斎木学園騒動記2−3
☆ ☆ ☆
「なんなんだあいつら、誘拐じゃなくて暗殺か!」
玄関から飛び出してきた一郎、バルカンを連射するイロコイを見て思わず叫ぶ。
「学校にいきなり軍用ヘリで現れて、バルカン撃ちまくりか、いちいちハデな連中だな」 つぶやくと、横手から銃声が聞こえ、再びイロコイが煙を吹いた。
多少ヘリはバランスを崩したが、すぐに持ち直す。
操縦士は、腕と度胸の他に「根性」も兼ねそなえているらしい。
イロコイは自分を撃ったライフル男の方へ方向転換した。
「あん?」 一郎はその男を見た。「誰だ、ありゃ」
ライフルを構えた『沖田 省吾』が、そこにいた。
この時、省吾に狙いをつけたイロコイの操縦士は、ニヤリと笑っただろう。
軍用ヘリの真正面にライフル一丁でつっ立っていて、逃げ出す素振りも見せない。
格好の獲物だ。操縦士はそう思ったに違いない。
「おい!逃げろっ!」
一郎があわてて声をかける。その声が届いたのか、省吾はちらりとこちらを向いた。
その時の表情を、一郎は見た。
ヘリの操縦士はすっかり落ち着いていた。
ゆっくりと余裕を持って、目標をターゲットスコープの中心に持ってくる。
あとは引き金を引けばいい。
ギリギリまで引きつけて、一発で仕留めてやる。
べろり、と舌なめずりをした。
その操縦士の表情がこわばった。
省吾は、にっこり笑っていたのだ。
操縦士には、その笑顔が妙に大きく見えた。実に楽しそうな笑顔である。
「ガッデム!」
指先に力が込もった。電動バルカンの斉射!
────その瞬間の省吾の笑顔が操縦士の脳裏に焼きついた。
そして、操縦士は今度こそ驚きの声をあげた。
省吾の姿が消えてしまったのだ。
バルカンの斉射によって、四散した訳じゃない。消えた!
と、思った次の瞬間。
コクピットの風防ガラスに、省吾はへばりついていた。
「ひっ!」
ライフルを向けられた操縦士は、目玉がこぼれ落ちそうになるぐらい、大きく目を見開いた。
省吾はためらわずに、引き金を引いた。
その動作の瞬間の中で、操縦士は思い出した。
FOSに敵対する『黒い風』という組織に、常に笑顔を絶やさないやつがいる。しかもそいつは瞬間移動・・・テレポート能力を持つエスパーであること。 それらのトレードマークを総合してできた通り名は『笑い猫』──チェシャキャット──・・・・
そこまでで、思考は断たれた。
もっとも、ライフルで頭を吹っ飛ばされれば、誰ものんびりと考え事などできないだろう。永久に。
イロコイのコクピットは一面赤に染まった。
首なしの操縦士に省吾は、にっこり笑ってウインクし、また瞬間移動した。
とたんにイロコイがバランスを失い、ふらつき始める。
その様子を見て、一郎はあっけにとられてしまった。
“何だ・・・今のは?”
頭のすみで、一郎は考えた。
“まさか、あれはテレポーテーションかよ”
イロコイから地上へテレポートした省吾を、放心状態で見つめる。
はっきりいって、スキだらけであった。
その一郎に向かって、よたよたとイロコイが落っこちてきた。
気づくのが遅れたものの、そこは一郎、素早く横へ走り・・・・
走れなかった。
「一郎、どーでござるか」「ヘリはどうしたのよ?」「和美ちゃんは?」
一郎の背後、玄関から陽平、弥生、明郎らが出てきたのだ。
一郎が逃げれば、その三人にヘリは落っこちてくることになる!
「バカ野郎!お前ら早く逃げろっ!」
いきなり一郎に怒鳴られて、三人は目をぱちくりさせた。
「何よ一郎、なーにそんなにあわててるの・・・よ」
弥生もようやく落ちてくるヘリに気がついたらしい。
指差して、口をぱくぱくさせ始めた。
「ぶ・・・ぶ・・・」
「ぶつかるでござる!」
明郎と陽平が、ひしと抱き合い叫び声をあげる。
少し離れた所で、沢村もその様子を見て、サイドカーを急停止させた。
「省吾のバカめ、ヘリの墜落するところまで考えてから行動しろっての」
つぶやいて、ふと、サイドに座っている和美に目をやる。
「む?」
沢村は小さくうなった。和美の身に、何かが起こりつつあるのに気づいたのである。
おびえて、かすかに震えている少女に何が起きるのか。
ごくり、と沢村は息をのんだ。
「こーなりゃヤケクソだ!あのヘリ受け止めてやる!」
決死の覚悟で、一郎は腰を抜かしてしまった弥生たちをかばい、ヘリとの間に立つ。
ざわわっ、と一郎の髪が逆立った。
一郎は、この『髪の毛逆立ち現象』が起きると異常なパワーを出す。
しかし、降ってくるヘリコプターが相手では・・・・
一郎は、迫りくるヘリを真正面から見据えた。
「やってやるぜ!んの野郎ォ!」
と、一郎が雄叫びを上げた時だ。
びくっ。
はっきりそれと判るほど、和美が身体を震わせた。
「う・・・」
沢村は見た。和美の黒髪が青い髪に変わるのを。髪がなびくのを。
それは何という変化だろう。
髪の色が変わっただけでなく、今にも泣きそうに震えていた少女と、同一人物とは思えないほどの変わり様である。
“妖精のようだ・・・”
沢村は思った。
「黒髪の弱々しい和美」から「青い髪の自信に満ちた和美」へと変身は行われたのだ。 和美の中で、解放されるものがあった。いつもは無理に抑えている『もの』。
“彼らを救うために”
和美は目をつぶった。
つぶっていても見える。一郎たちに向かってヘリが墜ちていくのが。
“はじきとばさなきゃ”
和美は力を解放した。ざあっと髪の青い光が光量を増し、逆巻く。
そして和美は『力』をふるった。
その一瞬、ぴいんと空間が張りつめた感じがした。
そして、
突然、落下中のヘリがありえない方向へはじき飛ばされた。
それは物理の法則を無視した、奇怪な運動であった。
まるで一郎の目の前の空間に、見えない壁でもあったかのようだ。
ヘリは、落下する時のスピードよりずっと速いスピードで地面に叩きつけられ、バウンドし、そのまま数十メートルを地上を転がりまくって、ようやく止まった。
すごいありさまだった。
地面に、ヘリの作った深い溝がえぐられ、その機体は見るも無残なスクラップと化してグチャグチャになっていた。
土煙がおさまりかけた時、大地をゆるがす大音響をたて、ヘリは爆発した。
「うわっ!」
ばらばらと空から破片が降りそそぐ。
それが校舎にまで届き、開いている窓から教室にも飛び込んだ。
女子生徒のキャーキャー騒ぐ声と、それを落ちつかせようとする教師の声が、かすかに聞こえてくる中で、一郎は呆然と立ち尽くしていた。
その目は沢村のサイドカーと、それに乗り込んでいる、青い髪の少女を見つめていた。 和美もまた、一郎を見ている。
校庭を、不気味な静けさが包み込んでいた。
「お前が・・・」
一郎が、つぶやいた。
「・・・お前は一体・・・」
聞くと、和美はかすかに微笑んだ。
悲しみにあふれた、さびしい笑みであった────。
それを見た者は、きゅん、と胸をしめつけられる感じを覚えた。
一郎は何も言えなくなった。
と、和美は目を伏せ、サイドカーから降りると、くるりときびすを返してどこかへ走り去っていった。
「あ・・・」
一郎はそれを制止できなかった。いや、追えば捕まえることはできる。
いくら和美がスプリンター並の足の速さでも、一郎には到底かなわない。
しかし、一郎は追う気になれなかった。
青い髪をなびかせて走り去っていく和美。
ため息ひとつで一郎は見送った。
「あれがティンカーベルか・・・」
つぶやいて、沢村は煙草に火をつける。その横にライフルを持った省吾が来ていた。
「話には聞いていても、実際に目にするとやはり驚きですね」
言いながら省吾は、感動したように目を輝かせる。
沢村は、ゆっくりと煙草の煙を吐き出した。
「あれだけの能力だ、FOSが欲しがるのも判るぜ・・・・ま、しかし、だからといってあの娘を渡す訳にはいかないな。たとえCIAを敵に回すことになっても」
「それでしたら大丈夫でしょう。“黒い風”とやり合ってもCIAには何の得にもならないんですし、もうこの一件は放っておくと思いますよ」
カチャカチャとライフルを分解しながら、省吾が言う。
「ただ問題は・・・」
ライフルをアタッシュケースにしまいこんで、省吾は肩をすくめた。
「FOSの連中は、これよりもっと派手な動きを見せるんでしょうね、多分」
本気とも冗談ともつかない言い方で、省吾は笑った。
「ああ、何せFOSはこの一件に“兵藤”を送り込んでいるらしいからな」
沢村は、くわえ煙草でぼそっとつぶやいた。
省吾の笑いがひきつる。
思わず、沢村の顔をのぞき込んだ。
「兵藤って、あの兵藤・・・ですか?」
「その通り、『山猫の兵藤』だ。『笑い猫』としちゃ相手にとって不足はないだろ?」
沢村と省吾は、どちらからともなく顔を見合せ、苦笑した。
ヘリの残骸から出ている煙が、かすかな風にゆらめいていた。
☆ ☆ ☆
結局、このヘリ騒動により、その後の授業はカット。各自寮に戻り自室学習となった。 もちろん、こんな時にまじめに勉強する奴などいやしない。
このときとばかり、いきなり寝てしまう者。談笑して時をすごす者。こっそり、彼氏や彼女と街へ遊びに出掛けてしまう者などがほとんどである。
女子寮は、特にキャピキャピと騒がしかった。
が、その中に約一名、部屋に閉じ籠もり勉強をするでもなく、寝るでもなく、ひっそりと息をひそめて窓の外を見つめている少女がいた。
相沢和美である。
髪の色が変化し、謎の組織らしきものに追われる不思議な少女。
何を想い、空を見つめているのか。
静まり返った部屋の中に、一人ぼっちであった。
男子寮は、同じくギャーギャーとやかましかった。
ここ三百二十号室にて、一郎はぼんやりと空を見つめていた。
さっきの出来事や、昨日の事を思い出していたのである。
青い髪をなびかせていた少女の顔が脳裏に浮かぶ。
小柄でくりっとした瞳の、可愛い娘だ。
何か、とても大切な事が思い出されそうになっているのだが、今ひとつのところで思い出せずにいる。
相沢和美。
自分と同じ姓を持つ少女。
彼女を見た時、確かに何かを感じたのだが・・・・
「う・・・」
ふと、一郎は額に手を当て、つぶやいた。
「くっそォ、知恵熱がでてやんの」