斎木学園騒動記2−1
いやー、今回、ほぼ毎日更新目指してます♪
でも、
更新できてない日には、雨ふらしの、他の作品もよろしくですー。(笑
感想待ってます!!
(強調)
ACT・2
一郎の名を呼ぶ者がいた。
誰かは判らないが、呼んでいることは確かだ。
一郎はゆっくりと声の方向へ向いたが、思うように身体が動かない。周りがセピア色の非現実世界の中での行動である。
存在するすべての物がおぼろげで、不鮮明な中に、そいつは影のように立っていた。
不思議な浮遊感を感じ、全身が軽く感じるにもかかわらず、一郎はほとんど前進することができなかった。
通常の十分の一で、通常の十倍の重力を感じる、いいようのないじれったさに叫ぶ。
オレはここにいる、オレの名を呼ぶお前は誰だ!
影がゆれた。
その長い髪がそれ自体生き物のように動き出し、同時にそれは光を放った。
影の姿が段々と鮮明になっていく。
それを見て、一郎はため息のような声を出した。胸の中がなつかしさであふれていく。
『彼女』のやさしさに満ちた微笑みがはっきり確認できた時、十年来一郎が忘れていたものが一気によみがえる。
一郎はうれしさに満ちた顔で、少しためらい、一番口にしたい単語をつぶやいた。
『かあさん・・・・』
一郎の母は、金色に輝く髪をなびかせ、あの時と変わらない慈母の姿で立っていた。
いてもたってもいられず、一郎は彼女に駆け寄ろうとした。
その腕を、誰かがつかまえる。
きっとして、一郎は振り返った。その姿は五歳の時の一郎となっていた。
五歳の一郎は腕をつかんでいる男を見上げた。なんとかベルモントとかいう映画俳優にそっくりなこの男は、まぎれもない一郎の親父である。
一郎は、だだっ子のやるように、恥も外聞もなく腕を振りほどこうとした。
ふと、一郎はデジャブーを感じた。この光景は─────。
親父につかまれ、動くことのできないかわりに、母はどんどん遠くへ行ってしまう。
そして、その母と一緒に連れていかれるあいつがいた。悲しそうな瞳で離れていく。
一郎は声にならない叫びをあげた。母とあいつの姿が見えなくなっていった。
行ってしまった。
半狂乱になって、一郎は叫び続けた。まだ五歳の子供である。
泣きわめく一郎を親父は思いきりぶん殴った。五歳の子供にすることではなかった。
一郎の鼻から血がだらだら流れ出している。一郎は泣きやんだ。
炎を噴き出しそうな目で親父を見上げた。
男がメソメソするな。
親父は言った。
一郎は無言でにらんでいた。
強くなれ、一郎、強くなれ。
世界一強い男になれ。絶対負けない男にな・・・・
突然、景色が変わった。セピア色の町並みが緑一色に変化する。
飛行中のヘリコプターに一郎は乗っていた。
眼下には密林が広がっている。
開いたハッチから熱風がびゅうびゅう飛び込んで、下を見下ろす一郎に当たってはね返る。
一郎は後ろをちらっと見た。軍服を着こんだ親父がそこにいた。
親父は言った。 行け、 と。 このジャングルで生き延びてみろ。
それは、最後の試練であった。
今まで、さんざん一郎は鍛えられた。サバイバル技術、格闘技、エトセトラ・・・
そしてこの日に至った。
血反吐を吐く毎日だった。なぜそうまでしなければいけなかったのか?
一郎はパラシュートを背負い、宙へ飛んだ。
眼前に広がるはマットグロッソ、緑の魔境。
一郎はパラシュートのひもを引っ張った。それで布が傘状に広がるはずだった。
パラシュートが出ない!
一郎の目が、かっと見開かれた。 そんなバカな!
上空二百メートル、つかむものは何もない。何もない空間を一郎は落ちていく。
加速した思考の中で一郎は考えた。
思い出した、これは十二年前のあの時だ。
眼前に密林がぐんぐん迫ってくる。風圧で目が痛い。
あの時、親父とおふくろは別れた、理由は知らない。
すでに風圧も感じない、音も聞こえない。
ただオレが知っているのは、将来ある人を守って戦うということ。
目は冷静に眼前に迫った密林の樹々を見ている。
そして、その守るべき人の名前は────。
そして緑、
視界一面に広がるマットグロッソの緑、緑、緑・・・・
「くをらっ相沢ぁ!授業中に居眠りするなっ!」
英語教師の声で、机につっ伏していた一郎は顔を上げた。
「んわ?」
どうやら、英語教師の自称『ハスキーボイス』による催眠効果で、すっかり眠りこけてしまったらしい。
「どした一郎、なんかうなされてたけど」
小声で明郎が聞く。その間に、英語教師はまたリーディングを始めた。
「ん・・夢見てたんだ。けど、どんな夢か覚えてねェんだよな」
「目が覚めたとたんに忘れる夢は、何かを暗示しているそうでござるぞ」
隣で、早弁にいそしんでいる陽平がささやいた。
何かを暗示ねえ・・・
「それよりさ、昨日のゴタゴタのこと、あたしまだ説明してもらってないんだけど」
一郎の背をつっついて弥生が口をはさんだ。麻酔弾を撃ち込まれたくせに一晩寝ただけで、もうなんともないらしい。この少女のタフさにも驚くものがある。
「そーだな、一応お前も知っといた方がいいかな」
一郎は昨日のことを一通り話した。『すくらっぷ』でのこと。マスター沢村のこと。並木道でのこと。FOSという組織のこと─────。
「と、いうわけだ」
説明が終わったところで、弥生はため息をついた。じろり、と一郎をにらむ。
「あんた、まさかからかってるんじゃないでしょうね」
「確かに信じられないよーな話でござるが、今の話は本当でござる」
「だけどねー、そんなへたくそなマンガみたいな話・・・」
「弥生、忘れたのかい?」
明郎が肩をすくめる。「ここは『斎木学園』だよ」
「そりゃ、そーだけど・・ねぇ」
弥生は窓の外を見た。
そう、ここは『斎木学園』、常識では考えられない事が起こりうる場所。
ここでは、常にトラブルが起こっているのだ。
ふと、一郎も窓の外を見上げた。
アブラゼミがやかましく鳴いている声に混ざって、何か規則的な音が聞こえてきた。
ヘリコプターだ。腹に響くローター音をたてて、かなりな低空を飛んでくる。
新聞社か何かの写真撮影でもやっているのだろうか。
やかましい音をたてて、そのヘリは校舎の上空を通過した。
そのまま、学園の上空を旋回し始める。
「何だ!?」
通り過ぎる一瞬に、ヘリの正体を見た一郎はガタッと立ち上がった。
今度は英語の教師も一郎を注意しなかった。すでに学校中がざわめき始めていたのである。クラスの連中も、何事かとばかりに窓際に群がった。
「ベルUH・1イロコイ・・・まさか、何だってあんなもんがこんな所を飛んでやがるんだ?」
一郎は茫然とつぶやいた。
「何でござるか、それは」
「軍用ヘリ、おい、ありゃあめったに見られる代物じゃないぜ、どっかで戦争でも始まったか?」
のんびりとつぶやいた一郎、はたと心にひっかかるものがあった。
「なあ弥生、和美ってのは一年の何組に転入した?」
「え、彼女?たしか・・・一年D組だと思う」
「じゃあ、あそこで体育やってる連中は何年何組だ?」
第二グラウンドで、バレーボールを中断して上空のヘリを見上げ、キャーキャー騒いでいる女子の集団を一郎は指さした。
「えっとこの時間は・・・一年D組の体育よ、それがどうか───」
したの。と聞く前に、一郎は教室を飛び出していた。
「あ、一郎!どこへ行くのよ」
「あのヘリ、ひょっとしたらFOSじゃねえのか!」
そう言った時、すでに一郎は廊下を曲がり、階段を駆け降りていた。
まるで疾風である。弥生は頭をぽりぽりかいた。
「まっさかー、たかが高校生さらうのに、あんなハデなことする訳ないじゃない」
「けどね・・・あながち、そうとばかりも言えないみたいだよ」
肩をすくめた明郎、ため息をつきながら上を指差した。
と、ヘリが校舎上空から、屋上とのすきまを一メートルと開けずに急降下していった。 ヘリの操縦士はとびきりの腕と度胸を持っているようだ。
おそらく世界でもトップクラス。
そのヘリが今、土煙をあげつつ、バレーコートに向かって獲物を狙う鳥さながらに不気味に飛んでいく。