可愛いは無限大
ガルフとアズボスが婚約の挨拶に来てから、一ヶ月。
諸々の準備が整い、コーニイは帝国に旅立つ日が来た。
あれから……。
罪なき民間人に剣を振るったローレンは、謹慎を命じられた。
命じたのはローレンの父、自治領を司るダスティ家の当主である。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで馬鹿とは思わなかった」
ダスティ卿は息子に鉄拳制裁をくらわせ、そう言った。
「アナグマ獣人と我ら熊獣人は、長らく友好関係を保っているのだ。アナグマ獣人の皮膚は、通常の武器など歯が立たないことくらい知っておけ! しかも、ヒダル伯とそのご子息に刃を向けただと! 自治領を潰す気か! 大馬鹿者!」
ダスティ卿は、嘗て山中で魔物に襲われた時に、たまたま調査で来ていたガルフに助けられたという。恩返しとして、自治領の調査でやって来たガルフに、地下生活の拠点を作れる土地を、貸していたのだ。
コーニイは、ガルフやアズボスの住まいと自邸を行き来していた。
家に帰ると、必ず姉が騒いだが、片耳をぴったり閉じて不快な言葉は聞かないようにした。
聴覚感度を下げると、超視覚が開く。
姉と対峙する中で、コーニイはそのスイッチを自在に操れるようになった。
それゆえに、分かってしまった。
姉エイヌの体に、新しい命が宿っていることを。
それは多分、ローレンとは違う、男性との間の……。
だがコーニイの胸だけに留め、荷物をまとめた。
「本当に行ってしまうのね」
「うん」
「帝国で、何をするつもりなの?」
「まずは勉強」
「そう……」
コーニイはエイヌに何かを渡す。
「何これ。お別れの記念?」
口を尖らせながら受け取ったエイヌだったが、見た瞬間、無言になる。
それは四葉のクローバーの栞だった。
「アズと私からの、プレゼント。傷がつかないように表面を加工してあるわ。三つあるから、好きなように使って」
さよなら……。
お姉ちゃん……。
結局、分かり合うことはなかったけれど。
言いたいことはたくさんあるけど。
もう、いいや。
帝国まで、何を使って移動するのかコーニイは不思議だったが、ガルフとアズボスは地下通路を行くのだと言う。天気や追剥の心配なく、安全に移動出来るそうだ。
生粋の兎獣人、ネオスも一緒だ。
ただし彼女は高齢のため、ガルフが籠で背負って行く。
籠の中で、ちょこんと座っているネオスは、なんとも愛らしい。
「これからも、よろしくね、コーニイ」
「こちらこそ」
互いに頬をする寄せる兎獣人たちだった。
「帝国で、コーニイも僕と一緒の冒険者コースに入るんだよね」
「ええ。とても楽しみよ」
コーニイとアズボスは、ガルフたちよりもちょっとだけ先に、地下通路を歩く。
「僕は、心配だな」
「何が?」
「その……コーニイが、他の男子に目移りしないかなって」
「え――! ないない!」
コーニイが耳と一緒に頭を振る。
本当は、帝国の男子がコーニイを見初めたら、嫌なんだとアズボスは思う。
でもそれを口に出すのは、何がしかの沽券に関わるような気がする。
せめて自分の気持ちは、なるべく素直に伝えなければ。
「コーニイが、その、か、可愛いから、僕心配だな」
「え、今、何て言ったの?」
アズボスはコーニイの垂れ耳に口づけをする。
「可愛いよ、コーニイ
大好き!」
垂れ耳の後ろ側まで真っ赤になったコーニイは、「可愛い」は「可哀そう」よりも、千万倍素敵な言葉だと感じた。
了
◇その後
コーニイとアズボスはいつも一緒だ。
学校でも、ほとんど一緒。
毎日毎日、アズボスはコーニイを誉め、愛を告げている。
体術の授業を受けたコーニイは、身体能力が一気に開花した。
元々跳躍力の素養はある。兎獣人の血を引くし。
アズボスの特異能力を生かす「採掘」専門の冒険者になると決めると、一層授業に身が入る。
ジャンプして、敵の頭を蹴る技を、コーニイはすぐに習得した。
「僕が守らなくても良いくらい、強くなったね、コーニイ」
ある日、アズボスが呟いた。
少しだけ、寂しそうだ。
「アズがいないと、私はまだまだ動けないよ」
コーニイの言葉に、ふわっとアズボスが笑う。
春風のような笑顔だ。
うん。
この笑顔が見られるなら、それで良いかな。
大きな魔鉱石を見つけたら、結婚しようと二人で決めているのだ。
同じ頃。
騎士職(見習い)に復帰したローレンだったが、年下の虎獣人の女性に言い寄られ、結局そちらを選んだ。エイヌの悪評判を、どこかで聞いたらしい。
ただし虎獣人は嫉妬深く、少しでも別の女の匂いを嗅ぐと、発狂状態になるそうだ。
いつか、喰われるかもしれないと、戦々恐々するローレンである。
捨てられたエイヌは、母に慰められながら、自邸で子どもを産んだ。
生まれたのは女の子で、両耳が垂れていた。
母は、垂れ耳など全く気にせずに、初孫を可愛がった。
エイヌの娘は、コーニイによく似ていた。
お付き合い下さいまして、本当にありがとうございました!!
企画主の猫じゃらし様、お読みくださいました皆々様に深く感謝申し上げます。
なお下の方の☆を★に変えて下さいますと、兎獣人とアナグマ獣人が喜びのダンスをいたします!