瓢箪の巫女 ~ 竜と偽物の聖女
入道雲、見てみたいな。
温暖なこの地では見られない雲を思い、目を輝かせていた聖女が目に浮かんだ。
あれはいつだったか。
懐かしく思っていると、りん、と鈴の音が届いた。目を開くと、灰と化した森の中、鈴がついた瓢箪を手に巫女がやってくるのが見えた。
「お主が森を守るドラゴンか?」
臆することなく声をかけてきた巫女。私は無言でうなずいた。
「で……そちらが聖女を騙る者か」
巫女は懐で眠る女に目を向けた。
粗末な法衣に身を包む二十代半ばの女。私の前に現れ聖女を名乗ったのは十年前。「お役目を仰せつかりました」と震えながら挨拶する姿をよく覚えている。
「首でも取りに来たのかね?」
「ただの通りすがりじゃよ」
巫女は杯を取り出し、瓢箪の中身を注いで置いた。まろやかな酒精の香りに思わず声が出た。
「よい酒だな」
「自慢の酒じゃ」
「して用は?」
「お二方の御霊、お送りしようと思うてな」
扇を手に、巫女がゆるりと舞い始めた。
酔狂よな、と思う。人の王に睨まれように。
女が偽物の聖女なのは分かっていた。いつボロを出すか、と暇つぶしに付き合っていたら、十年が過ぎていた。
騙してごめんなさい。
偽物とばれ、女は人の王により処刑されることになった。
私はそれを許さず、捕らえに来た兵を追い返した。すると「ドラゴンは騙されて魔王に堕ちた」とされ、聖女共々討伐されることになった。
「人の都合で神ともなり、魔王ともなる、か」
聖女も同じだろう。聖女は人の王が決める。自らの意思で騙しにきたとは、到底思えなかった。
「許されよ、偉大なる者」
灰となった森の魂が、巫女の舞で鎮まっていく。身勝手な人の行為に呪いを残すつもりだったが、そんな気持ちも鎮まっていく。
「ドラゴン様」
優しい声に呼ばれた。
息絶えた聖女が微笑みを浮かべて立っていた。そうか、お前も鎮まったか。ならば共に行こう。そうだ、いいことを思いついた。
「乗れ、聖女よ。入道雲と戯れに行こうぞ」
「はい、楽しみです」
◇
「さらばだ。戦場を渡る鎮魂の巫女よ」
ドラゴンと聖女の魂が飛び去ると、私は舞をやめ、抜け殻となった遺体に一礼した。
「お役目、お疲れ様でした」
守り神が去った森はもう復活すまい。呪わずとも人は報いを受ける。呪いとしてこの地に縛られる必要はないのだ。
「仲睦まじゅう、南国の空を楽しまれよ」
盃の酒を散らすと、陽の光を受けて虹が生まれた。
その美しさに、私は思わず笑みを浮かべていた。