特異能力
ローレンは騎士の制服を纏っている。
眉がキリっと上がり、喋ると口中に牙が見える。
獣人の本領発揮なのだろうか。金色の髪が逆立っている。
だが。
コーニイには迷惑な介入だ。
「我が義妹となるコーニイを、他国へと連れ去ることは、俺が許さん!」
彼の特異能力、『威嚇』だろうが、なんとも芝居がかった物言いだ。
たまらずにコーニイはローレンに言う。
「連れ去るなんて、ヒダル伯に失礼です、ローレン様。領地を出るのを決めたのは、私自身ですから」
「ダメよ!」
エイヌの鋭い声が飛んで来る。
「あなたのように、何の取柄も能力もない、中途半端な半獣人が、帝国なんかで生きていけるわけないでしょう。ねえ、お母様」
「え、ええ。エイヌが言うなら、そうだわね」
エイヌと母との会話を聞き、ローレンはコーニイに手を差し出す。
「さあ、コーニイ。君はこの家で、優しい父上母上と、賢く美しい姉と、そして俺に囲まれて、幸せに生きていけば良い。おいで、コーニイ」
「いえ、仮令私が無能でも、生きていく道は自分で見つけます」
それに、この家に残ったところで、コーニイに幸せが訪れるとはとても思えない。
凛とした声を出し、ローレンに怯まないコーニイは、最早『可哀そうな』末っ子ではなかった。
自分の将来を見据えて、生き方を決めた一人の女の子だ。
コーニイの、その姿を見たアズボスは、早くなる鼓動を抑えられなかった。
「無理するなよ、コーニイ。ははあ、俺がエイヌと婚約したので、ショック受けておかしくなったんだな。一人前に嫉妬でもしたのか……。でも、お前がその気なら、たまには可愛がってやってもいいぜ」
下卑た笑いを浮かべるローレンに、コーニイは不快になる。
思わず声が出た。
「はああ!!?? 何を言っているんですか」
本当に、何を言っているんだろう、この男は。
こんな男に憧れていたのかと思うと、過去の自分を殴りたくなるコーニイだった。
ローレンの言動に、 カチンときたのは、アズボスも同じだった。
「ちょっと失礼じゃないですか! コーニイは、僕と、婚約したんですよ」
コーニイを庇うように彼女の前に立ち、アズボスはローレンに厳しい視線を投げる。
「なんだと、坊主。婚約だあ? 生意気な口きいてんじゃねえ! 俺は誇り高き熊獣人の血を引く、王国の騎士だ。ガキは引っ込んでろ!」
腰の剣に手を掛けて、ローレンは吼える。
「この親子、アナグマ獣人よ、ローレン」
ひそひそとエイヌがローレンの耳元で囁く。
「なんだよ、地面の下に隠れ住む、アナグマ獣人か」
あからさまに小馬鹿にするローレンを見て、心底コーニイは呆れた。
これで騎士なのか。
獣人同士は、互いを尊重する。
別種であっても、馬鹿にするようなことはない。
それまで成り行きを見守っていた、ガルフの目付きが変わる。
「アナグマを、あまり馬鹿にしない方が良い。ダスティ家の子息よ」
「何だと。アナグマと熊は別種の生き物だぞ。アナグマが俺ら陸の王者に勝てるのか?」
「やってみるかい? 君の剣がアナグマの体に一筋でも傷をつけたなら、コーニイ嬢は諦めよう」
ガルフは何を言っているんだろう。
ローレンは熊獣人の特異能力、『粉砕』も持っているのに。
「お父さん、僕がやるよ。コーニイを賭けての戦いなら、僕は、負けない!」
ローレンはするりと、剣を抜く。
そのまま雑草を刈り取るように、横から剣を振るう。
ガチン!
ローレンの剣を、アズボスは腕一本で止めた。
アズボスの腕には、毛筋ほどの傷もついていなかったのである。
「な、なんで……」
アナグマ獣人の腕で、剣を受け止められたことに、ローレンはショックを受けたようだった。
「我が息子の腕に、傷がついているのだろうか?」
ガルフの問いかけに答えることが出来る者は、そこにはいなかった。
立ち尽くすハイト家にそれぞれ挨拶して、ガルフとコーニイとアズボスは玄関へ向かった。
次回、幕間が入ります。