斎木学園騒動記2−2
☆ ☆ ☆
斎木学園の正門前に、沢村はダークトーンで統一されたサイドカーを止めた。フルフェイスのヘルメットのシールドを上げ、大きく息を吐き出す。
「ぷはあ、ここか、あの娘がいる高校っていうのは」
「そう、それとあの相沢一郎ってヤツも・・・」
サイドカーから軽い身のこなしで地に降り、省吾はヘルメットを脱いだ。
苦笑して沢村もヘルメットを脱ぎ、煙草に火をつけた。
「やれやれ、だな。あの学生と同じ学校か、おかしな事にならなきゃいいんだが」
と言う沢村に、相変わらず省吾は笑顔のまま指で鼻の頭をかいた。
「ま、いいじゃないですか、そういう変な連中がいれば、FOSもかえって手を出せないかもしれませんよ」
「そうだといいんだがな・・・しかし」
何かを言いかけて沢村、言葉を切った。
“相沢・・・ね”
「沢村さん!」
省吾の緊張した声が、沢村の考えを中断させた。
その時、省吾は空を、ずっと遠くを見ていた。その瞳の色が不思議な色彩を帯びているのを沢村は見てとった。
「沢村さん・・・来たよ、あれはベルUH・1イロコイ・・・戦闘ヘリだ!」
「何だと?」
沢村はバイクの計器のひとつに目をやる。横についたボタンを押すと、文字盤が変わりレーダーに早変わりした。敵機接近を知らせる点が、チカチカ点滅している。
「さすがだな、まだ敵さん五キロメートルも近づいていないんだぜ」
「たいしたもんでしょう。さて、迎え撃つ準備をしないと・・・」
「待てよ?省吾、あいつらFOSじゃないぞ!」
ふいに、沢村の表情がひきしまった。アタッシュケースをごそごそやり出した省吾が、顔を上げる。
「・・・と、いうことは、CIAかそこらですね。だとすると戦闘ヘリはハッタリじゃないということですか」
「ああ、『ティンカーベル』をFOSに渡すぐらいなら、いっそ消す、か」
沢村は煙草を揉み消した。上着の内側に手を入れ、三五七マグナムを抜き出し、全弾装填されていることを確かめる。
「問題は今、手持ちの武器で、軍用ヘリとまともにやり合えるかどうか、だな」
そう言うと沢村は、ケースから出したライフルを手際よく組立て始めた。
「大丈夫ですよ。沢村さんの腕と、オレの能力があれば充分です」
にっこり、と省吾は笑った。
ヘリが飛んできた。
そのことは、眼で見ることのできない遠くにいるうちから、和美には判っていた。
ただ、もしあのヘリが“やつら”だとしても、これだけ人目があればめったなことはできないだろうという考えがあった。
甘かった。
周囲の無関係な人にかまわずに、真正面から向かってくる。
そのヘリコプターから、あからさまな殺気を和美は感じとっていた。
“いつもの人たちじゃない?”
考えているうちにも、ヘリは迫ってきた。不気味にローター音を響かせて、和美たちのいるバレーコートの頭上を通り過ぎる。しばらく行って、旋回して戻ってきた。
“とりあえず、この場から離れよう”
ぱっと、はじかれたように和美は走り出した。素晴らしい程のダッシュ力であった。
そのおとなしそうな顔からは、とても信じられないスピードで走る。
その後を、土煙をあげつつヘリが追う。
この『ベルUH・1イロコイ』というヘリは、時速二百六十キロメートルのスピードで飛ぶことができる。いくらNOE飛行のせいで本来のスピードが出せないとはいっても、人間の走るスピードに較べたら、まだまだずっと速い。
走って逃げきるなど不可能だ。
そのぐらい和美にも判ってはいたが、黙って捕まる訳にもいかない。
とにかく走る、逃げる。
と、その足がもつれた。叫び声も出せずに転ぶ。
四つん這いになったまま、和美は背後に迫ったヘリを見た。バルカンがこちらを向いている。
撃たれたら、一度の斉射で人間の身体などあっさりとハチの巣のようになってしまう。それこそボロボロになってしまうのだ。
想像して、和美はぞっとした。首筋が総毛立つ。
しゃがみこんで立てなくなった和美に向かって、今まさにバルカンが火を吹かんとした時、どこかで銃声が聞こえた。
ぽつん、とヘリの側面に穴が開く。
ぼん!といってそこから煙を吹き出し、ヘリは再び上昇した。
「え?」
和美は、きょとんとしてしまった。
その時、上昇するヘリの下を、沢村のサイドカーが黒い弾丸のように駆け抜け、座り込んでいる和美の目の前で急停止、左手一本で和美を持ち上げ、半ば無理矢理シートに座らせた。
「大丈夫かい?和美ちゃん」
沢村が聞くが、返事はない。ま、仕方ないか。
苦笑した時、サイドカーの周りの地面がはじけた。
バレーコートから見ている女子生徒たちが、悲鳴をあげる。
「くそっ、ついに撃ってきやがった・・・お前らも逃げろっ!」
ブルマー姿の女の子たちに叫びざま、いきなりサイドカーのアクセルを全開にする。
「きゃっ!」
サイドの和美が、悲鳴をあげて身をこわばらせる。
吹っ飛ばされたような勢いで、サイドカーは走り出した。
その後を煙を出しながらイロコイが追う。電動バルカンが斉射され、サイドカーの周りの地面が、びしっびしっとはじける。
「ええい、無茶しやがる」
沢村はかすかに頭痛を感じた。「なんちゅうやつらだ、まったく」
ぼやきつつ、沢村はサイドカーを左右に操り、巧みにバルカンの直撃を逃れていた。