11. 黒い襲来
その日のリュカは、いつもとは明らかに様子が違っていた。
最近おなじみの楯フォーメーションは鳴りを潜め、何故かマリージュの手を引き、先導して歩いていた。
本日のリュカは、邪悪なオーラを纏っている。
逆らってはいけない。
本能的に察知したマリージュは、引かれるがまま静かについて行った。
リュカの左手はマリージュの手を引いているわけだが、右手には何かを持っている。
なにかを。
(―――――訊いたらダメなヤツ…)
マリージュの危機感知センサーは、本日も絶好調であった。
辿りついた先は、学園の中庭。
噴水の縁に二人並んで腰を掛け、雑談のような、日向ぼっこのような…
(…これはナニ……?)
ただの日向ぼっこのわけがない。
だって、リュカが黒い。
普段はもう少しオブラートに包まれているが、今日はもうダイレクトに真っ黒である。
マリージュの脳内では、エマージェンシーが爆音で鳴り響き続けている。
今まで腹黒モードだと思っていたあれは、灰色くらいなもんだったのだと、漆黒に染まったリュカを前に痛感せざるを得なかった。
会話をしているようなしてないような、マリージュには内容が殆ど頭に入って来ないまま、よくわからない交流をしばらく続けていると、ヒロインちゃんがこちらに向かってくるのが目に入った。
(ヒロインちゃん、今日のリュカくんはダメだと思うの。たぶん返り討ちに…
―――――あ)
マリージュは気付いてしまった。
リュカがヒロインちゃんに黒い流し目を送ったことに。
『ヒロインちゃんに興味が?』なんて思えれば、もう少し楽観視できたのだが、マリージュはこういう時、リュカの思惑を割と的確に察知できてしまう。
(リュカくん、『ナニか君』と対峙するつもりなんだ)
マリージュは、すぐさまウォーミングアップを開始する。
いつでもフルパフォーマンスを発揮できるようにと、ひっそりと親指の根元をワキワキさせ、滞りなく戦闘態勢を整えておく。
ちょっとウキウキしはじめていたマリージュは、リュカの動きを見落とした。
右手に持っていたなにかを、なんかしていたことを。
「リュカ様、こんにちは! いいお天気ですね!」
にこやかに声をかけるヒロイン。
前回の変化球の絡みが不発に終わったことから、いったん正攻法のコミュニケーションに戻して、様子を見てみる模様である。
いつもは完全スルーのリュカが、ちらりとヒロインに視線を向けた。
熱などは一切こもっていない、無と言っていい表情ではあるが、スルーから思えば上々な反応と言える。
ヒロインもそのことに気づき、ぱあっと笑顔になると、ここぞとばかりに会話を繋ごうと口を開きかけた、丁度そのときだった。
こちらに向かって飛んでくる何かが、マリージュの視界の端に入ったのだ。
「リュカくん!」
咄嗟に、マリージュはリュカの前に立ちはだかった。
「っ えっ!?」
ヒロインは一瞬、マリージュがヒロインからリュカを守ろうとしているのかと思ったようだが、マリージュがヒロインを見ていないことに気づき、マリージュの視線を追って自身の背後を振り返って見た。
黒い何かが、複数こちらに向かって飛んで来ている。
「きゃああ!!」
ヒロインは悲鳴をあげてその場にしゃがみこみ、涙目でリュカを見上げ、
「リュカ様っ 助けて…っ」
と、懇願した。
しかしリュカは、ヒロインに手を差し伸べることはなく、興味なさげにふいっと視線を逸らした。
一方のマリージュは、いよいよのバトルの気配に、テンション爆上がりだ。
ささやかに温めていた親指を満を持して解禁し、さっそくフルパフォーマンスを披露しようとして…
はたと気づいた。
(あれ、どうやって技だしたらいいの…?)
改めて言うが、マリージュにとって、戦いとは『格ゲー』である。
『見えなくても殴って倒す』とか『これはゲリラ戦だ』とか、現実的なカンジのことも考えている風ではあったが、結局それは、ただの脳内シミュレーションにすぎなかった。
『ここはゲームの世界らしい』という理解から、『格ゲーだってゲームなんだからゲームのルールが適用されるはず』という拡大解釈に至り、何故か『格ゲーで出来ることはマリージュにも出来る』ものだと、本気で思い込んでいた。
『生身のマリージュにも格ゲー技が扱えるはず』とでも解釈しているのなら まだナンボかマシだったのだが、残念ながらマリージュは、何処までいっても只のゲーマーに過ぎなかった。
攻撃といったら『指先のボタン操作で技を繰り出すこと』としか捉えられず、しかもそこに何の疑念も抱いてはいなかった。
実戦に至って初めてと言うか、今頃と言うか、
マリージュは、リアルの世界では全く戦えないという至極当たり前のことに、
やっと気づいたのだ―――――。




