないわけではないが、人間の相手をしているとは思えないほど感情が死んでいて、たとえ相手が王族であっても本気で愛想笑いすらしないのだ。本気で。
更に腹が立つことに、婚約者だというその女は、リュカに抱きしめられていても、目が合うだけで卒倒できそうなとろけるような微笑みを向けられていても、頬を赤らめることすらなく至って平然としているのだ!
あのリュカ様からの寵愛を、さも当然のことであるかのように…!!
(なんなの!? あの女…! 許せない…!!)
真正面からリュカに挑んでも取り合ってすらもらえない。
にっちもさっちもいかない正攻法のコミュニケーションに拘っていたら、婚約者に抱きつくリュカの姿を永遠に見せつけられることになる。
(それなら、リュカ様が唯一視線を向ける相手に絡めば、少なくとも視界には入るわよね? そこから切り崩していくしかない…!)
それが悪手であることに気づくこともなく、ヒロインは、自ら地雷に足をかけるのであった。




