顔合わせ(2)
「せっかくの休みなんだし、まだ昼間だよ。これから二人で映画とか行けば?」
店の前での別れ際、俺は精一杯女性らしく声を高めに作ってそう言う。時間はまだ十四時前。秋の青空は高く澄み渡っていて、北国らしい肌寒さはあるものの、デート日和。帰宅してしまうのはもったいなさすぎる。
父は俺の提案に「うん」と頷いたが、肯定ではなく否定の響きがあった。その目がちらっと素直に向けられたのを見て、(ああ、そっか。それはそうだ)と俺はすぐに納得した。
高校生の俺はともかく、小学生の素直を一人で街中に放り出すわけにはいかない、という配慮だろう。そうかといって、俺だけ帰して素直は二人のデートに付き合わせるのも気が引ける、という。
(ところで、それだと恋人同士の時間はいつ作るつもりなんだろう、この二人。付き合っている、とは?)
結婚も同棲も予定にない、というのはひとまずおくとしても。
記憶にある限り、休日だってさほど自由に出歩いていたように思わない。仕事の後に極端に遅くなったこともなかったはず。それでいったいどんな交際をしているのか、と首を傾げそうになった。
腑に落ちていない様子の俺をどう思ったのか、里香さんは「今日はすごく楽しかったです」と丁寧な口調で言って微笑みかけてきた。化粧っけはないが、肌が綺麗で父より十歳は若そうに見える。目元のきりっとした、美人。「こちらこそ」と答えると、さらに笑みを深める。
「澪さん、綺麗にしてきてくれて、ありがとうございます。お着物似合いますね」
俺は、優しげで女性的に見えるように意識して、にこりと微笑んでみた。
そのとき、それまで顔を背けていてまったく会話に口を挟むこともなかった素直が、突然鋭い視線を向けてきた。
「澪さんって、どこの高校?」
(俺? なんでいきなり?)
訝しむときの癖で、眉がひくっと跳ね上がってしまう。その勢いで答えてはならぬと咳払いをし、声を作りつつ答えた。
「一高」
瞬きをしたら見落としてしまうほどのほんの一瞬、素直は目を輝かせた。
「頭いいんだ」
「どうかな。入学したときはそれなりだったかも」
近隣では一番の進学校と言われている高校なので、変に謙遜するよりはと、嫌味にならない程度にさりげなく言う。
ふーん、と、素直は気の無い返事をして、話す前と同様に明後日の方を向いてしまった。つれない態度は人馴れしない猫のよう。
(さっきから、何をそんなに見ているんだ?)
ちらっと視線の先を見てみるも、交通量の多い道路を車が流れているだけの光景が広がるばかり。めぼしいものは何もない。確認してから向き直ると、いつの間にか素直がこちらを見ていた。
視線がぶつかる。
正面から見ると、母親の里香さんによく似ていた。父親に似なくて良かったな、なんて考えがかすめた。もちろんそのまま伝えることはない。
素直はかたちの良い唇を開いて、きっぱりとした口調で言った。
「澪さんの連絡先、おしえてください」