~第七章~
準備を終えて定刻通り家を出た俺は、辰見駅へと向かっていた。
小鳥のさえずりや細々と吹く小さな風、それらに身を揺られ音を奏でる木々たち。
そのハーモニーに耳を奪われながらいつもの通学路を歩いていた。
「・・・?」
ふとあたりの異変に気づく。
人が・・・いないな・・・
いつもならこの時間は通勤通学者でかなりの人数がこの道を歩くのに。
まさか・・・
左腕につけた時計に目をやるも特にいつもと変わらぬ時間帯だった。
自然の合唱に気を取られて俺が遅れたのかと思ったがどうやら見当違い。
みんな遅刻か?
そんな奇跡のも近い偶然が起こりえるはずが無い。
不審を心に抱きながらも歩みを駅へ進めていく。
視野の中に駅が入ってくるが明らかにいつもより人が少ない。
曜日も平日で時間帯もいつもと変わらず。
なのにこの人の少なさは異常だった。
・・・まあでも何人かはいるし大丈夫だろう。
拭い去れぬ不審を勝手に理由付けして消し去ると、その足をホームへと向けた。
しかし、その不審はホームに着くと同時に確信へと変わり、そして底知れぬ妙な不安が俺を襲ってくるのだった。
地下鉄のホームに静寂が流れている。
生きるものの気配すら消し去るような張り詰めた空気。
というよりかは・・・
「な、なんだよ、これ・・・」
俺の目の前に広がっていた風景は俺の心を不安の一色に染めるものだった。
「だ、誰もいねえ」
そう。
気配が無いのではなく、その気配を生み出すもの自体この場所に存在しなかった。
不安が心を覆う。
なんだよ・・・なんで誰もいない!
いつもならもう塵のような人数が押し寄せてる時間帯だぞ?
あと3分で次の電車がくるんだぞ?
長いホームに佇んでいるのは、端から端まで目をやっても俺一人。
地下独特の雰囲気と空気が俺を押しつぶそうとしていた。
この空間を支えるとても太い鉄柱も俺の心のように押しつぶされてしまうんじゃないかと思い始める。
どう考えたってこれはおかしい!?
なんなんだ!?何が起きてるんだ!?
プオォォォッ!!
「!?」
そんな気持ちに追い討ちを掛けるかのようにこの地下空間には鳴り響くはずもない渇いた轟音が響き渡る。
「うるせっ!?なんだ!?」
つい言葉が口から出てしまいその汽笛にも似た轟音の聞こえてきた方のホームに目をやる。
シャッシャッシャっと鉄が擦れ合うような音と、幾度と無く聞こえてくる先ほどの轟音が暗闇の先のホームから聞こえてくる。
何がくるのか?
不安で心配になった俺は暗闇の先を目を凝らして覗き込んだ。
ひとつの丸い光が暗闇に浮かび上がっている。
それは轟音とともに徐々に徐々に大きくなっていく。
そしてそれは姿を現した。
「な、な、」
驚きで声も出なかった。
何しろ資格に捕らえたそれは、普通こんなところでは見られない、走らないものだったから。
しかもそれはおれの知っているそれとは大きく違っていた。
ただ、聞き覚えのある音とその姿、そして何より線路が俺に教えてくれた。
「蒸気機関車?」
俺の不安を横目に蒸気機関車はホームに到着した。
そして再び熱せられたタイヤを冷やすめ冷気が車輪に送られ湯気が立ち込める。
「うわ!?ゴホゴホっ!」
その熱蒸気で視界が遮られ口から嗚咽を漏らす。
蒸気が晴れて再び見えたそのフォルムはどうやら普通の蒸気機関車とは違うようだ。
顔にあたる部分にはなにか中世ヨーロッパに出てきそうな兜のようなものをつけていて、胴体は角ばっているものではなく流線型。
関節のような列車との繋ぎ目には脈を打つかのような少々グロテスクな物体。
なにより、頭や胴体、関節と表現するのに相応しい位、生きているように見えた。
「なんなんだよ一体・・・」
全く現状をつかめていない俺の心が動揺をしている。
ただ不思議に思って目の前の蒸気機関車を見つめることしかできなかった。
バクンッ!!
「えっ!?」
急に蒸気機関車の脇のドアが開いた。口を大きく開くかのように上下に。
驚きを隠せず体を一瞬強張らせた後、一歩後ずさりする。
その口にも似たドアは今のも俺に喰いついてくるんじゃないかって位、殺気を放っていた。ドアの癖に。
すると、その奥からなにやら動く人影のようなものがうごめくのを確認した。
「な、にかくる?」
こちらに向かってくるのか、その人影は徐々に大きくなっていきそしてついに、その全貌を現した。
「よう。乗るか?」
「は???」
その人影はどうやら人間で、車掌のような格好をしていた。
よく見るあの車掌だ。
見た目はまだ若く20代くらい。明るすぎる茶髪と、手入れが全く行き渡っていない髭。
手には乗客名簿のようなものと切符を切るのであろう機械。
そしてそいつはとんでもない言葉を俺に放った。
「の、乗るッたって・・・」
驚きを隠せない俺はまだ頭の中の整理がうまくいってなかった。
頭上にたくさんのクエスチョンマーク並ぶ。
目の前には明らかに選択肢の少ないライ○カード。
つばをひとつ飲み込むとそいつは俺をじっと見詰めていた。
「なんだよ・・・」
「ふぅーん・・・お前『上総伊織』っていうのか」
「!?!?」
な、なんでこいつ・・・俺の名前を!?
「確かに・・・面影あるな」
「ど、どういう意味だよ?」
先ほどまで驚きで何も聞くことが出来なかったがこんど勝手に口が開いて、言葉を発した。
足も一歩前へ踏み出していた。
「どうって・・・『上総椎名』はお前の姉だろ?」
「どうして・・・姉ちゃんの・・・名前を・・・」
なんで姉ちゃんの名前を知っているんだこいつは!?
こいつは何者なんだ!?人間なのか?
プオォォォッ!
不意にあの汽笛が鳴り響く。
どうやら発進するようだ。
「なんだお前は乗らないのか・・・」
「お前『は』・・・だと?」
こいつはまた意味深な言葉を発する。
そしてこいつが次に発した言葉に俺は耳を疑った・
「お前の姉は乗ったぞ?」
え?姉ちゃんが・・・なんだって?
「まあいいや」
こいつはそれだけ言い残して、そのドアの影から消え再び闇の中へ入り込んでいった。
姉ちゃんがこれに乗った?
意味が分からない。
何を言っているんだあいつは。
再び大きな汽笛をあげて完璧に走り出す準備をしていた。
蒸気機関車のドアは開いたままだ。
そして・・・走り出す。
姉ちゃんが・・・乗った・・・
ゆっくりと速度を上げて鉄をすり合わせながら俺を横目に過ぎていく。
姉ちゃんが・・・
力なくうな垂れていた右手の拳を握る。
乗る!!
「うらぁぁぁっ!」
そのままゆっくりと加速しだした蒸気機関車の横を並走した。
さっきまでドアが開いていた場所がある!!
そこまで行けばまだ乗れるはずだ!!
ゆっくりと加速したとは言え、すでに数メートル先まで進んでしまっている。
これからさらに早くなる列車に追いつける人間はあまりいないだろう。
「あったぁぁぁっ!!」
しかし俺は脚が早いんだ。
俺はドアの脇に取り付けられていた取っ手をつかみ、そのまま横を走る。
すでに遅いとはいえないほど加速している列車にしがみ付くので精一杯だ。
くっそぉ・・・
ッさらにさらに速度を上げいつの間にか、ホーム端まで来てしまっていた。
やっべ・・・このままじゃ・・・
数十メートル先にホームは途切れ、それより先には真っ暗な闇が広がっていた。
くそ!!?早すぎる・・
足がなんどか縺れそうになる。
だんだんと手すりをつかまる腕の力が抜けていくのが分かった。
俺は最後の力を振り絞って・・・
飛んだ。
「らあぁぁぁっ!」
そのまま飛んだ体はドアに吸い込まれるようにして入っていきなんとか乗車」することが出来た。
床に寝転がりながら肩で息をしている俺を、遠くで先ほどのあいつが見つめる。
「ようこそ。シャットダウン・トレインへ」
そいいつは俺に聞こえないように不気味な笑みを浮かべながらそうつぶやいた。




