土中の光その1
コーニイの足元にぽっかりと開いた穴から、白い人影がゆらり立ち上がる。
思わずコーニイは、ぴょこんと後ろへ跳ねた。
「僕だよ、コーニイ」
知った声に目を瞠ると、穴から出てきたのはアズボスである。
「うわあ、びっくりしたよ、アズ」
「ゴメンゴメン。嚇かすつもり、なかったんだけど」
アズボスは頭を掻く。
その仕草はちょっと間が抜けていて、コーニイはくすっと笑う。
「でもアズ、どうして穴から出て来たの?」
「コーニイの姿が見えたから、その、出迎えに」
「出迎え?」
「せっかくだから、ウチに来てもらおうかと思って」
出迎えが地面からって……。
だいたいコーニイの姿を、アズボスはどこで見たのか。
そしてこれから彼のお宅に行ったら、帰りは夜遅くなるかもしれない。
でも……。
姉とローレンが居座るあの家に、帰りたくはない。
聞きたいことは色々あるが、とりあえずコーニイは、アズボスの誘いに乗った。
「あ、ありがとう。じゃあ、お願いします……あ、ちょっと待って」
手ぶらで、よそ様のお宅を訪問するのは気が引けた。
薄暮の中、コーニイはクローバー畑から、いくつかの手土産を拾いあげた。
「ではコーニイ嬢。こちらへどうぞ」
恭しくコーニイの手を取るアズボスは、そのまま開いた穴に飛び込んだ。
ええええええ!!!!
あまりの衝撃に声も出ないコーニイは、目を閉じ、内心後悔していた。
◇
わずかな時間だったのだろうが、無限の回廊を辿ったようなコーニイだった。
「はい。着いたよ」
恐る恐る目を開けると、そこはびっしりと本が並ぶ、こじんまりとした部屋であった。
部屋の隅にはランプが灯り、どこからか良い匂いがする。
切り倒した木を、そのまま使っているようなテーブルには、薄紫色の花が差してある。
窓はない。
「ようこそ。わが家へ」
部屋のドアが開き、鍋を持つ男性が入って来た。
切れ長の黒い目と、白く長い鼻を持つ男性は、アズボスの父だろうか。
コロンとした体型は、アズボスと異なる。
「初めましてお嬢さん。アズボスの父、ガルフです」
慌ててコーニイも淑女の礼を執る。
アズボスの父、ガルフの姿にコーニイは驚く。
獣人だ。
今まで、アズボスは人間族じゃないかと、コーニイは勝手に思っていた。
外見に、獣人の特徴らしきものが、全くなかったからだ。
でも考えてみれば、領内の学校は、基本的には獣人の子どもか、獣人と人間族との子どもしか通えないのだ。
勿論、獣人だからと言って、コーニイに偏見はないが。
何の獣人だろう。
「お座りなさい。お腹空いているでしょ? 一緒に食べましょう」
「お父さん、今日は何?」
「根菜スープと豆パンだよ」
良かった。コーニイの好きな物だ。
「ウチはお母さんがいないから、お父さんがいる時は、こうして食事を作ってくれるんだ」
誇らしそうに言うアズボスを、羨ましいとコーニイは思った。
「それで今日は、何の勉強していたのかな?」
食事をしながらガルフが訊く。
「将来について考えようって授業だったよ」
「そうか。なかなか良いテーマだね。アズは将来について、どう考えているの?」
「僕は、冒険者になりたい」
え?
アズは冒険者になりたいの?
「ほお。それは何で?」
「お父さんは地面を調べて、あちこちの国に災害の予測を伝えているんでしょ? 僕は、誰も見たことのない鉱物や生き物を探して、みんなに教えたいと思うんだ。だから、冒険者になって、世界中を探検したい」
「ふむ。それは面白い考えだね、アズ。だけど、専門家になるには準備が必要だ。そのための勉強もしなければならないね」
「はい」
獣人の父子とは、こんなに会話が弾むものなのだろうか。
アズボスとガルフが特別ではないか。
それとも、コーニイの家、ハイト家が偏っているのかもしれない。
豆パンを食べながら、コーニイは二人の会話を聞いていた。
ふいに、ガルフがコーニイの顔を見詰める。
「コーニイ嬢。浮かない顔をしているが、何かお困りのことでもあるのかな?」
トクンと胸が鳴る。
そんなことが分かるのか。
獣人ならではの、嗅覚だろうか。
「はあ。ええ、まあ」
アズボスが心配顔で、コーニイを見る。
「あの……今日学校の先生が、『強く願わなければ、何も叶わない』って教えてくれて、あと、『行動するのみ』って。私の願ったことって、叶ったことがなくて、でも、どう行動すれば良いのか、全然分からないんです」
喋りながらもコーニイは自問する。
なぜ。
なぜ初対面の獣人に、こんなことを話しているのだろう。
じっくりと、ガルフはコーニイの話を聴いてくれた。
時折、頷きながら。
「なるほど。それが憂いの原因かな?」
「そう、ですね。でも、多分、私が自分に、自信を持てないからだと思います」
「うん。そうみたいだ。では、どうすれば自信が持てると思う? コーニイ」
コーニイは頭を振る。
分からない。
「すぐに答えを出せなくても良いんだよ。そのために大人がいる。学校がある」
「大人が、周りの大人たちが信用できない場合は、どうしたら良いんでしょう……」
ガルフはゆっくり瞬きをして、コーニイに言う。
「この家は何処にあるか分かるかな?」
「さあ……」
「土の中だ。我々アナグマ獣人の生活場所は土中だからね」
あ、アナグマ獣人なんだ。
だからアズボスは顔に土を付けて、クローバー畑にいたのか。
「この土中の家には、一緒に生活している別種の獣人がいるよ。皆、お互い助け合って、生きているんだ。そう、隣の部屋にいるのは、生粋の兎人だよ」
コーニイの顔が上がる。
「もう高齢の兎獣人の女性だけど、話をしてみるかい?」
コーニイは今まで、生粋の兎獣人に会ったことがない。
思わず大きく頷き、ガルフに答えた。
「ぜひ、ぜひお会いしたいです!」
次回、コーニイは兎人のお婆さんに出会う。