表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/10

その秘密を守り抜く

“私も行く”


 友人とのトークグループで、休日の相談。送信してから「うわぁっ」と声が出た。

 すぐにいくつものメッセージが続けざまに表示される。


“どうした、澪”

“私?”

“二度見した”

“知らん奴まざってんのかと思った”

“アイコンは澪だ”

“なんで「私」”

“澪の彼女さんですか?”

“澪、彼女いた?”

“アカウント乗っ取りだ”

“俺たちはいま誰と話していたんだ的な”

“ホラーだ”

“澪なんだよな? 違うのか?”

“そこにいるのは誰?”


 ぱしぱしぱしっと軽快に流れていくコメントを見ながら、ただただスマホを握りしめて「あああ」と呻いてベッドに倒れ込む。


(素直さんとメッセージするときの癖が出た!! 最近、毎日メッセージしてるから!!)


 べつに用事がなくても連絡してくれていいよ、と言ったのは社交辞令のつもりではなかったが、素直な素直さんは「それなら」と思ったのか、顔合わせの日以降ぽつぽつとやりとりは続いている。

 最初のメッセージから一日置いて、月曜日。風呂をすませて部屋に入った二十時過ぎ、メッセージが届いたのだ。


“今日もお母さんまっすぐ家に帰ってきましたけど、澪さんのお父さんはどうですか”

“うちもうちも”

“あの二人、本当に付き合っているんでしょうか”

“だよね!? もう少しどうにかしたら良いと思うんだけど……、素直さんを、夜の家にひとりにするわけにはいかないって考えはよくわかる。大人同士でうまくやってるんじゃない?”

“留守番くらいできるのに、うちの母親少し過保護で”


 そんな風に始まったやりとりは、最初の一、二回は遠慮がちな短文で一日置きだったが、二週間も過ぎる頃には毎日の習慣になりつつあった。

 共通の話題として互いの親の交際を「どうなってるんだろうね?」と言い合うのは定番だが、少しずつ「澪さんいま何か聞いている曲ありますか?」とか「素直さんは好きな漫画ある?」と、当人同士の趣味や近況まで話が広がりつつある。

 何しろ、お兄さんではなく「お姉さん」という大きな嘘があるので、それ以外に関してはごくごく正直に答えるように心がけていた。

 偽っているただ一点に関して、文面では「俺」ではなく「私」と書くように注意はしていたが。

 それが、気を抜いた一瞬、はからずも普段の友人付き合いの中で出てしまった。


“澪? どうしたー? ほんとに乗っ取りか?”

“生きてる?”


 コメントに返事をしないでいたら、心配されている。


(秘密を抱えてぼろを出さないってのは、なかなか大変だな。素直さんにバレるよりは良いけど、俺こいつらにどう思われてんだろう)


 友人たちの困惑した顔を思い浮かべつつ、メッセージを送信。


“私澪だよ! 乗っ取りじゃないよ!”


 全員で示し合わせたかのように静まり返り、誰からもコメントがつかない。

 さすがに長過ぎるだろ、という時間を置いてから俺はもう一度コメントした。


“無視すんなよ”


 小学生からの付き合いで、親友と呼ぶにふさわしい間柄の長崎(ながさき)(はるか)から、困惑しきりの様子でコメントがついく。


“困って……なんて言えばいいのか。澪なんだよな?”


 以降他の面々からもぞくぞくとコメントがついて、最終的に「悩みがあるなら相談にのるぞ?」という流れに収束し、(友達って良いな!!)と実感して終わった。

 もちろん強がりだ。

 若干、落ち込んでいる。


(偏見持ったりいじめをしたりするような奴はいないだろうけど、絶対に納得してない……。べつに「訳あって女のふりをしている」って言っても良いんだけど、それを打ち明けたら素直さんが男性不信で、って話にも触れることになるから、言えない)


 秘密が増えてしまった。

 なんで俺こんなに追い詰められているんだ……? と思わなくもなかったが、恨み言を言っていても仕方ない。文面だけならたいしたことはない。女装姿も、友人たちに見られなければ、すぐに不審な「私」に関しては忘れてくれるはず。

 そうだ、素直さんに実際に会うときは女装が必須としても、なるべく会わないようにすれば良いだけだ。

 そう思ったそばから、再びメッセージ。ちらりとスマホの画面を見て確認。

 送信者は素直。


“こんばんは。澪さん、今度の土曜日、茶道教室の見学行けますか?”


 会わないようにしよう、と思ったばかりの後ろめたさから、心臓がぎゅっと痛んだ。

 少なくともその約束は果たさなければならない。

 とはいえ、ちょうどその日は友人たちと今、出かける打ち合わせをしたばかり。


“こんばんは。ごめんね、次の土曜日は予定入れてて茶道は休むんだ。でもその次なら。先生にも連絡しておくよ”

“そうですよね、前もって連絡必要ですよね。ごめんなさい。来週は私がだめそうです。その次ははっきりまだわからないので、もう少し近くなってからまたお願いしても良いですか”

“うん、わかった”


 そこから普段通りのやりとりをしつつ、これでひとまずは二週間分の猶予ができた、と胸をなでおろす。先延ばしにしただけということには気付いている。


(素直さんと、会うのが嫌なわけじゃない。たぶん、そういうこと少しでも考えたら、この子はきっと気づく。俺が自分のことを鬱陶しく思っていると悪い方に考えて、距離を置く。そうじゃないんだから、俺は俺で逃げ隠れしないで準備しておけば良いだけだ)


 初めて女装したときよりも、自分なりに色々調べている。大丈夫大丈夫、うまくやれる。素直さんの期待を裏切らない「綺麗なお姉さん」に徹しよう、と自分に言い聞かせる。


 会う機会は、それからすぐに、避けようもなくやってきた。

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i545765
― 新着の感想 ―
[一言] 早く友達にもバレないかな(ワクワク)。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ