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願っても叶わないことがある

 姉が帰ってきた翌日、登校したコーニイは頬杖をつき、窓の外を眺めていた。

 昨夜のハイト家は、混沌としていた。



 母と姉とコーニイは、帰宅したコーニイたちの父と一緒に、夕食を摂ったのだが、「婚約破棄」というパワーワードを放ったエイヌは、ひたすら食べ、食べながら喋った。


 近衛騎士の経験もある父は、エイヌの作法に眉を顰めたが、母は姉に同情し、激しく同意していた。


 エイヌの話を集約すると、こんな感じだ。


 王都の高等学校は寄宿舎を持ち、貴族と、貴族と同等の身分がある者が通う。

 現在ハイト家は騎士爵を持つので、エイヌは意気揚々入学した。


 そこで王都の高位貴族と知り合い、交友を深めた。

 特に伯爵家の子息とトクベツに()()()なり、婚約の話まで出た。


「でもね、伯爵家の当主が、『獣人の血を引く者との結婚は認めない』って。酷くない? コーニイならともかく、私ってイベロヒーよ! それで面倒臭くなって、彼とはサヨナラしたの」

「それは酷いわ! 抗議しましょうよ、あなた」


 母と姉の訴えに、曖昧に頷く父だった。


 いや、ダメでしょう。

 恥ずかしいから絶対抗議なんてしないでと、コーニイは切に願った。


「しかし……エイヌも高等学校を卒業する頃は十八だ。結婚相手を決めなければ、だな」

「あらお父様。それなら私、考えているのよ。獣人の血を引くものは、やっぱり強い獣人が良いと思うの」


エイヌはコーニイを見て、にんまりする。


「ローレンと、結婚するわ」





 いつの間にか授業が始まっていた。

 担当のギーダ先生は白髪の女性だ。

 山羊獣人らしく、髪全体がモファモファしている。


 黒板にはこう書いてある。


『強く願わなければ、何も叶わない』


 願えば、叶えられるというのだろうか。

 コーニイが願ったことは、ささやかな事。


 ちょっとだけで良いから、お母さんが私を誉めて欲しい。

 お姉ちゃん程でなくても良いから、兎人の特異能力が目覚めないかな。

 ローレンと二人で、クローバー畑を走りたい。


 まったくもって、叶っていない。


「はあ……」


 ため息をついたコーニイの横を、ギーダ先生が通っていく。


「願っても叶わないと思う人、いるかもしれないね。

そんな人には、もう一つの言葉をあげましょう」


 ギーダ先生が書いた言葉とは。



『心に強く願い続けたあとは、行動する』


 

 ハッとしたコーニイの耳に、授業の終わりを告げる鐘が聞こえた。



 帰り道、コーニイはアズボスと一緒になった。


「あ、コーニイ。見て、これ」


 アズボスが出したのは、小さな栞だ。

 四葉のクローバーが貼ってある。


「せっかくコーニイに貰ったから、嬉しくて作ったんだ」


 アズボスの顔は少し赤い。


「へえ。綺麗な栞。器用だね、アズボス」

「アズでいいよ」

「あ、この栞、表面がツルツルしてる」

「うん。クローバーの緑色が変わらないように、木から取った液、そう樹液を塗ったから」


 アズボスの話は面白い。

 樹液を塗って、押し花を保護するなんて、コーニイは知らなかった。


「アズ、あなた、頭良いのね」

「ええ? そ、そんなことないけど……。お父さんが色々教えてくれるから」


 そう言えば、アズボスの父は学者であった。


「あ、そうだ、コーニイ。今、お父さん家に居るんだ。いつもは、王国と帝国を往ったり来たりしてるけど。い、一度、ウチに遊びに来ない?」

「いいの?」

「うん!」



 ほんのりと軽くなった気持ちで自宅へ帰ったコーニイだったが、庭先でローレンがエイヌの肩を抱いているのを目にして、鳩尾が重くなった。


「やあコーニイ。これからは俺のことを、お兄さんと呼んでくれ」

「はあ……」

「もう、ローレンたら気が早いわ」

「だって俺、一日も早く結婚したいから」


 二人の世界の邪魔をしないように、コーニイは自室に向かった。


 コーニイは、部屋で宿題に取り組んだ。

 作文を一つ、仕上げなければならない。

 テーマは「将来の夢」である。


 夢か……。

 子どもの頃は、ローレンのお嫁さんになるのが夢だった。

 とっくに諦めていたが、ローレンがエイヌと一緒にいるところを見るのは少々痛い。


 客室から、母とローレンの会話が聞こえて来る。


「……それで、いつからエイヌを気に入ってくれたの?」

「そりゃあもう、初めて会った時からですよ。でも決め手は四葉のクローバーかな」


 え?


「俺、僕のために、エイヌが探してくれたんですよ。僕の夢が叶いますようにって」


 違う。

 違うよ!


「まあ、なんて素敵なお話かしら」


 違うよ、ローレン。

 四葉を見つけたのって、それは私だよ!


「外見や頭脳だけでなく、エイヌは心根も優しい()なんだな。なんて感激しました」



 ぽたぽたと、涙が落ちた。

 エイヌは兎人の超聴覚は持つが、視覚はやや弱い。


 コーニイが唯一、エイヌよりも優れているのは視覚だけだ。

 広いクローバーの畑でも、ちらっと見ただけで、コーニイは四葉を見つけられる。


 そうして見つけた四葉のクローバーは、エイヌに取られてばかりだった。

 

 取られたのは、四葉だけじゃ、なかったんだね……。



 コーニイは、笑い声が響く家をそっと抜け出した。

 陽が長い季節である。

 このまま何処か知らない場所に、行ってしまいたいと彼女は思う。


 今までも、あの家に居場所はなかった。

 姉がローレンと結婚したら、きっと家を継ぐだろうから、もっと居場所がなくなる。

 家を追い出されるかもしれない。


 その前に、自分から家を出た方が良いだろう。

 行く宛ては、まったくないけれど。


 その時、コーニイの足元がぐらりと揺れた。

 地面に穴が開いていた。



 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] おいっ! 姉ちゃん!(;゜Д゜) でもって穴……不思議の国に落ちちゃう!?(違
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