蒼い炎が宿った夜
アズボスの居住部屋の戻ったコーニイは、彼の父ガルフにも、拾った黒い小石を見せた。
ガルフもアズボスと同じように目を輝かせ見開いた。
「本物の魔石だ。やはり、この地にあったのか……」
掌に乗せた魔石を見て、ガルフはしみじみ呟いた。
「あの、魔石って、何ですか?」
それはまだ、コーニイが幼い頃のこと。
たまに、クローバーの根元に、キラリと光る小さな黒い石を見つけていた。
なんとなく、綺麗だなあと思い、拾いあげて母に見せると、母は顔をしかめた。
「そんな汚いモノ、捨てなさい」
「魔石とは、魔鉱石から精製されたものでね、魔鉱石というのは、魔獣や魔物が持つ『核』が、何層にも積み上がって出来るんだ。それは強い熱量を持つ物さ。……見ててごらん」
ガルフは古い鍋を取り出し、その中にコーニイが手渡した魔石を入れた。
その魔石を、槌で打つ。
ゴオオオオオ!!!
打たれた魔石からは、鍋の縁よりも高く、炎が上がる。
蒼い炎である。
室内は一気に、昼間のような明るさになった。
「す、凄い……」
「この大きさでも、こんなに明るい炎が出せるんだ。魔石の塊に刺激を与えたら、この自治領全部の家が、ランプいらずになるかもね」
蒼い炎を見つめるコーニイの瞳もまた、サファイアのように輝いている。
「綺麗な色。それに熱くないのね、アズ」
「う、うん。小さな魔石の熱量は、全部光に変わるから」
左胸を押さえながら、アズボスは答えた。
「この辺りは、昔魔物と獣人が戦った場所なんだよ。だから少し穴を掘らせてもらって、土を調べていたんだ」
ガルフは王国にも帝国にも、同じ情報を提出していると言う。
「資源の供給バランスが崩れると、つまらない戦が、起こるかもしれないからね」
ガルフの言葉は難しかったが、魔石が重要な物質であるらしいことは、コーニイにも分かった。
「そろそろ、帰った方が良いね。アズ、お嬢さんを送ってあげなさい」
「はい。じゃあコーニイ。こっちへ来て」
誘われるままに、コーニイはアズボスの手を取る。
アズボスは土の壁に手を当てる。
「またちょっと、目を閉じていてね」
キュルキュルと音が聞える。
糸を急いで巻き取るような音だ。
しばらくすると、音が消えた。
「はい。着いたよ、コーニイ」
目を開けたコーニイは、自邸の門の前に立っていた。
「早っ!」
「えへへ。アナグマの特異能力だよ。じゃあ、また明日!」
「うん、ありがとう! お父様によろしく」
将来に向かって、何かが視えてきたコーニイは、玄関を通らずに窓から自室に戻る。
部屋に入った瞬間、ふんわりとした気分が氷点下になった。
「こんな遅くまで、どこに行ってたのかしら、コーニイ」
コーニイの部屋では、エイヌが腕組みをして待っていた。
「ちょっと、散歩」
「ふうん。私とローレンの婚約が、そんなに嫌だったのね」
エイヌは、にやっと唇を歪める。
「ホント、可哀そうね、コーニイ。愛しい初恋の相手にも、振り向いてもらえなくて。ヤケになって家出したのかと思ったわ」
「そ、そんなこと……」
「どこまで散歩に行っていたんだか。スカートの裾に、泥がついてるわ。本当、可哀そう」
うるさい。
心底うるさいとコーニイは思う。
「……ないで」
「え、何?」
「言わないで! 可哀そうなんて!」
キッと睨んだコーニイの顔を、しげしげと見つめたエイヌは、プッと吹き出す。
「だって、可哀そうなんだもん。私は美人で獣人の特異能力にも恵まれて、お父様もお母様も私のことしか愛していない。可哀そうなコーニイは、一生私の側で、私をもっともっと引き立たせていけば良いの。私とローレンが結婚して、あなたの分まで幸せになるからね。私のために、わたしとローレンのために、あなたは生きていけば良いのよ」
プツンと。
何かが切れた。
「嫌」
コーニイの一言に、エイヌの眉が吊り上がる。
「今、なんて言ったの」
「嫌よ。お姉ちゃん」
エイヌの口は、亀裂のような笑みを浮かべる。
「嫌なんて言ったら、この家を追い出すわよ。私の言うことなら、お父様もお母様も聞いてくれるからね」
「良いよ」
「え?」
「追い出されても良い。私は可哀そうな子じゃない。お姉ちゃんが私を可哀そうと言い続けるなら、お父さんもお母さんも、お姉ちゃんの言うことしか聞かないのなら……。
私は、この家を出て行く!」
コーニイの瞳には、青い炎が宿っていた。
次回、コーニイは決意する。