劣等種の垂れ耳
猫じゃらし様主催、「獣人春の恋祭り」企画参加作品です。
魔石の原材料は魔鉱石である。
その多くは人里離れた山中深く眠っている。
大人の掌に乗る程度の大きさの魔鉱石を掘り出せば、王都に邸宅を建て、一生遊んで暮らせると言われている。
まあ、簡単ではない。
山には魔鉱石を守るかの如く、強烈な破壊力を持つ魔物が多数徘徊しているし、何よりも魔鉱石の眠る場所を見つけるのは、至難の業だ。
何か特別な、能力でもなければ……。
「この山で間違いないの? コーニイ」
「うん!」
コーニイとアズボスは、その稀少な魔鉱石を目指して今日も山に入る。
このペアは、冒険者の中でも数少ない、「採掘者」だ。
コーニイの持つ、特別な能力を生かし、魔鉱石を探り当て、掘削のスペシャリストであるアズボスが掘る。どこまでも掘り進める。
コーニイの鼻がピクっと動き、長い方の左耳がピンと立つ。
「来るよ、アズ!」
コーニイの声と同時に、森の奥から二つの真黒な塊が、唸り声を上げ駆けて来る。
魔狼だ。
コーニイは瞬時に跳躍し、一体の魔狼の首を蹴る。
もう一体の魔狼は、アズボスの腕に噛みつく。
だが、槍のような魔狼の牙ですら、アズボスの皮膚に弾かれる。
アズボスは掌を開いて爪を出すと、そのまま魔狼の腹を裂いた。
「君は強いから、僕が守らなくても良いよね」
息を切らすことなく戦闘を終えたアズボスが、白い歯を見せる。
コーニイは耳をフルフルする。
「違うよ、アズ。アズが後ろで守ってくれてるから、私は高く跳び上がれるんだ」
照れるアズボスの手を握り、コーニイは空を見る。
山を抜けていく風は心地良い。
自分の足で歩き、跳ね、駆ける日々は楽しい。
「この山で魔鉱石を見つけたら……」
アズボスがぼそっと言う。
「……買おうね」
「うん? 何を?」
「……コーニイの……欲しいもの」
「じゃ、じゃあ、まずは掘らないと!」
欲しいものは、もう貰っている。
あの日に。
家を飛び出した、三年前に。
◇◇三年前の劣等種
初夏の気配が心地よく、コーニイは思いきり伸びをする。
一番好きな季節だ。
草原を渡っていく風は、碧色に見える。
コーニイの茶色の髪が、ふわり風と戯れると、その種族の特徴であり、本来は特異能力を発揮する耳が現れる。
人間族よりもやや長い。
されどコーニイの左耳は、先端がちょろりと垂れている。
それは兎人族にとって残念な証だ。
コーニイの住むベイス自治領は、帝国と王国に挟まれた獣人たちの街である。
数百年前までは、帝国からも王国からも、獣人は虐げられていた。
しかし、大陸全体に魔物が跋扈する、暗黒時代に突入すると、最前線で魔物と戦い勝利したのは獣人の部隊だった。
以来、人間と獣人は歩み寄り、互いを尊重しながら共生するようになった。現在の自治領は帝国内にあるが、その名の通り獣人たちに自治権がある。
獣人は身体的もしくは外見に、人間と異なる部位を持つが、差異は少なく体内の仕組みは同じである。
よって獣人族と人族とで、婚姻を結ぶ者も増えた。
人間と獣人、両方の血の良いところを受け継ぐと『優れた者』と呼ばれる。
受け継いでいない場合は、『雑種』と揶揄される。
コーニイ・ハイトは、陰で雑種と呼ばれている。目の前でそう、呼ばれたこともある。
あるいは、劣等種と。
何代か前に、帝国騎士だったハイト家の男が兎人族の女性と結ばれたそうだ。
腕力知力に優れた騎士と、獣人女性でも極めて美しかった兎人の女性の間には、双方の良いとこ取りをしたような、優れた者がたくさん産まれた。
コーニイの二歳年上の姉、エイヌもその一人。
ハイト家に嫁いだ兎人と同じ、銀色の髪と深海を思わせる青い瞳を持ち、王都の高等学校では成績最優秀者に選ばれた。
そこで王国貴族の子息に見初められたそうだ。
なおかつ、エイヌは兎人の特異能力の一つ、「索敵」も持つ。
外見や成績よりも、コーニイが羨ましいのがそれだ。
コーニイは片耳が垂れているので、聴覚が普通の兎人よりも弱い。
よって索敵が上手くできない。
索敵が出来れば、なれるかもしれないのに……。
子どもの頃に憧れた、あの職業に。
「何してるの? コーニイ」
ひょっこりと草叢から顔が出ている。
同級生のアズボスだ。
一体どこから来たのだろう。
端正な彼の顔は泥だらけである。
「何って……何もしてないよ」
ぼんやりと、考え事をしていたとは言えない。
今は野外学習の時間である。
十歳から五年間、自治領に住む者は領内の学校に通う。
コーニイとアズボスは最終学年生である。
「あ、あなたこそ、何してたの?」
「僕は地面に穴を掘ってた」
「何それ」
思わずコーニイは笑ってしまう。
アズボス・ヒダルとは、領地内の学校に通うようになって知り合った。
アズボスの父は帝国の地質学の研究家だそうだ。
彼は幼い頃から父親と一緒に、帝国や王国の各地を巡っている。
自治領の雰囲気は、アズボスもヒダル伯も気に入っているそうだ。
「でも、もう授業終わるね。帰ろうか」
「うん。あ、ちょっと待って!」
コーニイは目の前に広がるクローバーの畑から、すいっと一本抜き取る。
「はい、これあげる」
「うわっ! 四葉のクローバーだ。良いの? こんな珍しいもの貰って」
「もちろん! この辺はよく見つかるんだ、四葉。だから、あげる」
心底嬉しそうなアズボスの顔を見て、コーニイもちょっと気分が上がった。
「よっ!」
家に向かってぴょこたん歩いていたら、いきなり後ろから肩を叩かれた。
コーニイがビクっとすると、ケラケラ笑いながらローレンが横に並んだ。
「相変わらず鈍いな」
「あ、あなたが気配を消しすぎなの!」
ローレン・ダスティは帝国流に言えば子爵の子息である。
ダスティ家は獣人の純血種を誇る家柄である。
現当主は熊人。ローレンの母は青鹿人だ。
ローレンは黄金色の髪と、碧色の瞳を持つ。
ダスティ家の男ならではの、「威嚇」と「粉砕」の能力を生かし、見習い騎士に就いている。
「ねえねえ、エイヌさん、帰って来るってホント?」
「う、うん。明日、あたりかな……」
ホントは今日だけど……。
「やったあ!」
元々両家は仲が良く、コーニイやエイヌとローレンは、幼馴染である。
ただしコーニイは知っている。
ローレンがエイヌに、恋心を抱いているということを。
ローレンは知らない。
コーニイの初恋の相手が、彼であることを。
風が、急に冷たくなった。
◇◇
コーニイが帰宅すると、居間から密やかな声が聞こえる。
――あ、帰ってきたみたい。
――足音からして、コーニイね。
いくら劣等種でも、そこは兎人の血を引く者。ドアの向こうにいる、母と姉の話くらい聴くことはできるのに。
頭をプルプル振って、コーニイは居間に入る。
「あら、お帰りなさい、コーニイ」
満面の笑みを浮かべた、姉のエイヌが立ち上がる。
ほっそりとした体躯なのに、やけに胸が目立つ。
「た、ただいま」
「コーニイ、あなたの好きなリンゴと人参のケーキがあるわよ」
コーニイ一人の時には滅多に笑わない母が、ニコニコ顔で言う。
「はい」
「エイヌが王都の有名店で、わざわざ買ってきてくれたのよ」
「あ、ありがとう……」
「あなたも王都の高等学校へ進学すれば良いのに。ああ、そうね、可哀そうなコーニイ。お勉強は得意じゃないのよね。進学は無理かしら」
可哀そうという唇が、キュッと上向きになっているエイヌ。
昔から、コーニイを哀れむのだ。
――可哀そうね、片耳垂れていて。兎人としての価値、ないものね。
――私がお父様とお母様の良い所、全部貰ってしまったのね。ごめんなさいね。
――あらあら、せっかく大叔母様が下さったのに、あなたに似合わないドレスね。こんなに豪華なのに。
慈悲溢れる表情で「可哀そう」を連呼するエイヌは、妹を思いやる姉だと、周囲の者は思っている。
しかし、コーニイの心はチクチクと逆立つ。
可哀そうと言われる度に、大切な何かが削られていく。
滅多に口にすることのない高級なお茶も、エイヌがお土産で持って来たケーキも、咽喉の通りが良くない。
母はコーニイの表情を伺うことなく、エイヌを気遣いながら言う。
「そんなことより、あなたが心配よ、エイヌ。
婚約、破棄だなんて」
コーニイは咽喉にケーキを詰まらせそうになり、慌ててお茶で流し込んだ。
婚約破棄?
お姉ちゃんが?
それよりもお姉ちゃん、婚約してたんだ……。
それを破棄したの?
それとも……。
されたの?
お読み下さいまして、ありがとうございます!!
感想や評価、ブクマなど、大変励みになっております。
連載ですが、あまり長くないお話です。
しばし、お付き合いをお願いいたします。